天地創造SOS帰宅したら自宅のリビングの明かりが勝手に着いているのもテレビの音が聞こえてくるのも最早日常茶飯事だ。盧笙は鞄を床に置いてとりあえずキッチンで手洗いとうがいをした。そして手を拭いてリビングのドアを開ける。まあいつもどおりに簓と零のアホがアホやってるんやろうと思って、しかしドアの向こうリビング、開けて見えた本日の光景には流石の盧笙も驚いた。
黒い物体を零が撫でている。
黒い物体はよく見れば簓だった。簓が零が普段着用している黒い毛皮の塊にくるまり(素足がひょこりと見えている)零がその黒い物体をナデナデと撫でていた。出オチにも程がある。
「出オチにも程があるッ」
盧笙は思ったことをそのまま言った。
しかし盧笙は優しい人間なので、訳がわからないながらそのままその黒い物体の前に座り零に倣いそれを撫でることにした。毛皮がふわふわしていて触り心地が良い。簓の体温も相まって大変良い感じ。撫でながらぽやんと『簓、零にも懐くようになったんやなぁ』と盧笙は明後日な事を考えた。
盧笙がそのニュースを知ったのは昼。
メッセージアプリ。どついたれ本舗のグループにて、簓は『通天閣全長60m滑り台設置へ』という旨のネットニュースを共有し『酒 集合』とだけ、それ以降何も発言せず。
『え、そんな?』と盧笙は思ったが、とりあえず盧笙はスーパーに寄り簓が好きな銘柄のビール缶を1パック、あと簓が好きなツマミをセレクトし帰宅。
そして黒い物体と零。
いつ簓と零が盧笙の家に不法侵入したのかは分からないが、テーブルの上を見るに酒盛りはとうにはじまっていたらしい。一升瓶、空き瓶、ビール缶、空き缶、適当に食べ散らかされたおつまみ。
「状況は」
「簓が通天閣買収するから金貸してくれってよ、いや無理だろったらこうなった」
零が笑いながら片手で一升瓶から空のグラスに日本酒を注ぎ、盧笙に手渡す。盧笙もそれを受け取りとりあえず口にした。美味い。つまみ、と、テーブルの上の柿の種の小袋を取って開けた。美味い。
「起きてんの」
盧笙が黒い物体に声を掛けると
「……おぎでる」
と変な声が返ってきた。
「思い出が汚されるんだと」
「はぁ」
「横になんか出来るだけだろうよと俺は言ったんだが」
「俺もそう思う」
「滑り台効果で今後今以上にファミリー層が通天閣に押し寄せて来んのもやだと」
「心せま…」
「んで、ロケでニコニコ滑る自分を想像したら嫌なんだと、思い入れがあるから。でも確実にロケ依頼は来るだろうし、その時はきちんと仕事を完璧にこなしちまう自分が想像できてそれも嫌だと。」
「はぁ…、よう分からん」
「じゃあおいちゃんと一緒に滑り台滑る?新しい思い出作ろうぜ?って言ったらコート奪われてよ」
「…オモロイからやればええと思う」
「ばっかお前も道連れに決まってるだろ」
「男三人でそれはないやろ流石に…」
「オモロかったらなんでもいいんじゃねえのかよニシの人間は」
「いや絵面キツすぎるやろ、あとニシの人間馬鹿にすな。…てかこいつ何杯飲んだん」
「もう俺が来た時点で前回俺が置いてった瓶、中無くなってたな」
「え、結構残ってたやろアレ」
「そーゆことだ」
「そーゆーことか…」
よーわからんけど慰めたろ、という気持ちと、肌さわり良!という気持ちで、盧笙は改めて黒い塊を撫でた。
「簓…、俺もな、数年前毎月買ってた雑誌が休刊した時はショックやったけど、提供してくれる側も色々大変やねん多分、やから…」
「へえ、なんて雑誌だ」
「〝月刊70分で分かるシリーズ〟」
「聞いたことねえ。」
