碧落の夢/水天一碧(すいてんいっぺき)日差しの強い、晴れ渡った空が私の眼前に広がっている。
今日は雲一つなく、その青はどこまでも続く夢のようだった。だが、そもそも今の私の姿が悪い冗談か夢のようにも思えて。
熱い砂の上に座り見上げた空。強い日差しに目を細め手をかざすと、大きな影が私を覆った。腹心のクロウの顔が、今はこんなにも遠い。
「大将」
「…………」
海辺で聞こえる波の音。眼前に広がる青と碧落の光景。それが、私の思考を塗りつぶしていく。
なんでこうなった。なんで。どうして。暑さで溶けそうになって、何も考えられない。
たたっと砂を走る声に続いて、よく知った彼女の声も近づく。
「ベナも泳ぐ」
「は……」
走り寄ってきたアルルゥ殿にぐいっと腕を引っ張られる。思わず立ち上がっても、私の目線は彼女より下だ。
いつもは私が彼女を見下ろしているのに、今は彼女が私を見下ろしている。まさか、朝起きたら彼女より小さくなっていたとは誰も信じてくれないだろう。けれども旗長は信じてくれて、何故か今こうして彼らと海にいる。遠くで聞こえる喧噪や歓声が、これが夢ではないと言っていた。
「そうしてると、姉と弟みたいですねえ」
「クロウ」
「はは、すいやせん。同じ泳衣着てるもんでつい」
「…………」
海ではぐれても見つけやすいようにと、何故かアルルゥ殿と同じ泳衣を着させられていることにも不満を述べたいが、波の音と暑さで全てが塗りつぶされてしまう。
「ん。今日はアルルゥがおねえちゃん。ベナ、いいこいいこ」
「――ッ!!」
そう言って私の頭を優しく撫ぜてくるアルルゥ殿の表情が、感情を超えた衝撃となってこの小さな体を駆け抜けた。
これはとんでもない。あり得ない感情に胸を打たれる。
普段なら皆が「妹」として守り慈しんでいる彼女が、誰かを、私を庇護しようとする姿が、得難いものとしてそこに在ることに。
背後でクロウが忍び笑いをしていることすらも吹き飛んでいく程の何かが、私の中を駆け抜け、心までも奪ったように思えた。
「はやく」
「はい」
アルルゥ殿に催促される声に、固まっていた私は我に返る。一瞬、彼女の面影にかつての姉の姿がよぎったのは幻だろうか、それとも。
何も考えられないのならせめて。
青い空に反射する鏡のような蒼い海と足の裏を焼く砂の白と、彼女の笑顔と。
水に飛び込んだ時の冷たさと、しぶきの輝きと塩の味と、奈落へ沈みそうな怖さをすべて。
すべてを胸の中に。
二人で飛び込み、水面から顔を上げると彼女の頬にきらきらと波の輝きが照らされている。
蜂蜜のようなくりっとした、碧にぬれた瞳が私を見つめている。
それはどこまでも続く夢のようだった。