『ヤキニク因果律』.
焼肉を食べる時は、大俱利伽羅を誘うと決めている。
「お待たせしましたぁ、始まりの五品です~」
店員はそんな言葉とともに手早くテーブルを一杯にして、コンロを点火すると去って行った。
幣本丸御用達焼き肉屋の食べ放題コースは、まずサラダ・白飯・野菜焼きと肉のプレート二種の計五品が提供され、それを食べきったらグランドメニューを制限時間内自由に注文できるスタイルである。
「ん」
「あぁ」
大倶利伽羅がサラダを差し出すのを受け取って、反対に白飯を渡す。網の半分ほどを使って大倶利伽羅が肉を広げるので、残りの半分を更に半々、野菜とホルモンで埋めていく。もうすっかりと、手慣れたペース配分。
「いただきます」
大俱利伽羅は、牛なら色が変われば食べられると言って憚らない。国広が野菜を並べ終わる頃には、たしかに両面の色づいた牛ロースを取り上げて、コメの上にはらりと広げている。無駄話を嫌う男の口が大きく開き、吸い込まれるように肉と白米が消えていく。それを眺めながらりんごサワーを――飲み放題は別コースなので始めから自由に吞める――ちびちびやるのもいつも通りだった。
コースの設定上、始まりの五品を消費しきらないことには自由に肉を選べない。しかし、折角の焼肉である。好きな物で腹を膨らませたいというのが人情だろう。
肉と米を同時に食べ進めたい大俱利伽羅と、まずは吞みながら肉を食べシメにガッツリ炭水化物を摂りたい国広とでこの五品を分担するのは実に効率がいい。ついでにロースやバラを選ぶ大俱利伽羅とホルモン筆頭に内臓系を選ぶ国広とで、肉プレート二種の分担もバッチリである。
ホルモンは火が通るまで時間がかかる。焼き網の半分が大俱利伽羅によって次々入れ替わっていくさまに感心しながら、国広はサラダをツマミにサワーを干した。毎度思うが木綿豆腐がドンと乗ったサラダはどう考えても客の胃袋を埋めにきている。店だって商売なのだから当然だけど。
サラダ二人前とホルモンを食べ尽くす頃には、大俱利伽羅も白飯二杯と肉の大方を片付けている。野菜焼きはなんとなく、半分こになるのが常だった。
店員が空いた皿を下げて少しすると、座席のタブレットが注文可能になる。
「何頼む?」
「牛ロース三、せせりとトントロを二、あとごはん大」
「わかった。……あ、ハラミは?」
「食べる」
「じゃあ四にするか」
レバーにハツにシマチョウも二ずつ頼んで注文確定。提供までの間に、網に残った肉を分け合う。こういう時の食べるペースが近いのも、大俱利伽羅との焼肉の気兼ねない所だ。
「あんたとは焼肉ばかり食べている気がする」
大俱利伽羅が言った。そうか? とだけ返すけれど、返事はなかった。ちょうど口の中に肉を含んだらしい。
ここで沈黙が横たわるのは避けたくて、やんわり言葉を繋ぐ。
「あんたと一緒だと、色々分け合えて助かるから。……迷惑だったか?」
「……いや」
大俱利伽羅は、この後何を言うのだろう。
出方を窺いたくて、グラスに手を伸ばす。最初のりんごサワーはとうに呑みきり、もう四杯目、グレープフルーツサワーはきゅんと酸っぱくほろ苦い。
焼肉を食べる時は、大俱利伽羅を誘うと決めている。
だってメニューを分け合う効率が良い。食べるペースも合っている。気兼ねなく飲み食いできる店だ。
「お待たせしましたぁ」
肉が来た。会話はうやむやになる。お互い注文した皿を手に、焼き網を半々分け合って肉を並べる。そこからはまた肉の世話をするから、大した会話もなくなった。
焼肉を食べる時は、大俱利伽羅を誘うと決めている。
普段の無口に輪をかけるくせ、大口開けてスルスルと肉と白米を食べるのを眺められるから。
ひそやかな口調が、店内の喧騒に負けないために張られるのが聞けるから。
そんな下心を『効率』なんてもので包めるから。
そう、だから。
大俱利伽羅と過ごしたい時は、焼肉を食べると決めている。
.