パルマコス弟のアーサーが生まれた時ゆるやかに私の人生は終わったと感じた。
ファイアーマンという家は生まれた弟に家督が引き継がれるだろう。
ルキウスという名は無駄になったがそれはそれで仕方のないことだと幼いながらに理解した。
程なくして分家の一軒家に世話係のアルフレッドと私は引っ越すことになり。そこで生活することになった。
パパはもともと家へは滅多に帰ってこない。
大好きなママに会えないのは寂しかったが「ルキウス、アーサーを大好きでいて、守って愛してあげてね、お姉ちゃんをしてくれてありがとう。」
という言葉を馬鹿の一つ覚えのように鵜呑みにし真っ当にそれを実行した。だから1人で家で生活することを受け入れている。それに1ヶ月に一回お土産と一緒に大好きなママが会いにきてくれてその時にうんと褒めてくれるので私はその時間が大好きだった。
本邸での弟を愛してあげるよう姉であるようまた呪いをかけてママは本邸へ帰ってしまう。もっとこの1日だけが長くなれば良いのにとアルフレッドに漏らしまた次の1ヶ月を待つよう目を閉じた。
◯
「ルキウス、もうすこしで誕生日ね。いい子にしているからプレゼントを持ってこようと思うの。何がいい?」
ママはふわふわな綺麗なシルバーブロンドを揺らし紫色の目を綻ばせ私を抱きしめながら言った。優しい香水のいい香りがする。ぎゅうと抱きつくとママのお腹に擦り寄ってとろとろ思考した。
「ええと、うーん、どうしよう…あのね、こねこが欲しいんです、あと大きなくまちゃんでしょう?それとママと一日中ずーっと一緒にいたい!いつもはアーサーとずっと一緒なのだもの、いいでしょう?アルフレッドだって大好きですけれどママが1番好き!ママがお泊まりしてくれるならプレゼントはいりません!」
と少々早口ではきはきとママに伝えると嬉しそうにくすくす笑って私を抱きしめた。
「パパにずっと付き添ってるから忙しくてごめんね、わかったわ。用意できるか相談しますからね」
とママは私を抱き直し方に顔を埋めた。「…ルキウス、ごめんね」とママは苦しそうにいうのでまたなにか悲しませることをしたのかと眉を下げると何も言わずに優しく頭を撫でてくれた。ママの手は優しい。大好きだ。
◯
そこからママはまたしばらく忙しくなり少しばかり、というよりも数ヶ月誕生日の日からはズレてしまった。お泊まりできるよう調整してプレゼントを手配してくれていると言っていた。あと10寝たらパパと一緒に会いにきて泊まっていってくれるらしい。
それに子猫と大きなくまちゃんも連れて行くと言っていた。
私は嬉しくてとびきり良い子にしていた。
はやくその日になれば良いのに!と少し肌寒くなった玄関を毎日眺めて来訪を待っていた。
◯
10日後の朝プレゼントは大きすぎて車には積めなかったらしく先に大きなくまちゃんと可愛い子猫と飼育セットが本邸の執事たちによって届けられた。
ミィミィと鳴きケージから顔を出す姿をくまちゃんの足の間から眺め幸せを噛み締めていると無口で慌てることないアルフレッドが血相をかえて私の元へ駆けてきた。
「お嬢様…!!奥様と旦那様が!…あああ…!どうして、どうしてでしょう、こんな、すぐにお支度を」
「どうしたのアルフレッド…わからないわ」
「住宅街の爆発事故に巻き込まれ、こちらに向かう道中、その、車が、炎上したと…!」
慌てて病院に駆けつけたがその時には2人とも息を引き取っており損傷のひどいその死体と面会することは叶わなかった。
◯
葬式の最中弟は私に物を投げつけ人殺しと罵った。でも私は弟を大好きでいなければいけなかったので抵抗しなかった。
最後のプレゼントは全て弟が本邸に引き上げた。最後の父母の手配した物だ。仕方ないので私は抵抗しなかった。
ただアルフレッドだけが残った別邸で私は鏡を見つめていた。
何だっけ。
鏡よ鏡、という言葉があったはずだ。
もし願いが叶うなら強い気持ちが欲しかった。
折れない心が欲しかった。弟を言いつけ通りに守れないとママとの約束が果たせないと思った。
「…鏡よ鏡、何を見ても何を感じても動じない強い人になりたいです。そうしたら良い子でいられますか?」
ぐるぐる、ぐるぐると思考が捩れ目が回る。
無意識に自己を催眠するという術がすんなりうまくいってしまったようで、ルキウス・ファイヤーマンは本来の性格にパタンと蓋をして合理な悪魔的な、それでいてひどく澄みきった性格が上に出た。
「…ああ!これで何があっても大丈夫!」
とぐるぐるした目で笑うとくすくすとルキウスは微笑んで静かに目を閉じた。
◯
あれから随分月日が経つ。
頭のネジが飛んだ姉が犯罪者側になれば家に傷がつくと弟の勧めでFBIに入り出世のために仕事に入れ込んでいた。
仕事ができる姉がいれば弟も恥をかかずに済むだろう。アーサーは喜んでくれるだろうかとルキウスは歪んだ口元を少し正した。
彼女の行動はただひたすらに正し過ぎた。
善悪のバランスを考えず真実や真理を追い求め正しさを貫けば何をどうしても諍いは起こる。
地雷原や火種を作りその燻った大地でルキウスは味方が少ないまま成績を積み上げ続けた。
激昂した人間と会話をすることは無駄に感じて距離を取り気がつけばルキウスの定位置は肌寒いサーバールームになっていた。
「正しいことはファイヤーマンの美点だろうが将来苦労するよ?」
「どうもご足労様です。心配も嫌味も結構、そして禁煙です。副流煙も気になりますし要件を願います。」
わざわざルキウスに話しかけに来た少し草臥れた体格のいい先輩は電子タバコの電源を消しポケットに雑に仕舞い込んだ。
我儘や意見を一切取り繕わない純粋に仕事にしか興味のないルキウスをヨルダンは信頼していたので自分の手駒に置いておきたいと思っていたのだ。
ヨルダンは手慣れた手つきで渡すべき資料をフリックでルキウスのタブレットに流す。
「はいはい、MARSにならないかとテストの打診だと。」
「出世の話であれば喜んで受けます。…しかし、それは別組織とのバディ制度では?」
「そーね、普段なら俺もお前さんに聞く前におまえさんへの打診は断ってるんだけどさ?…これでお前さんのその奔放癖を治せるなら安いもんじゃない?愛するバディができるかもよ」
「それには興味ありませんがなるほど、もう一声」
「危険と謎が伴う」
「ふふふ!それは大変結構、面白そうです。」
くすくす無邪気にルキウスは微笑み今までのオーディンの事件の顛末に目を通し始めた。
ヨルダンは好感触に取り敢えず胸を撫で下ろしその様子を見守ったがパチリとぐるぐるした瞳と目が合った。
「…命の保証はありませんか」
「そんなにないかもしんないね」
「僥倖です。構いませんよ。ラマにはそんなスケープゴート的な役目もありましたし。」
ニコリ、ぐるぐる。
異常な瞳をやんわり歪め、シルバーブロンドをふわふわと靡かせルキウスは軽快なステップでMARSへの転属届けを出しに向かった。
窓に映った姿はかつて愛した母にそっくりであったがさて、声はもうどうだったか、香りはどうだったか今となっては思い出せずにぐるぐるとした瞳は未来に向けて目を逸らした。