ℋーさω

リハビリ久しぶりに創作小説、スターシステムでお馴染みの人が出てきちゃうファンタジー。

🍭
人外――――
「そう、例えば。天使、悪魔、吸血鬼、狼男、ゾンビ、フランケンシュタイン、キョンシー、人魚、鬼、天狗……」私は指を折りながらざっと思いつく怪物達の名前を列挙した、その気になればもっと言えそうだったけれど、これ以上はキリがないのでこの辺にしておこう。
「もし今いるこの世界が、ありとあらゆる種族の生き物が平気でスクランブル交差点を渡って歩くような世界線だったとしたら、君はどうする?……というより、どうしたい?」
「……どうしたいって、生き残りたいに決まってる。ほらもっとこっちに寄って。」そう言って彼は私の腕を掴んでぐいっと身体を引き寄せた、成程強い力だ。
「君は地獄の釜の蓋が開くようだと思うかい?私は毎日がハロウィンみたいで楽しいものになると思う。とりあえず、色んな子と友達になってみたい。一緒にお買い物に行って、カラオケに行って、海に行って、遊園地に行って、お泊り会をして、あわよくば付き合っちゃったりして……」
「……」
「……って、無理かなぁ?」
 私はそう云って自嘲気味に笑って見せる。隣のミステリアスな男子にこんな話題を持ちかける私は、これ以上なくミステリアスでイカした女子だと思っていただけたのだろうね。……いや、ただ頭がイカれていると思われただけかもしれないけれど、この状況に比べれば全然まだ理性を保てている方だと自分を褒めてやる他ない。彼は坊主頭のこめかみの上――三角に剃り込まれた髪と地肌の境界線の辺り――を指でポリポリとかきながら、溜息交じりに云う。
「無理、だと思う。現におれ達は今、君のいう怪物達に攻撃されている。」
 確かに。私は擦りむいた傷に触れない様細心の注意を払いながら、膝に付いた土を掃った。痕に残らないといいのだが、そんなことを考えられる自分の女の子らしさがいじらしく思えて無駄に感動した。あぁ何だか泣きそうだ。私達は廃墟と化した建物の中に転がり込む。
「現実を見て、奴らは友好的ではないし、人間に明らかな敵意を示している。……こんな悠長なこと言ってる場合じゃない、もう後一分もあれば貴女は殺されちゃうよ。君はもう二度と新しい友達を作れない。なぜならもう間もなく彼の世に行くから。残念だね、ご愁傷様。」降りしきる強酸性の雨をたっぷり浴びた建物のコンクリートがみるみると溶けだして形を変えていく。雨音は激しさを増すばかりだ。じきにここも熱に溶けた飴細工のように変わり果てた姿に変わるのだろう。
「そしておれも、君とは友達になりたくない。」
 彼の左腕の裂傷からは、ピンクの色水のようなファンシーな体液が止めどなく流れ落ち、冷たいリアルなコンクリの床にぽつりぽつりと小さな水溜まりを作っている。皆さん知っての通り、通常人間の血は赤い。どうやら彼もまた、何かしらの怪物だったようだ。
「大丈夫?」と気遣った私の優しさをガン無視して、彼は自らの傷口をピンクの舌でぺろりと一舐めした。すると、痛々しく抉れた傷の表面はみるみるうちに塞がってゆき、何事も無かったかのような元の健康的な肌に戻っていった。いいな、私の膝小僧も舐めてはくれないだろうか。無理か、友達になりたくないなんて言うくらいだし絶対嫌がるんだろうな。……いやいや、友達の膝小僧こそ舐められなくない?もし私が友達に怪我したからここ舐めてぇ~なんて言われたらキモすぎて傷口に水道水ぶっかけちゃうわ。そりゃそうだ。私は自らの空想に一人合点した。
「そろそろ降参してくれないかなー」私達の後方遥か遠くから件の怪物の声が聞こえる。降参、したいな。でもそんなこと、私の一家のプライドが許さない。そんなことを考えるだけで足が震える……否、この震えは死への恐怖か。痛いのは嫌だ、せめて顔だけは。って言うてる場合か。
