イチウリ@🍓Q連れ去りif(not 再教育)面白い事を思い付いた。
ユーハバッハのその言葉を聞いてから雨竜は意識が遠のき――今ようやく目を覚ました。
「この記憶は一体……」
見えざる帝国の部屋のベッドの上。星十字騎士団の服を着、苦悶の表情をした一護が自分を見る映像が脳裏に浮かび、何故と記憶を辿る。
「そんな……」
自身が楔の扱いを受けている事に気付き、雨竜は眉根を寄せると、申し訳ないと謝りながらも隣で眠る一護の髪を優しく撫でた。
*****
一護が目を覚ますと、白で覆われた質素な部屋の中に居た。ベッドと棚や机しかない見覚えのない部屋だった。
何でこんな所にと頭を働かすと、敵である滅却師のリーダーと対峙し連れ去られた事を思い出す。
つまりここは敵陣の中ということか。
それなら話が早い、とっととあの男をぶっ倒して――一護がドアを開けようとしたタイミングでドアが開き、誰かとぶつかりそうになる。
「悪りぃ!」
驚いた声に咄嗟に謝ると、相手の顔を見て一護は固まった。
「石田っ!?」
現世で一時的に分かれた仲間の顔に、一護は戸惑いを隠せない。現世に残った彼が何故敵陣に居るのだろうか。
「黒崎……君だよね? 具合はどうだい?」
自分を敬称を付けて呼ぶ目の前の男に一護は動揺した。普段は呼び捨てなのに。何故、どうしてと。
「お前、何で……」
「陛下が様子を見に行ってこいって仰ってね、もし起きてたら連れてくるようにって」
そういえば、と雨竜が続ける。
「僕の名前を知ってるなんて、竜弦……僕の父にでも会ったのかい? 確か僕たちは再従兄弟、だったよね?」
様子がいつもと違う――まるで初対面であるかのように振る舞う雨竜に、突然血縁関係があると言われ一護の頭は追いつかない。
「は、はとこ……」
「きみのお母さんと竜弦は従兄妹だろう?」
「え、は、いとこ!?」
突然語られた真実にとうとう一護の頭はパンクした。
いや、でも、あの男の顔が斬月に似ているのも頷けるかもしれない。――自分には母親を通して滅却師の血が流れているのだ。
「着いてきて」
あの男の元に行けば何故彼、石田雨竜がここに居るのか分かるのであろう。一護はそう考えて今は大人しく彼の言葉に従った。
「よく来た」
玉座に座るユーハバッハの向かって右隣に、金色の髪を流した美形が立っていた。圧の高さに、一護は目を回しそうになる。
「真ん中がユーハバッハ陛下、隣がハッシュヴァルトだよ」
雨竜がコソリと一護に説明すると、彼はユーハバッハの方へと向かう。雨竜はユーハバッハの前で片足を折り頭を垂れると、ユーハバッハは彼の顎を持ち上げた。その手のまま見せつけるかのようの頬を、耳を、ねっとりと撫で付ける。
「テメェっ……!」
雨竜に好き勝手振れることが許せなかった一護が引き離そうと瞬歩で2人の元に向かい斬魄刀を振り上げようとするも、刃がない事に気付き動揺を見せた。風が切る音が聞こえると、喉元に銀色の刃がちらつくのが眼に映る。恐る恐る剣先から見上げると、一護はこの手の持ち主であるハッシュヴァルトに斬魄刀を斬られた事を思い出した。
「下がれ」
ユーハバッハの命にハッシュヴァルトは剣を仕舞うと後ろへと戻る。雨竜は不思議そうな目をしながら一護を見つめていた。
「今の雨竜は忠順な部下よ」
まるで9年前から一緒にいたかのように。
「……!」
ユーハバッハの言葉に一護は1つの考えに思い至る。
「まさか、記憶を……」
楽しげに口元を歪めるユーハバッハに、それが真実だという事を悟った。
「我々は再び死神へ攻め入る」
ユーハバッハが雨竜の名を呼ぶと、雨竜は立ち上がりハッシュヴァルトの反対側に立ち並ぶ。そしてぼんやりとした様子のまま、雨竜はゼーレシュナイダーの弓部分を剣状にして自身の首元へ向けた。血が滴り落ち、白い衣服へシミを作る。
「このまま戻るのであれば、それでも私は構わない。よく考えて行動するように」
一護は苦悶の表情を雨竜に見せた。
――死神を取るか、雨竜を取るのか考えろと言っているのだ。そんな事、出来るわけないのに。
「もうよい、2人は下がれ」
「はい、陛下」
