ひとりぼっち(今までのこと) 彼に会うまでは、俺はひとりぼっちだった。友人は離れていったし、親戚も離れていったし、父と付き合いがあった人々は軒並み自分たちは違うと主張して俺から離れていった。別にそれが悲しいのじゃあない。俺は子どもで、まだ人が離れていくことの意味がわかっていなかった。学校でいじめられてもそうか、としか思わなかった。それよりも母の病状が心配で、学校でぼろぼろにされたかばんを担いで、チューブと繋がった母の病室を訪れた。彼女のユーストレス欠乏症がそれほど進んでいなかった頃、母は時折俺の勉強をみてくれ、それが終われば歌を歌い、遊んでくれた。身体は動かしにくかったから、今までのように一緒にかけっこはしてくれなかったけれど、俺はそれで充分だった。でも、それもある日突然終わってしまった。母がついに意識を手放し、ユーストレス欠乏症患者がそうであるように、現実を捨てた日に、俺は正真正銘のひとりぼっちになってしまったのだった。
それからどうしたかはあまり覚えていない。ドローンを使って勉強をして、ダイムの世話を焼いて(遊んでもらって)、たまに祖母に元気でやっていると連絡をした。学校でのいじめは止まなかったが、最終考査を意識する時期になってくると皆が俺を認めざるを得なくなった。俺はシビュラに守られていた。シビュラがお前たちより優秀だと判断したのだ。お前たちより俺が求められているのだ、この世界では。でも、それでもひとりぼっちだった。寄ってくる物好きな級友はいたが、全て拒絶した。彼らの多くは離れていき、けれど残ったのが狡噛だった。狡噛は俺よりランクの高いたった一人のトップで、だから彼も一人だったのだと思う。だから俺に声をかけたのだろう。
「何考えてる?」
古本屋で最終考査で出される問題集の背を見ていた時、狡噛にそう尋ねられた。俺は肩をすくめて「静かに」と言う。
「お前が助けてくれたのを思い出してさ。俺の名前も覚えてないのに、でも成績がお前の次だから中途半端に名前を覚えられてて……」
「あれは、お前の苗字が難しいから」
「狡噛に言われたくないね」
俺たちはそんな軽口を言って、古本屋で数冊本を買って出島のレストランで昼食をとった。俺はもうひとりぼっちじゃない。どれだけ苦しい世界に身を置いても、俺はもう一人じゃない。