「危ない!」……大きな音を立てて倒壊してくる瓦礫から私を守って彼が私に覆いかぶさった。小柄な私はすっぽりと彼の懐に納まる、心臓の音、温かな体温、なんだ。彼も人間と同じじゃないか。彼にかかった酸がしゅわっと嫌な音を立てるのを聞いて胸が痛んだ。マスクのせいで表情は読み取れないが、多分熱くて痛くて苦しいだろう。うう、と小さな声を漏らして彼は身体をぶるぶる震わせる。
「っ……ごめんね、守ってくれたの?」
「あ、熱っ……熱いっ……!」
「貴方は優しいんだね……こんなに美味しくなさそうな人間を庇うなんて。本当に良い人。」
「……え、良い人?それってもしかして、おれのこと?」彼の肩をぽんぽんと叩いて、私は首を振る。もういい、私はきっとここまでだ。せめて彼だけでも助けてもらえるといいのだが……そんな淡い期待と共に、私の髪が一房酸に触れてじゅわっと音を立てて消え失せてしまった。あぁ、これはもう顔どころか、骨まで残りそうにもないな。肉食獣に襲われた草食動物の様な心で、私は彼に話しかける。
「……そうだ。最期に、貴方の本当の名前を教えて。」無論こんなこと、知る必要もないのだろうが。これくらいしか頭に思い浮かぶことが無かった。走馬灯とか、無いよ、そんなもの。強いて言えば昨日食べたピザくらいしかない。
「おれの名前……?」
「ふ……」待ってましたと言わんばかりに、彼の桃花色の瞳が輝く。
「……我が名はポップ。」
「――ポップ・ゴールデンピュアウォーター。」
「尿じゃねーか。絶対本名じゃないでしょ。」思わず人生最期ののツッコみが飛び出す。なんだこの人、ふざけているな。
「えへへ……そう、嘘でぇ~す。……ねぇ、君の血をちょびーっと分けてくれない?そしたらおれもいい感じに戦えると思うんだけど、どう?おれと契約しない?」
「……契約?貴方と?」
「うん、てか溶けちゃうから、ごほっ早く早くぅ……」
 彼――ポップくんは口から体液を吐きながらネトネトと液状化し、必死で私を包み込んで、酸の雨から少しでも守ろうとしてくれている。どうしようか?契約しちゃう?いや、するね。彼は何の見返りも無しに私のことを守ってくれた。今この状況からでも入れる防空壕なんてものはないから。細かいことは後で適当に叔父さんに聞けばいいだろう。また髪の毛が大勢お亡くなりになった。急がなくては。
「……じゃあ、今日から私、ポップくんのご主人様だから。よろしく頼むよ。」 
「……小娘が調子に乗らないでくれる?おれは、誰にも縛られたくないんだよ!」いや貴方が契約する?って言ったんですよね?ポップくんが人型に戻った瞬間、ふっと身体の力が抜けるのを感じた、さっそく持っていったね。結構行ったねこれ。全然ちょびっとじゃないじゃん本当にふざけるな。
「うわやったぁ、力が溢れてくる。見てて、あんな奴一瞬だから。」
「ばきゅーん」
 薄れゆく意識の中、きゅううんと球体が生成される音、それを射出した音、遠くで怪物が地面に落下した嫌な音を聞いた。へぇ、そんなことが出来るんだ。酸の雨より全然いいじゃん。悪くないよ、悪くないどころか……
「あーあ。まさか女の子と組むことになるなんて……」
 ――貴方が能力を使った後に残る、飴を焦がしたような甘い香り、私は結構好きかもしれないな。
×××
「見て、私が召喚した怪物。これで私も叔父さんの仕事手伝えるよ。」
「……」叔父さんは眉一つ動かさないで、私と、その異形の怪物を見比べた。
「怪物じゃありません。」
空中をふわふわと漂っていた怪物がほっぺたを膨らませて抗議する。
「おれは天使です。」嘘つくな。君は悪魔の類でしょ。そう心の中でツッコむ。
「大兄……こいつは……」叔父さんの部下らしき黒スーツ達がどよめくが、叔父さんがふっと椅子から身体を起こすと、彼等も姿勢を改めて前を向き直すのだった。いやそんなにこの人に合わせて行動する必要ある?めっちゃ疲れそうなんですけど、私だったら絶対この人の部下になるとかありえんわ。