「本屋で見かけてな、なんで60分やなくて70分なんや、ってまず思てな。で、買って読んだらどう読んでも70分じゃ分からへん内容で…もう虜や。次は絶対70分で理解したるって毎月ワクワクして…バックナンバーまで取り寄せてたわ…」
盧笙が懐かしんでいると、黒い塊がぶるっと震えた。
「よ、読むか簓!?」
「いや…今のは俺も結構キた…、ろしょ〜ワールドツボだからなコイツ、畳みかけろ、」
「ハァ?な、」
「いーからいーから、今のこいつにはお前が必要だ、慰めろ、ウン」
「え?あ?…えーっと、あ、駅前の雑貨屋が潰れた時もショックやったな、めっちゃしょんぼりした、けど、やっぱ消費者には分からん苦労がな、」
「なんて店?」
「ファンシーショップ■■■」
「ファン…なんで行ってたんだよ」
「店頭に置かれてた鉛筆削りに一目惚れしてな…鉛筆今日日使わへんのにな、あっから…」
盧笙がしみじみしていると、またもや黒い塊が震えた。
「日本神話にこういう話あるよなぁ、天岩戸だっけか」
零がしみじみとそう呟く。
一方盧笙は少し息切れ気味だ。当たり前だ。わけのわからないまま謎のエピソードトークを求められ、最早芸人でもないのに売れっ子芸人(現:黒い物体)を笑わせるという過酷な企画にチャレンジさせられたのだから。思い返せば途中からエピソードトークから逸脱して大喜利もあった気がするし、モノマネもしたような。また零がノセるのが上手かった。し、盧笙は意味がわからないなりに簓がなんだか可哀想だと思い元気を出して欲しいと思ったのだ。でかつ簓もぷるぷると笑って反応を返すから若干調子に乗ってしまったのも否めない。結果なんやこれ。
「あー…偉い神さんが怒って岩閉じこもって世界暗くなるやつやっけ」
「んで、確か、別の神さんが踊ってそれが気になった神さんが顔出した隙突いてその偉っらい神さん騙して、で無理矢理岩から出してめでたしめでたし」
「はぁ、そうやったっけ。騙して出したん?」
「ん?てことは俺の出番じゃねえか」
「は?」
「お前充分踊っただろ」
「お前さては酔っとるやろ」
「じゃあ今度俺が騙す番だな。…おーい簓くーん、もう充分笑ったろ、外は大丈夫だから出てきなさいよ」
「何やその口調」
壁にもたれながら盧笙はじっと簓と零を眺める。
零がアレコレ喋っているが簓は相変わらず黒い塊だ。
ズズ、とビールをまた一口盧笙は飲んだ。
「ええチームやなぁ俺ら」
そしてなんとなしに思ったことをそのままボヤいた。
「どこで?!」
「あ、出た。」
盧笙の言葉に思わず簓が立ち上がった。その勢いで包まっていた黒い毛皮がぽふんと簓の体から落ちたので零はさっと奪い返した。
その零の動きがあまりに鮮やかスピーディーで、盧笙は思わず笑った。笑ったと言うか、大爆笑だ。ツボに入った。
簓がなんでや盧笙と叫ぶ。
「んじゃあ整理すると、オープンした暁にはどついたれ本舗全員で滑り台な」
チームをまとめるのは年長者の仕事であると零は思っているので、思った通りの事を言うと、ぐでぐでにできあがった盧笙も簓もうん、と素直に頷いた。
盧笙ん家の宅飲み、毎回有益なことなんかなんも起きねえなと零は分かっている。
それでも零は、簓のメッセージを見た瞬間、今夜のスケジュールを変更し、タクシーに乗って途中酒屋にも寄った。
結局は先程の盧笙の言葉に集約されているのだろう。
零は簓と盧笙が可愛くてしょうがないのだ。いやはや全くなんでこうなった。
まぁチーム運営がうまくいってるのだからそれを命じた総理大臣様だって許してくれるだろうと零は本日アポイントメントをすっぽかした相手の顔をほんのちょっぴり思い浮かべた。
ま、いっか。飲むべし飲むべし。