ウィンドミル「ドラマとか小説とかで人間がなんともなしに5秒ぐらい見つめ合ったらチューすんじゃん」
「しますねえ」
ハロゲンヒーターから発する熱でぽぉっとしながら一二三がぼやく。
幻太郎も同じぐらいハロゲンヒーターにやられてるのでぽぉっとなっており、首振り機能、早く一二三の方に行かないかと願いながらその言葉に答えた。(首を固定したらやり返されるのでそんな子供みたいな真似はしない。どうせやるならガキレベルに戻って直接ヒーターで殴るぐらいまでヤッちまいたい仲である。二人っきりの一二三とはもう。)
「黒い表紙のヤツもそうだった」
「どれ」
「男が出てきて、ウジウジ言うやつ」
「最近?」
「なんか…本屋で買ったやつ、先週」
「あ、アレですか」
「じゃあそれ…の、最後」
「いや先月出したやつは途中、」
「じゃあ違うやつなんでしょ、最後。」
「最後…」
幻太郎は親指を右の唇の端に当てて考える。
「まぁ、なんでもいいけど、」
「そうですね、よくある描写ですし、行間、便利。」
「それってリアルだとどうなの、」
「どうとは?」
呆けた顔で帝統がテレビを見ているのを、先程から幻太郎はただ眺めていた。
テレビは東都中の名店と言われている焼き鳥屋を紹介をしていた。おそらく食べたいのだろう。申し訳ないことをしているなと少し幻太郎は思った。本日の食卓はぶり大根。何をどう演じていいか分からない頃に、とりあえず形からと思った幻太郎は、その結果和食しか作らない。イメージを売る商売って怠いなぁ、と本日もほんの少し幻太郎は思う。が、まぁ幻太郎が何をどう思ったところで目の前の結局帝統は究極腹が膨れればそれでいいのだろうし、満たしてくれるなら誰でもいいのだろう、でも申し訳ないと思っておこう、ととっぷり幻太郎は感慨に浸る。この気持ち、憐憫も、大切な作家夢野幻太郎の糧だ。これだから作家はやめられない。帝統は幻太郎の視線を無視してツレない。
『はいではまた来週〜』
空想世界にトリップしていた幻太郎をテレビから流れる声が引き戻した。
視界の端でよく日に焼けた帝統の手がテレビのリモコンを掴み、ぱっ、ぱっとテレビの画面が変わっていく。
どれぐらいトリップしていただろうか、結構沈黙していたように思うが、普段こういう時は気まずいとか思うのではないのだろうか、帝統サマは自由でございますこと、と幻太郎は少し首を傾げて右下から帝統を眺めた。
帝統はリモコンを弄っていたが、次見る番組が決まったらしい。猫、の、ドキュメンタリー?にゃー、
「にゃー…」
「…。」
いや、スルーは無いだろう。耳ついてんのかコイツ。というか電気代請求していいですかねえ、チャンネル変えるだけでもれーてん、てんてんてん、はぁ。
気づけば時刻は22時を越えていた。そろそろ行くか、キラーワード。
「泊まって行くんですか。」
「おー」
なんのおー、だ。そこは反応するのか。出会った頃はこんな子じゃなかった。こんな子に誰がした。ソレガシだ。遊びすぎましたねぇ、遊びついでに、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか。
幻太郎はずりずりと這って帝統の前に改めて座った。
帝統は幻太郎が近づいたので、そこでやっと約一時間ぶりに幻太郎の顔を見た。
さぁて何が飛び出すやら、と帝統は幻太郎をしげしげと眺める。今日もキレイな顔してんなぁ、と、でも、中身はイカれてて、もっともっとその奥は更にイカれていて、幻太郎のその得体のしれなさはトランプ、麻雀牌、初めて打つパチ台・スロットを連想させる。さて何が飛び出すやら。
今日幻太郎に電話で呼び出された時から何かあるなと帝統は気づいていた。声色で分かる。じゃあこっちも仕掛けてやろうと帝統は思った。前回か前々回した放置プレイに対する幻太郎の反応が帝統的に大変アリだったので。
「帝統」
「んだよ」
じっ、と幻太郎が、帝統の顔、至近距離、約5センチまで顔を近づけて、そのまま止まった。
なんかはじまった、と帝統は幻太郎の顔を見つめ返す。
1、2、3、4、5
「実験結果発表〜〜〜〜〜」