「どうだい彼、強そうでしょ。是非私を叔父さんの右腕にしてくれたまえよ。」
「むんっ」彼が張り切ってお菓子の様な甘い香りを放出する。何だいこれ、直に吸ってもいいやつ?よくわからんが己の力を誇示してくれているようだ。ありがとう、なんか端の人倒れちゃったよ。大丈夫?私と叔父さんはサッと袖を引っ張って口元を覆った。「すみません換気をお願いします。」普通の人にはきついよこれ。
「……まずはおめでとう、これでお前の様な非力な少女でも人に仇なす悪質な人外共を狩ることが出来るようになった。大変喜ばしいことだ。」
 そう云って、大兄だなんて仰々しい呼ばれ方をされてふんぞり返っている若い男――私のクソ叔父さん――がデスクの上で指を組む、何が喜ばしいだよ、全然喜んでないじゃん。私が人外狩りの手伝いをすること散々反対してたもんね、コイツ外れ人外を引いたなって内心ほくそ笑んでいるのかい?こんなもんなんだよ、最初はこんなもん。貴方の契約している怪物が強すぎるんだということをキチンと理解してほしいね。ね、ポップくん。
「……お前の名は何という?可愛い姪っ子の命を救ってくれたそうじゃないか、感謝するぞ人外。」
「……」彼はすとんと地上に降りると、私の後ろに立って身を屈めた。いや全然隠れてないが。もしかして叔父さんを警戒しているのだろうか?何だか借りてきた猫のようで可愛らしくもあるが、ここで私の顔を立ててもらわないとまずいことになる。「……」私はポップくんにひそひそと耳打ちをする。
「……どうしたの?ちゃんと自己紹介して?」
「……」
「……」
「……この人、おれのことえっちな目で見てるからやだ。」今なんて?
「ほお。」叔父さんが机の上にドカッと足を乗せると、周りの黒スーツ達が同時にびくりと身体を強張らせた。何この人達可哀想。いじめられてるなら然るべき場所に相談してほしいな。というより、何故この人はこんなに周りの人から畏れられているのだろう。私が知らない内に何かあったのだろうか?それとももしかして、叔父さんってやくざ?あんなに繊細で傷つきやすいガラスのハートをお持ちだったあの叔父さんが?お小遣い欲しいって言ったらいくらくれるかな?言うてる場合か。
「ふ、面白い、ポップくん……ポップくんか。かわいい名前だな。見た目は全くかわいくないが。」やっぱこの人いじめっ子だよ。初対面の男の子にこんなこと言う大人が社会に出るのを許しちゃいけないよ。抗議しようポップくん。
「……」
 さっきから何だいこの空気は?換気してもらっている筈なのに、やけに重たく感じるじゃないか。これは、私の魔人に恐れをなした人々の畏怖の念のせい?それともこの悪魔が絶えず発している綿あめの様な甘い香りのせい?というかポップくんってなんなの?お菓子の悪魔なの?何が楽しくてこんなにファンシーな魔法を使うんだよ。見た目はファンキーでヤンキーな大柄の剃り込み坊主くんなのにね。
「悪魔じゃないんだけど、いい加減覚えて。」
 君は勝手に私の思考を読まないで。どうするのポップ君。なにえっちな目って?そんなの色眼鏡しててわかんないじゃん。言いがかりにも程があるってもんだよ。
「ちゃんと謝ってポップくん、今ならまだ許してくれそうだし。ね?」
「……間違えました、おれがお兄さんのことえっちな目で見てたんでした。抱いてくだっさい。」そう云って彼が上着のジッパーを下ろした次の瞬間。
「牡丹紅(ムータンホン)」
「プキュッ」叔父さんが怪物の名前を呼ぶと、ポップくんは一瞬でピンクの体液を吐いてバッタリと床に倒れて戦闘不能状態にさせられてしまった。「ポップくん!?」私が慌てて駆け寄ると、彼の胴体には大きな風穴が空けられていて、何やら大切そうなお腹の中のお友達がしっちゃかめっちゃかになっていた。「グロい!」私は叫びながら少しでも早く回復出来る様に適切な処置を行う。許せない……!許せないけど、ポップくんもだいぶ悪いから何とも言えない……!
