*送り主の名前がないラブレター黒崎一護様、と宛名を書いた手紙を用意して、僕は黒崎の靴箱の中に入れた。自分の名前は書かないで、17時過ぎに屋上に来てくださいというそれだけのものだ。
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流石にもう来ないかな。
オレンジが少なくなった空を見上げながら、僕は白くなった息を吐く。悴んで動かしにくくなった指を息で温めながら、持っていた紙袋に入っている包装紙を見た。
やはり自己満足な行動なんてするんじゃなかった。
次に冷たく赤くなった手を見て虚しい気持ちが増した。
こんなに遅くなるんじゃあ手袋を持ってくるべきだったなあ。
彼が何処にいるか気になって霊圧を探ってみると、待ち人は体育館裏に居るようだ。きっと可愛い女の子に告白でもされているのだろう。
最終下校時刻まであと30分。
優しい彼ならきっと僕の所にも来てくれるだろうと思っていたが、流石に時間切れである。
あと5分だけ、やはり来ないか、馬鹿だったなあ……似たような事をそう延々と考えていたらもう5分近く経っていた。
バレンタインをきっかけに告白するなんて考えるんじゃなかった……告白する機会さえ貰えなかった自分の惨めさに泣きそうになりながら、名残惜しい気持ちとともに教室に戻ろうとドアノブに手をかけようとしたところで、勢いよく何かにぶつかった。
「うわっ!」
「うおっ!?」
反動で後ろに転倒しそうになった身体を、誰かに強く引き寄せられる。
「あたたかい……」
冷え切った身体に抱き締められた温もりが心地良く、思わず求めようとしたところで、誰かに突然抱き付いてしまっている状況に気付き慌てて離れるだけ身体を離す。
「す、すまない」
見上げると、待ち人であった黒崎の顔がすぐ近くに見えて、一気に体温が上昇した。腰に添えられた黒崎の手のひらの大きさに、心臓が早く強く鳴る。
「こっちこそ、遅くなってワリぃ」
「急に呼び出したのは僕の方だから、気にしないでくれ」
鼓動が落ち着かなくて一刻も早く後ろに下がりたいのに、黒崎の手は強い力がこもっていて身動きが取りにくい。きっと優しい彼の事だ、僕が倒れそうで心配で、抱きかかえてくれているのだろう。それなのにこうして抱き締めてもらえる事が嬉しくて、ずっとこうしていたいなんて考えるのは、なんと烏滸がましい事か。
「黒崎、僕もう大丈夫だから」
ありがとう、と声をかけると彼は気を遣ってかゆっくりと離してくれた。
「手紙、石田で良いんだよな……?」
「うん、気付いてたんだ」
普段は使わない淡い桃色に、愛らしいパステルカラーの花々が散らされた便箋。名前を書かないでいたのに、黒崎が僕だって気付いてた事に少し恥ずかしさを感じる。
「僕の柄じゃないよね」
「まあ、そうかもしれねえけど」
「僕ですまなかったね」
折角のバレンタインの手紙が、僕からで残念であっただろうなと考えながら、用意していた紙袋を彼の前に差し出した。それは、凄く勇気がいる行為だった。
「黒崎君」
僕は大きく息を吸って、素直な言葉を口にする。
輝く世界に立つ君にも届くように。
「好きです」
手の震えは、寒いからではなく、緊張だ。僕から告白されて困った顔をする黒崎を見たくなくて、僕は視線を落とす。
「えっと、石田さ」
手から袋が離れていく感覚に、黒崎が紙袋を受け取ってくれた事が窺い知れた。僕はたったそれだけの事が嬉しくて、安堵した。
「ありがとう、黒崎。それじゃあ」
良かった、と帰ろうとしたところで、僕は黒崎に腕を捕まれた。何かあったのだろうか?
「何でそのまま帰ろうとしてんだよっ!」
「え、告白もしたしチョコも渡したし僕の用事は終わったからだけど?」
「返事くらい聞けよ!」
「いや、否定の言葉なくらい分かっているのだし、これ以上君を煩わせたくないからね」
「ちょっと待て、否定前提で話すなっ!」
「えっ!?」
「えぇ……」
肩を盛大に落とし溜め息を吐く黒崎。僕は何かおかしなことでも言葉にしただろうかと疑問符を浮かべた。否定以外に何かあるのだろうか?
「普通、バレンタインに呼び出されたら告白だと思うだろう?」
「そうだね」
現に僕はバレンタインに呼び出して告白をした。イメージ通りの事をしたと思っている。
「一緒に帰って手を繋いでも良いだろうかと考えるだろう?」
「そうだね」
黒崎と一緒に下校して、手を繋ぐ事を考えて、きっと幸せだろうなと思いながらほんのり照れくさくなって顔が赤くなった気がする。先程の手の感触を思い出したら、もう駄目だった。
「でもそれがどうしたんだい?」
君と僕とじゃ当てはまらないと思うんだけど……。
「だから、俺が、お前と! 一緒に帰って手を繋げたらってソワソワしながら屋上に来たんだよ!」
「……は? 言っている意味が分からないんだけど?」
何で僕と君が一緒に帰って手を繋ぐ必要があるのか、僕には全く理解できなかった。
「だーかーらー、俺もお前が好きなんだよ!」
????????????
黒崎が僕を?何だって?
「黒崎、君、頭大丈夫かい? 熱でもあるのかい?」
僕は彼の額に手をあてがうも、特に熱が出ているとは思えなかった。
「うわっ、冷てっ!」
「あ、ごめん!」
手が冷え切っているのをすっかり忘れていた。慌てて手を離そうとするも、黒崎に手首を掴まれた。腕も手首も掴まれて、ここを立ち去る事が難しくなる。
「長い間待たせて、ごめん……」
気を遣わせてしまう事が本当に心苦しい。
「でも、チョコレートを受け取ってくれただろう? それだけで待った甲斐があったから」
自然と口角が上がっている事に気付くと、彼は僕の右手を握り締め強く抱き締める。
「え、え、え、」
黒崎の体温をダイレクトに感じて、僕は動揺してしまう。先程と違い黒崎と認識した状態で抱き締められるのだ。僕の体温はどこまで上昇するのだろうかと思うくらい熱が上がる。
「黒崎、きみ、絶対相手を間違えてる! 間違えてる!」
「間違えてねえっての!」
「え、え、え、だってぼ、僕だよ!?」
信じられない、って呟くと、彼はどうしたら分かってくれるんだと嘆いた。
僕もわからないんだ、と考えていると、僕みたいに早い強い鼓動が聞こえてくる。そこでようやく僕は彼の好意を理解することが出来た。
「黒崎君」
僕はなるべく彼の目を見ようと顔を上げると、夜に近づく黒い世界の中でも分かるくらい顔を真っ赤にした黒崎の姿が目に入る。黒崎も僕と同じ気持ちなら嬉しい。
「僕と一緒に帰ってくれますか?」
ゆっくりと肯定の言葉を返すきみが、僕は愛おしいと思った。