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    komaki_etc

    波箱
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    北村Pの漣タケ狂い

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    雨想

    #雨想
    fleetingThing

    カフェオレ 新潮文庫が好きだ。
     天のアンカットや、スピンが付いているところ。ぶどうのマーク。素朴な手触りが、手に馴染む感覚がする。
     表紙に惹かれて、所謂ジャケ買いをすることもあるのだが、僕は本を読む時にまず表紙を剥いでしまう。帯も外して、スピンをはじめのページに挟み直して。こうやってはじめて、その本を読み始める準備ができるのだ。
    「ブックカバーでもプレゼントしようか」
     ソファの隣の席でそう笑った雨彦さんは、コーヒーをミルクなしで飲む。僕も最近はブラックが好きだ。思考がすっきりする気がして、すがすがしくなる。
    「あ、いいですねー。嬉しいですー」
    「今度買ってやろう」
     他愛もないおしゃべり。お互い一緒にいるのに別々のことをする、それが当たり前になっているのが心地よかった。
     雨彦さんは、よく僕に何か買い与えようと目論んでいる。年下の甘やかし方といえば、といった風で、僕はたまに辟易してしまうほどなのだが、どうせならとお言葉に甘えること多々。細々したものばかりだし、大げさに気にする方が面倒だ。
    「雨彦さん的最近のおすすめはー?」
    「本か? 新しいのは買っていないな……」
     そうだな、こういうのは一希先生に聞いた方が収穫はあるかもしれない。クリスさんは海関連の本ばかりだし。僕は手元の本をぱたんと閉じて、二杯目のコーヒーを淹れる用意をした。
    「カフェオレって、お店によって、量違いませんかー?」
    「ああ、たまに専用のデカいカップで出てくるな」
     雨彦さんがくつくつと笑い、なんだ、次はカフェオレにするか? とミルクを用意しだす。うん、カフェオレも好きだ。ほっこりとやすらぐ甘さで。
    「はい、お待ちどうさまー」
     二人分のコーヒーを淹れ、ミルクをたっぷり。華奢なスプーンでかき混ぜて、カフェオレの出来上がり。雨彦さんは「ありがとな」と言って、僕に微笑んだ。
     雨彦さんの笑顔が好きだなあ、と思う。妖し気に口角をあげている時はいけすかないけど、こうして二人きりの時間を過ごしている時のたおやかさは、言葉に出来ない。胃のあたりがほこほこするような、肩の力が抜けるようなあたたかさ。たぶん、僕だけの特権。他人も同じ感覚を味わっているとしたら、たぶんその時は、醜い嫉妬をしてしまうと思う。
    「カフェオレもうまいな」
     雨彦さんの家の本棚に、勝手に増えていく僕の新潮文庫たち。背表紙をなぞると、雨彦さんが僕の背後からそのうちの一冊を抜き取った。
    「これは面白いかい?」
    「うーん、十段階でいうところの、七かなー」
    「はは、手厳しいな」
     適当にぱらぱらとめくりながらカフェオレを飲む雨彦さんは、本当は読む気がないのだと思う。あと四十分もすれば、お互い仕事なのだ。今から読書をはじめるには、なんだか微妙な時間。
    「借りるとするよ」
    「ご自由にどうぞー」
     僕は、雨彦さんが抜き取った本の隙間に、今日読んでいた本をさしこんだ。隙間はぴったりと埋まり、はじめからこうでしたと言わんばかりに背表紙が堂々と並ぶ。ふふ、これでしまう場所がなくなってしまった。このままだと別の段にも浸食していくことになる。雨彦さんの家に僕のゾーンが増える度、彼自身を手に入れているような気がして、なんだか嬉しくなってしまう。
     雨彦さんの隣に座り直し、彼の肩にもたれかかった。彼の肩が好きだ。がっしりとしていて、その上にしなやかな筋肉がついていて。決まって僕の頭に降ってくる手のひらも、ぶこつで大きくてあたたかい。撫でられるのはあまり好きではない、子ども扱いされている気になるからだ。だけど肩を借りている手前、振り払わなかった。彼は僕を撫でるのが好きなのだ。
    「クリスさんから連絡ないけど、大丈夫かなー」
    「昨日確認もしたし、大丈夫だろう」
     あの人は今日もまた海に行っている。このあとの取材に間に合うのかはともかく、髪の毛を濡らしたまま来ないかが心配だった。今更ではあるけれど、案じずにはいられない。まったく、手のかかる人なんだから。
    「三杯目はいらないな?」
    「はい、お腹たぷたぷ」
     ぽんぽん、と合図のように僕の頭を撫で、彼は席を立った。もうそんな時間か。カップを片付ける彼の背中を見ながら、僕は乱れた頭髪を整える。
    「ね、一駅歩きませんー? 風が涼しくなってきましたしー」
    「腹ごなしにいいかもな」
     二人して大きく伸びをして、身支度をする。カーテンを引く雨彦さんの肩甲骨を見ながら、次にこの部屋にくるのはいつだろうと淡く考えた。それまで、あの本の続きはお預けだ。
    「いつでも来ていいんだぞ」
     僕の心の声が聞こえていたかのように、雨彦さんは言う。振り返りながら、合い鍵渡してるだろう、と困ったように笑った。
    「勝手に使っていい」
    「雨彦さんのいない時でも?」
    「ああ。勝手に来て、勝手にコーヒーを飲んで、勝手に文庫本を増やしていいんだ」
     ぽんぽん、と撫でる手のひらを、僕は振り払わない。僕のとりとめのないわがままを、この人はどこまで許してくれるだろうか。
    「……じゃあ、明日来ますー」
    「ほう、ずいぶん急だな」
    「いつでも来ていいんでしょー? あの本の続き、読みたいのでー」
     どうしようもない寂しさを、見透かされているような気がした。僕は、この部屋に来ると酷く安心してしまって、その後、得体のしれない不安に襲われる。雨彦さんがこの部屋を借りた時から、その感覚はずっとあった。雨彦さんが知らない部屋に覆われて、そのまま別人になってしまったらどうしようという、漠然とした不安。だから僕は、自分のいた証として、本を残していく。昨日の続きの栞みたいに。
    「そしたらまたカフェオレでも淹れよう」
     きっと、何でもお見通しなのだろうな、この人には。僕は明るい笑顔で頷いて、それ以上、何も言わなかった。
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