「次会う時までにその小僧をキチンと躾けておけ」叔父さんは冷たく言い放つ。
「例え姪の愛玩動物とはいえども、オレに危害を加えようとする人外には容赦しない」
「くっ……!ポップくんは愛玩動物じゃない!全然可愛くないし、私の初めて出来た怪物の友達なんだもん!」
「いや可愛くないは言わなくても良くない……?」
「喋っちゃダメポップくん!傷が開くよ!……酷いよ、こんな仕打ち!彼はただ叔父さんと仲良くなりたかっただけなのに!」多分。
「……」叔父さんは何も言わない。この人は、昔からそうだ。人間にキツく当たるだけに飽き足らず、人間以外の生物……取り分け人外には無情冷酷……根っからの人外差別主義者なんだ。ポップくんに友達という言葉を使った私のことなんて、心の中でどれだけ罵っていることだろう。「痛いよぉ……」ポップくんが泣き出しそうな声で呟く。クソ、どうにかして一矢報いたいところだが、私が使えるのは口から吐く毒――悪口――くらいしかない。
「……こうやって依頼と関係のない怪物を殺したりするから叔父さんはいつまでも出世出来ないんだよ!早くおじいちゃんに孫の顔見せろこの親不孝者!」
「黙れ」あ、怒った。言いがかりでしかなかったのだが。
「なーこいつマジで冗談通じないべ。」牡丹紅と呼ばれていた赤髪のお姉さんがしゃがんでポップくんの顔を覗き込んでいた。何という不覚、敵だったらポップくんはとどめを刺されていた。鈍臭い私なんて、三途の川を渡っている時に自分が死んだことに気付くことだろう。……幸い、彼女から敵意は一切感じられなかった。身構える私に女神の様な微笑を見せる。どうやら私達を助けてくれるみたいだ。
「いやーわりーことしたな少年。こういう契約だからさ、あたしの血分けてやるから許してな。」スーツのポケットから取り出した小瓶を開けて、お姉さんは中の液体をポップくんに飲ませてくれた。「ごくごく……辛い……」辛いんだ。辛そうな色してるとは思ったけど。
「あ、ありがとうございます……ほんむーたんさん……」
「牡丹紅(ムータンホン)な、紅牡丹だとお茶になっから気ーつけな。……あ、何だったらアレだぜ、レッドでいい。その方がお嬢さんには分かり易いべ?」
「レッド、レッドさん。」何だかほっとする響きだ。叔父さんは不快感を隠すともせず、己の顔にかかる前髪をふっと息で吹き飛ばすと、いつもより気持ち低い声でこう云った。
「……おい、牡丹紅。勝手なことをするな。お前の血も、名も、誰から貰ったものだと思っている。幾ら身内とそのペットと言えども……」
「あ?じゃあ今回使った分補充させてもらうわ!オラッ!」レッドさんは叔父さんの鼻っ柱めがけて拳を振るった。
「えぇっ、おいたん!」私は狼狽える。
「大兄!」周りの大人も狼狽える。
「ぐはぁっ!?」いやぐはぁって、思わず困惑の声を漏らしてしまう。どうしようポップくん、大の大人が契約しているはずの怪物に身体ごとふっ飛ばされ、華麗なひねり技を決めるのを目撃してしまったよ。私はショックだよ。
「……なんでこの人の時はショック受けるの?さっきおれのお腹見ても心配してくれなかったクセに、グロい!って言ったクセに。」そういって彼はそっぽを向いてむくれてしまった。いやそうだけれど、この人生身の人間だから。ちょっとボコれば簡単に死んじゃうんだよ。いうて家族やから胸は痛むんだよ。「大兄!大丈夫ですか大兄!」叔父さんは駆け寄ろうとしてくる黒スーツ達を手を制して起き上がった、良かった、何とか大丈夫そうだ。
