不安はいつか突然に終わる『親父から連絡あった。犯人捕まったぞ。』
めだまにメッセージを送り既読になった途端すぐに電話がかかってきた。
思わず電話をしたのか向こうは言葉に詰まっている。俺はなるべくいつもの様な軽い口振りで「すぐ来ると思った」と苦笑した。
『…っ、ほんとに…?』
「俺様は嘘をつかないだろ」
いつも穏やかな親友は電話の向こうで戸惑った様な少し安心した様な、随分間抜けな声をしていた。
それも無理もない。ずっと弟の様に可愛がっていた従兄弟ちゃんにトラウマを植え付けた犯人がやっと捕まったのだ。
「ニューヨークで捕まったとさ、強姦未遂らしいけど誘拐監禁で現行犯逮捕。…他にも色々やらかしてるっぽくてな、叩けば埃が出る体って奴だ。」
『…!!被害にあった子は?無事か?』
「…その辺までは解らんが、親父に被害者のケアを徹底するよう配慮しろって言っとくよ。てか、とりあえず、落ち着け。」
『悪い…色々混乱と言うか……そうか、やっと…終わったんだな……』
「…終わったよ過保護なおにーちゃん。
…日本でニュースになるかはまだわかんねーけど、あの子のとこにマスコミが行かないようには根回ししとく。その辺はマヤ様に任せな。」
『…二人ともありがとう。親父さんにもよろしく言っといてほしい。』
「おう、こーゆーのは慣れてる。任しときな。」
『………俺は結局なんにもしてないな「へいへい!やめろやめろ弱々しいおめーは気色悪い!」
『なっ!?気色悪いって…ひっでぇなぁ』
食い気味にそう言い放つと、少し苦笑した親友の声が聞こえ電話口でニッと微笑む。
「あんたら家族はよくやったよ。お前も、そしてあおちゃんも…本当によくやった。」
そうかな?とか言うのでそーだよ。と少しぶっきらぼうに返す。やめろよ、励ますのはあんまし得意じゃない。
「ああ、ご両親へは親父の方から伝えるらしい。…あおちゃんにもご両親から話が行くと思う。」
『…解った。色々世話掛けたな。…本当に、感謝しきれない。』
「困った時はお互い様って言うだろ?互いに出来る事をしたまでだ。」
捕まったクズ野郎はコンサートやイベントプロデュースなどをよく手がけている有名な投資家だった。
そいつが関わってそうなオファーは俺たちが知り合いなどを通し、情報を駆使して調べてなるべくあの子を安全にと保護してきた。
これでやっとあおちゃんはなんの不安も無く自由に活動ができるだろう。
あの子の演奏を世界中の人がきっと待っている。
「なぁ、お前さ、あおちゃんが高校生の頃…迎えに行くのが遅くなった事…まだ悔やんでるんだろ?」
「……俺があの時、遅くならなきゃ…あの子はもっと苦しまずに生きれた。」
重く静かに親友は答えた。
これがコイツが抱えた罪。
あおちゃんが高校生の頃、先輩に襲われた日は、本当は放課後めだまが車で迎えに行くはずだった。
その日は運悪く渋滞に捕まり、迎えが遅くなってしまったのだ。
「…それはもう終わったんだよ。今あおちゃんはそれを全部乗り越えた。お前も、乗り越えな。あおちゃんもお前も、大事な人が出来たんだろ?前向きな。…そもそも別にお前のせいじゃないんだからよ。」
親友はたぶん、声を殺して泣いていたような気がする。
まぁ見えていないから、違うかも知れないけれど。あそこの家族はみんな、涙脆いから。
なんだ風邪か?なんてからかうのも良いが、今はそれも野暮ってもんだろう。
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数日後、日本でもニュースになった。
日本の警察も動いている頃。
前にあの子が微笑ましいほど惚気けていた恋人の耳にも、この情報は届くのだろう。
まぁ、先に本人の口から伝えるかもだが。
テレビから流れる雑多なニュースが占いコーナーに変わり、それらをぼんやりと眺める。ランキングは2位、ラッキーカラーは赤。
そういえば今日はオフだった事を思い出す。
何か美味いもんでも持って、あのシェアハウスにでも行こうかな。などと思いながらジャケットに袖を通し、赤いピンヒールを履く。
背筋をすっと伸ばし、180cmの高身長が更に高くなる。俺が一番俺らしくなる瞬間。
玄関を開けると、天気も良く花の香りが微かに風に乗ってくる。
そういやあの時も、確かこんな穏やかな晴れた日だった。
『無性別?性別があっても無くても、お前はお前だろ?』なんて言った水色頭を思い出す。
俺の不安もあの時、突然に終わったのだ。
抱えてるものは変わらないけれど
不安はいつか突然に終わる。
さて、次は何があるのか?何かあれば、あのちっちゃい弁護士ちゃんの出番かな。
乞うご期待である。