雨竜は立ち竦む一護の手を取ると、部屋に戻るよう促した。
「黒崎君、疲れているなら寝た方がいいよ」
一護をベッドに座らせると雨竜は声をかける。驚いた表情で一護は雨竜を見るが、相変わらず雨竜はきょとんとしていた。
「それにしても陛下は不思議だね」
雨竜は隣に座ると一護に無邪気に笑んだ。
「君にとって死神達と僕の命なんて比べようがないのに」
だって僕達は敵同士だからだ。
その雨竜の言葉に一護は傷ついた表情を見せるも、雨竜は気にせず話を続けていく。
「情報を読んだよ。君は死神と仲が良いんだってね。だったら尚更僕の事なんか気にせず戻れば良いのに、それでも戻らないなんて君はとても優しいね」
雨竜は一護の手を引くと、ベッドの上へと一緒に寝転んだ。小さな音を立てて柔らかな布団に身体が沈む。ベッドは成人に近い男子2人が横になっても余裕があるくらい広かった。
「僕の滅却師の師匠がね、幼い頃嫌な事があったりして夜に眠れなくなった時、こうして眠るまで一緒の居てくれたんだ」
最初に出会った時に聞いた雨竜の祖父の話を一護は思い出す。あれ以来話を聞いた事が無かったが、雨竜にとって大切な存在な事を一護は知っている。
彼を思い出す雨竜の優しくて切ない目が、祖父との結末を知っている一護としては遣る瀬無い気持ちとなった。
「もし、僕が君みたいな死神に出会えていたら」
リズム良く背中を叩く雨竜の手が温かく優しい。
「死神を憎まず」
心地が良く、一護の瞼が徐々に下がっていく。
「僕の世界は変わっただろうね」
一護の意識はそこで一度途絶えた。
一護が目を覚ますと、まずは優しい目をして一護の髪を撫で付ける雨竜の姿が目に入った。
あまりにも珍しい光景に、一護は困惑しながらもそれを受け入れる。
ずっとこのままこれが続けばいいのに、と思っているとその手は止まった。
「起きたのかい?」
「……ああ」
勿体ないと思いながらも、今は戦争下である。身体を起こし一護は応えるとそうだ、と思い付いた。
「お前も一緒に来いよ!」
雨竜は刹那目を見開くと、小さく首を横に振る。
「僕は滅却師だから、ここを離れない……。でもそうだね、君は一刻も早く戻った方がいい」
「でもそしたらお前が……!」
殺されてしまう。か細い声で告げる一護に、雨竜は困ったような笑みを浮かべた。
「それでも君は、戻るべきだ。少なくともここは君の居場所なんかじゃない」
勢いよく一護を引っ張りあげると、雨竜は“影”を用意してその中へ一護を押し込もうとする。けれども一護は抵抗し、進まない。
「少なくともここから瀞霊廷へと戻れる。本当は現世に戻って欲しいところだけど、どうせ君のことだから朽木さん達の様子だって気になるんだろう?」
「そりゃあそうだけど……」
考え事をした一瞬の隙を突かれたタイミングで一護は“影”へと押し込められ、そこで一護は気付く。彼は今は「朽木さん」と言葉にしたではないか。
――もしかして記憶が、
「石田、お前っ……!」
「あえてアイツは僕に来るように言ったんだ、本当に殺すつもりはないと思うよ」
一護は手を伸ばすものの、伸ばした手は空を切る。
「……死ぬなよ、黒崎」
穏やかに微笑んだ雨竜を最後に、一護は瀞霊廷へと返された。
「そうか、記憶を取り戻したか」
わざわざ部屋へ足を運んだユーハバッハに、雨竜は向き直る。何処から見ていたかは分からないが、ある程度は把握出来ているのだろう。
「あのような事をせずとも僕は陛下に従いますが?」
雨竜が告げると、ユーハバッハは違うと続けた。
「お前を試したのではない。一護がどうするのかを見たかったのだ」
お前に邪魔されたがな。
本当に面白がってただけなのではと雨竜が考え直すと、目眩がしてきそうだった。そんな事だけで一護を巻き込まれるのはたまったものではない。
「彼は、死神代行です。こちらにはいりません。それとも僕だけでは不満ですか?」
煽るかのように問いかけると、ユーハバッハは声を上げて笑った。
「……なに、今はもうお前さえこちらに居れば充分だ」
さあ、お前の後継の儀を進めようではないか。
歩き出すユーハバッハに続いて、雨竜もまた、足を進めた。