翳りゆく部屋(思い出すのはあなた) 日の光をカーテンで閉め切って、ベッドに寝転ぶ。今日は休日だったから、迷惑をかける人もいない。捜査に使用するデータも渡してあるし、悩むことはなかった。だが、こんなにも何もする気がおきないのは、少し異常だった。いつもなら仕事をせずともスパーリングくらいするのに、起きて朝食を取るのに、それすらする気にならないのだ。でも本当は分かっている、父の命日が近づいてきて、狡噛が俺を捨てた日が近づいてきて、だから俺は憂鬱なのだと。
父の人生を思い返すと、奪われてばかりのものだった。仕事を奪われ、妻を奪われ、子も奪われた。執行官になったのは意地だろう。刑事としての意地。何もかも奪われてもなお真実を突き止めようとした意地。
狡噛の人生はどうだろうか? 俺は長い付き合いだというのに、彼についてあまり知らなかった。家族構成については母親がいることしか知らない。それは藪を突くのが怖かったからだが、聞いておいた方がよかったかもしれない。
狡噛が日本に帰ってきた時、出迎えたのは俺ではなかった。俺は操られるように行動課に入って、そこで彼と再会したのだ。狡噛がいるとは知らされていなかったから動揺した。色相について考える機会は減っていたが、久しぶりに動揺してチェックしたのを覚えている。俺はあの時喜んだのだろうか? それともまた裏切られるかもしれないと、警戒心を持ったのだろうか? 今ではあまり思い出せない。
ごろりとベッドの上で寝転ぶ。すると、インターフォンが鳴った。デバイスで応答すると、そこには今日は日勤のはずの狡噛がいた。「ギノ」それだけ言って、彼は酒を監視カメラに見せつける。俺は思わず笑ってしまい、キーを解除した。
その日は狡噛と酒を酌み交わして、父の話をした。狡噛の父の話も。彼が俺を置いて行った理由も。それをねだったのは、こんなふうに毎年寝込んでいられないからだったが、話をしてみれば思ったよりずっと辛く、俺はそれを酒で誤魔化した。
俺は父についても、狡噛についてもまだ乗り越えられていない。けれどあと少ししたら変わるかもしれない。そう思ったのは、彼の厚い胸に頭を横たえて、どんよりとした空気の中でまぶたを閉じてしばらく経ってからのことだった。