「……」
「あの、叔父さん、言っちゃなんですけど、貴方の怪物も私の怪物以上に……」
「ふ、躾が出来てない、なんて思っているんだろう?」
 そう云って不敵に笑う。大丈夫?鼻血出てますよ。
「いえ、そんなことは……」
「ビビったべ?」彼女が手をブルンブルンさせながら叔父さんに歩み寄る。
「これも契約の内っつーのォ?この方が体内から抜き取るより楽しいからさー、その分より強力な魔法を使わせてやってるのよ。やべーなぁこりゃ。この業界の闇を見せつけちまったなージルよォ」小瓶の中に赤いのが集められていく様をぼんやりと眺めながら、私は一つの違和感に眉をひそめる。
「……ジル?」
 もしかしてこの人のこと?いや、叔父さんの名前って――
「おっと、そういえば、言ってなかったな。オレは人外に本名は知らせない主義なんだ。」そう云って私はバシッと手で口を押さえつけられた。「むぐっ」……警戒しすぎではないだろうか。私に限って身内のことフルネームで呼んだりするわけないじゃん。手の平舐めてやろうか、いや、黙ってされるがままになっておこう。そんなんする方がキモいし。
「名前というのはすごく大事なんだ、人外に真の名を知られた者は長生き出来ない。お前もこの小僧にはまだ知られていないだろ?……フッ弱すぎるもんな……」このまま本名バラしてもいいだろうか。ポップくんもアメーバのように身体をうねらせて怒っている。どうどう。また反抗したら攻撃されちゃうよ。
「……そうだな、お前は今日からミカと名乗って生きていくがいい。」
「ぷはっ……ミカ?なんで?それ男の人の名前じゃん。」
「いいな?絶対真の名を明かしてはいけないぞ。わかったなミカ。返事。」
「……なんで?って聞いてんだから答えろや、叔父さんのばーか」はい。
「いい子だ、今日の所はこれで帰りなさい。手伝ってほしいことがあったらこっちから連絡する、お前達、家まで送ってやれ」……どんだけ適当なんだよこの人。絶対連絡なんて寄越す気ないでしょ。黒スーツが私達の帰りの準備に取り掛かる、お世話になります。お勤めご苦労様です。
 ……しかし、このまま何の成果も無く帰るのも癪というものだ。せっかくだし、レッドさんと連絡先を交換しておくとしよう。それでこっそりこぼれた仕事をもらうんだ。そして仲良くなってくれそうな怪物とガンガン知り合ってハートフルミカミカパラダイスを築き上げてやるぞ。そう心の中で闘志を燃やした私は、レッドさんに向かって渾身の決め台詞を投げかける。
「てかラインやってる?」
「やめろ、オレの人外を口説くな。」
「誰がテメーのだざけんじゃねー、あたしは自由な怪物なんだっつーの」
 そう云ってレッドさんは――ジルさんの肩をどついた。何で皆人間と契約したのに口ではそんなことを言うんだろう。てか普通に友達で良くない?どっちが上とかないからね。
「……あ、交換出来た、ありがとうございます。」
 私はスマホに入ったレッドさんの連絡先をしみじみ眺める。これで私の夢へとまた一歩、近づいた。彼女のアイコンはかわいいトイプードルで、何となく親近感を感じさせる。そっか、レッドさんは犬が好きなんだな。そんなことが知れただけでも、とても嬉しく思える。
「かわいいですね」
