相談役の追想相談役の武臣は真一郎の幻覚に取り憑かれている。
首領(真一郎の弟)が一般人と共に死んだらしい。
一般人だけならまだしも、首領自身の遺体が警察の手に渡ってしまった。現場にいた春千夜が回収を試みたそうだが、叶わなかったらしい。現場に急行した部下が、自害した春千夜の遺体を発見した。王を目の前で失った今、この世に未練が無くなったのだろう。誰もその選択を責めることは無かった。
なによりも、一連の流れは衆目に触れすぎた。こうなっては幾ら工作をしたとしても、隠蔽は不可能である。実質梵天のトップとなった鶴蝶や九井が懸命に隠蔽工作を行っているらしいが、警察の手が及ぶのは時間の問題だろう。
義理で付き合ってはいるものの、一体いつまで悪足掻きが通じるのか。
そんなことわかりきっている。王が居ない組織がどれ程脆いか、俺自身が1番知っているではないか。
淡々と首領が映されている写真・動画を削除していく。
随分鮮明に写っているものもあって、素人なのに案外上手いななんて
くだらないことを考えている。
ふと、音声までハッキリと入った動画が目についた。
廃ビルの開けた場所から2人の男がぶら下がっている。腕1本で繋がっており、支えている方はボロボロだ。
恐らく長くは持たないだろうと、誰もが思う。
『うるせぇ!!』
『たすてくださいって言えやぁ!!』
『______』
「…」
手に力が込められ、瞬間、落下する。間を置いて悲鳴が上がった。
最強と謳われ裏社会の頂点にまで上り詰めた男の呆気ない最期だった。
ジリジリと咥えた煙草が消えていく。
*
「副総長はお前だ武臣!」
副総長に指名された武臣はとにかく焦った。
自分が地位に相応しい人間でないことを重々承知していたからである。
自分よりうんと優秀で実力もある2人が何も提言せず真一郎の決定を受け入れていることも、自分にとっては都合が良いはずなのに、それすら不気味に感じた。
失敗は許されない。
力で勝てないなら、他に何かしらで示していくしかないだろう。
なんとかなるだろう、なんとかしよう。
ただ、真一郎という男に指名された事実に浮かれていることにして、そういう不安とか焦燥から目を背けることにした。
なんせ現実逃避は得意な方なので。
間話
「ホントお前素直じゃねぇなァ」
逆光の中、こちらへ手を伸ばす真一郎は、お決まりのリーゼントを乱しつつも普段と変わらない笑みを浮かべていた。
「なんでこんなになるまで黙ってるかね」
「そりゃ…俺に売られた喧嘩だぞ」
「だからって1人で迎え撃ってノされてちゃ意味ねェ」
折り重なって倒れている残党共を足蹴にワカとベンケイが寄ってくる。
顔を腫らしながら武臣は唇を突き出した。
己の力の示し方は何か。
まあ身も蓋もないことを言えば、力で勝てないのなら頭で勝負だと考えた。
特別頭が良い訳ではないけれど、なんかこう。上手くいったらすごいって言われそうな気がした。あと純粋に軍師とか参謀とかの地位への憧れもあったりして。
だから慣れもしない戦略を練って喧嘩を煽動してみたりした。
そしたらなんと、これがピタリとハマった。
よくよく考えたら素人が考える戦略なんてほとんど形を成して無かったし、お遊びに近いもんだったので、上手く行った訳ではないのだけど。
単純に白豹と赤壁の実力と真一郎のカリスマ性が有り余りすぎて、負ける試合が無かっただけの話だった。
それでも側から見れば、黒龍の副総長が立てた戦略が戦況に大きく関わっているように見えた。
明司が立てる作戦は絶対当たる。
明司は未来が見える。
明司はヤクザの家出身で喧嘩を学んだノウハウがある。
明司に名前を覚えられたら敵の命はない
IQが1000くらいある…云々。
面白いくらいに噂が噂を呼んだ。
特に部下達からの印象はもうこちらがドン引きするくらいの大絶賛。
武臣はわかりやすく鼻を伸ばした。
これに頭を抱えていたのは実質ワカとベンケイの2人のみ。真一郎は武臣が死ぬとか傷つくとかさえしなければなんでも良い男なのでカラカラと笑い飛ばすだけだった。全く当てにならない。お前の族だぞ、どうにかしろい。
早くアイツどうにかしなきゃ…
敵同士だった2人の気持ちが通じ合ったのも、多分これが最初だったしこれは今でも続いている。
なんやかんや武臣を放置して4人つるんでいるので、この2人も結局真一郎と大して変わりないが。
「軍神て呼ばれるくらいなら、1人でだって戦略で勝たなきゃいけねぇだろうがよ。折角俺がクレバーに喧嘩してやろうと思ったのに…」
「目先の気分しか考えてねぇ間抜け共が舌戦なんて応えるわきゃねぇだろ!」
大層な二つ名も考えもんだとベンケイが呟いた。バカが余計なことを考えるから。
もっと言えば、目の前で拗ねているバカは人一倍口が上手いようだから尚のことタチが悪かった。
中途半端に能力を持っていると碌なことが起こらないのだ。
今回みたいに1人でいる武臣に喧嘩を仕掛けてくる他勢力は多くなるだろう。それくらい黒龍の名は馳せた。
ベンケイやワカならともかく、1人で解決しようとしてもできないこともある。
ま、ともかくだ。
「そーいう時はな、助けてくださいって言っとけ」
真一郎はいつも通り、ひどく澄んだ眼をしていたので。
なんとなく素直に頷きたくなかった。
「…そん時って?」
「あ?今みたいに喧嘩で負けそうな時とか…殴られた時、バカにされた時…腹減った時?」
「全部真ちゃんの自己紹介じゃね」
「女に振られた時も付け足しとけや」
「今そんなこと突っ込まれる雰囲気じゃねーじゃん!!!」
締まらんじゃんか!!と2人を追いかけまわし始めた真一郎。
ついさっきまでボコボコに痛めつけられていたことも忘れ、武臣は破顔した。
「なぁ武臣」
「あんだよ」
「今楽しい?」
ふと我に帰る。
それは、どう返すのが正解なんだろう。
「あ、またしょうもねえこと考えてんな」
「あ?」
「正解とかそんなんねぇよ」
真一郎の黒々とした目がこちらの目を見据えて言う。
別に俺らはお前に対して、強さとかアッと驚くような大層なもんは求めてないし、
「俺はお前といるの楽しいよ」
それで良いじゃん。お前はどう?
俺はなんて答えたっけ
*
気づくと煙草の燃え滓が足元の絨毯を焦がしていた。
動画を削除していた手は完全に止まっている。
『素直じゃねぇなァ』
『助けてくださいって言っとけよ』
「真」
うるさい、うるさい。かつての幼馴染の面影を抱えた首領は死んだ。幻覚も見えなくなるはずだ。
なのに
『なぁ武臣』
いつかの真一郎の声が聞こえる。
馬鹿だなぁ、お前と同じ場所へは幾ら背伸びしたって行けないのに。