一二三はきちんと今回は学習して、縁側にでんと置かれたハロゲンヒーターからは距離を少し置いた場所に座布団を敷き直し、そこに座った。
それを見て幻太郎は、ずず、とハロゲンヒーターを一二三の近くに押しやった。
「なんの」
一二三は怠そうに着ていたシャツの一番上のボタンを外した。
「見つめ合ったら人間は接吻するか否か」
「ああ、アレ」
「失敗」
「フラれた?」
「いや?」
幻太郎は中指の爪先でほんの少し鼻の頭をかいて、そしてじっと首を傾げて一二三を見上げた。対一二三用の『目の前の人間を馬鹿にする顔』だ。
「でも出来なかったんでしょ」
「ワンパターン恋愛人間はこれだから。片思いこじらせ男」
幻太郎がそう言うと一二三はげーっと思いっきり顔を歪ませた。幻太郎の言葉で嫌な気分になったわけではない。幻太郎の言葉なんかで一二三は傷つかない。ただめんどくさいとは思う。
何故ならば〝戦争〟の後始末が本当にめんどくさかった。あの日一二三が着ていた衣服は結局静電気で貼り付いた紙切れが鬱陶しくてスーツから靴まで一式、全部捨てた。もうあれはこりごりだ。一年に一回ぐらいでいい。あんなのは。しかし幻太郎は『未だコロコロしてると出てくるんですよ紙切れ、』と未だチクチク言ってくるので、あーこいつはやりたいんかな、と一二三は解釈している。
「別に、怒らせたいわけでは」
「いや喧嘩売ってんじゃん」
「コロコロしていると本当に鬱陶しいんですよ未だ」
「やっぱ売ってんじゃん」
「ああ、お前はそう解釈したと」
「うっざ、早く言えよ、どうなったん」
「はて、誰が教えてやると言った?」
「あ、俺っち名案浮かんだ。水ならよくね。濡れるだけで済む」
「冬にそれはご勘弁」
「とりあえずここに冷め始めた粗茶、」
「──先に言うことあんじゃねえの、と」
「読まれてんじゃん」
「いえいえ、たしかに。と思って、ごめんなさい、と部屋を出ました」
「はぁ、」
「小生は告白されたい派なんですよ、」
「あっそ」
もういいや、と一二三は湯呑を掴んで、ゆっくりと飲んだ。ハロゲンヒーターで温まっている体にちょうど良い温度。
愉快な、それでいて、つまんないと、まぁ、別にいいけど。ただ暇だから、こっちはなにも起きないから、幻太郎と帝統になにか起こればいいと一二三は思っただけだ。そして幻太郎は相変わらずそんな一二三の考えも分かってて全部飲み込むイカれた狂人だ。作家というのはそんな生き物なのだろうか、もし一二三の子猫ちゃんの中に作家業の人間が現れたら注意して扱おうと改めて一二三は思った。
「しかし、小生の顔そんなイケてませんかねえ」
「知らね」
「だって2回ですよ。2回。」
「え、あの日のアレもカウントしてる?」
「ええ、もちろん。だって小生貴方も好いているもの、…うげ、待て、気持ち悪い」
幻太郎はやや芝居がかった様子で口に手を当てた。何したいのこいつ、と一二三は思った。まぁ、ワザと自滅したい気持ちも分かるけれども。
「して、お主のターンはいつ?」
「一生来ない。」
「やってみないと分からないでしょう」
「やる前から結果見えてるからしない、時間の無駄。」
「はー相変わらず幼馴染と書いてじごくと読む今日このごろ、と。致し方ない、お前が積んだ石を小生がえいと蹴ってあげましょうね」
「俺っちガキの頃からキレイな石見つける趣味あっからノーダメ。」
「ふむ。それではツマラぬ。こちらは関係性にヒビを入れられたというのに。」
「勝手にいれたのはそ」
──ティロリロリン、と一二三の声を遮って幻太郎のスマートフォンが震えた。
ディスプレイを見ると帝統からだった。
トン、と幻太郎は通話開始ボタンを押して、そして耳から少し離してスマートフォンを持った。
『ワリィ!幻太郎!ピンチだ!!!!!』
案の定スマートフォンからは元気な帝統の声。ティロリトジャカジャカキュンキュンキューンとBGMがにぎやかなのも本日相変わらず。
「イカれてる、」
と横に居た一二三は笑った。
イカれ同士お似合いじゃんと、幻太郎と帝統になにか起こればいいと一二三は今も思っている。これだけは本当の話だ。