「ありがとうお嬢ちゃん、こいつはあたしが人間だった時に飼ってたんだ。」
「へぇ……」人間だった時、飼ってた、この二つの過去形に言葉以上の意味が込められていないといいのだが。「雪之丞……」それっきり、彼女は黙りこくってしまった。もしかしたら悪いことを思い出させてしまったかもしれない。黒スーツに背中を押されて私は部屋を後にする。挨拶も出来なかったのが悔やまれるが、有無を言わせない勢いで車の中に詰め込まれてしまったのだから致し方ない。外まで見送りに来たジルさんが、身を屈めながら私にガンつけて凄んでくる。おいやんのかこら。
「……じゃあな、愚かな姪っ子よ。恐れず人外の声を聴け、しかし甘い言葉に耳を貸すな。くどいようだがそいつに自分の真の名を明かすな、毎日風呂に入れ、顔を洗え、歯を磨け、朝食は食べろ……」
「もういいよ!言われなくてもやってるから!」
「それと……兄さんにオレのことは一切話すな。いいな。」
「……」
「わかった。」
 私は面食らって後頭部をジョリジョリかく。ここにいるのは内緒ってか?パパはすごく会いたがってるのに、なんで仲良くしてくれないんだろう?解せんなぁ。
「あー涼しい。」
「……え、待てお前、その頭どうした?」
「ん?これ?」
「やった。」
 現在の私は上だけ薔薇色のロングヘアー、下は坊主状態と言った有り様だ。こんなパンクな頭にするつもりは無かったんだけれど、あれだけ髪が溶け散らかしちゃったんだもの、もうこうするしかなかったんだ。幸い上の髪を下ろしちゃえば隠れて見えなくなるし全然問題ない。問題ない筈なのだが。
「ふふん、いいでしょーツーブロック、ちょっとワルでかわいいよね」
「……お前はいつからそんな子になってしまったんだ……?」
 ……ジルさんは何やら動揺している。
「……おいたん?どうしたの?なんでそんなに絶望してるの?」
「信じられん、ミカがぐれたなんて……きっとそのうちろくでもない男を連れてくるぞ、オレにはわかる。もう無理だちょっと寝込んでくる……」
 そういってジルさんは私達に背を向けて事務所の方に入ってしまった。何なんだ一体。ちょっと髪型が攻めすぎているというだけでこの始末。生きて帰ってきたんだからええやろがい。失礼しちゃうな全く。


「……ミカさん。」ポップくんが頭の上で丸くなる。
「おれ疲れた、何か食べさせて。」素っ気ない言い方だが、どことなく甘える様な声色でぷにんと私に触手を伸ばしてくる、被膜感のある柔らかいビニールの中にぬるいお湯を入れたみたいで、肌に触れるととても気持ちが良い。
「えへへっ何これ、赤ちゃんの身体みたい。どっから出してるの?」
「股間」
「ちんちん?ちんちんなのこれ?」私は絶叫する。
「嘘です、これは尻尾。揉んでくれてもいいよ。」
「うわビビったぁ……いやなんかごめんね、あの人があんないじめっ子だとは思わなかった。ここまで付き合ってくれてありがとう。私も今日は疲れちゃったから、一緒に千疋屋のパフェでもどう?」
「!……ぱふぇぱふぇ……♪」ネトネトと身体をとろけさせて喜ぶ。じゃあ決まりだね。
「……ポップくんは、いつ怪物になったの?」
「いつ……?いつ、か……」
「……」ポリポリと頭をかいて、得意げに云う。
「つい昨日。」いや嘘吐けよ。

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