「お待たせしました。どうぞお召し上がりください」
「まあ!」
セイロンは目の前に出された皿に目を輝かせた。皿の上にはサーブされたグラタンが乗っており、湯気に混じってチーズの焼けた香ばしい匂いが鼻をくすぐらせていた。
「とても美味しそうね。楽しみだわ」
「サベージさんのレム・ビリトン料理はロドス一です。きっとお気に召すと思いますよ」
シュヴァルツが自分の皿と共にセイロンの向かいの席に腰を下ろす。
「では、頂きましょう」
二人はスプーンを手に取り皿からグラタンを掬うと、火傷をしないよう気を付けながら少しずつ口に運ぶ。
「う~ん、素晴らしいわ。レム・ビリトンの家庭料理というのは始めてたのだけれど、こんなに心が温かくなるものなのね」
セイロンは初めて味わう料理に舌鼓を打った。その幸せそうな表情を、シュヴァルツも内心でかみしめていた。元々今回の食事会はサベージから同郷のよしみに、とシュヴァルツに声が掛けられていたのだが、せっかくなのでセイロンも誘ったのだった。そしてその判断は間違っていなかったことが今実証されたのだった。
「こんなに大きな野菜がごろごろと入っているのね。カラフルで素敵だわ」
セイロンはスプーンに載せられた野菜を見ながら、興味深そうに話した。
「レム・ビリトンは野菜が名物ですからね。特ににんじんは超が付くほど人気で、収穫時期になるとお祭りが開かれるくらいなんですよ」
シュヴァルツの説明に耳を傾けているとき、セイロンは一つ気になることが出てきた。
「ねぇシュヴァルツ……。あなたのお皿、にんじんが少なくないかしら?」
「えぅ?……そうでしょうか?」
シュヴァルツは特に不思議な様子は見せないが、確かにセイロンの皿に盛られたものよりも、色が一つ少ない。
「たまたまにんじんの少ない所からサーブしてしまったんでしょう」
「だったらわたくしのをあげるわ。好きなだけ取ってちょうだい」
セイロンは自らの皿をシュヴァルツの方に差し出す。
「いえいえ結構ですよ。それはセイロン様の分ですから。おかわりもありますし」
シュヴァルツはそれを固辞する。
「でも名物のにんじんなんでしょう?楽しみではないの?」
「私はコータスではありませんから……。にんじんにそこまで思い入れがあるわけでは……」
歯切れの悪いシュヴァルツにセイロンは一つの結論に達した。
「シュヴァルツ……。あなた、にんじんが苦手なのね?」
ぴくり、頭上の耳が一瞬動いた。
「いいえ?そんなことはありませんよ」
しかし、シュヴァルツはすぐに平静を取り戻して見せた。
「あくまでしらを切るつもりね、分かったわ」
セイロンは立ち上がり、食べかけだったシュヴァルツの皿を奪う。
「ちょ、ちょっとセイロン様!」
「おかわりが欲しいんでしょう?取ってきてあげるわ。あなたはそこで待っていてちょうだい」
シュヴァルツの抗議も空しく、セイロンは皿を片手にサーブ用の大皿が置かれているテーブルに消えていった。
「おまたせ。にんじん入り羽獣肉グラタンよ」
セイロンの手から戻ってきた皿にはカラフルな野菜がぎっしりと詰まっていた。その中でもオレンジ色の比率が特に大きい、わざわざにんじんの多い場所を選んで来たに違いない。
「どうぞ、召し上がれ」
「私は……そろそろお腹がいっぱいで……」
「わたくしと同じくらいしか手を付けていなくてその嘘が通じると思っていますの?貴方がティータイム以外で間食をほとんどしないのも知っていますわ」
「……」
シュヴァルツの頬を一筋の汗がつうっと流れた。
「あなたは昔こう言ってたわね……こほん、『お嬢様。苦手な食べ物を克服するのも大人への成長の大切な一歩ですよ』……あなたも立派な大人になるために克服が必要なのではなくて?」
幼少期のセイロンの好き嫌いを克服するためにシュヴァルツが何度も口にしていたことを十数年ぶりに返されるとは思わず、シュヴァルツは苦い顔をした。
「さあ。早くしないと冷えてしまいますわ。温かいうちに食べないと美味しくありませんわ」
セイロンからの笑顔に耐えられず、シュヴァルツは渋々スプーンを手に取った。
「今回お誘いしたのは失敗でした……」
「なんて言いましたの?」
「いえ何も……。頂きます」
にんじんが乗ったスプーンをおそるおそる口へ運ぶ。
スプーンから口の中へ移ると、ゆっくりと咀嚼し始める。すると頭の上で隠すことも諦めて力なく垂れ下がっていた耳が、急にピンと立ち上がった。
「……美味しいです」
目の中へ急速に光が戻り、今までの態度が嘘のように料理に手が進み始める。
「でしょう?」
よくできましたと言わんばかりにセイロンは微笑んだ。
「食べ物の好き嫌いは成長によって自然に無くなるものもあるけれど、やっぱり美味しい料理を食べるのが一番効果的よ。あなたがいつもそうしてくれたようにね」
その言葉にシュヴァルツは苦笑いを返した。
「大昔……セイロン様と出会う前の傭兵時代の話ですが、食べ物に困っていた時に生でかじって当たったことがありまして。それ以来半分トラウマみたいなものになっていたようです。今回ようやくそれを清算出来ましたよ」
「じゃあ、これで大人への最後の一歩を踏み越えられたのね。おめでとう」
セイロンはお祝いの言葉と共に手を伸ばし、シュヴァルツの頭を撫でる。まるで子供をほめるようにゆっくりと。
「あ、あの……流石に衆人環視の中ではちょっと……」
シュヴァルツは顔を赤らめ、照れくさそうに抗議したが、結局セイロンが満足するまで撫でさせ続けた。
「お待たせ!次が焼きあがったよ!」
厨房から声がすると席についていた人々から歓声が上がると、一斉に席を立ってサーブ用のテーブルへ向かい始めた。
「はやく!早くしないと無くなってしまいますわ!」
セイロンに急かされつつ、シュヴァルツは二人分の皿を持って立ちあがった。
「次も野菜多めでお願いね。あなたのもよシュヴァルツ」
「勿論です。セイロン様」
シュヴァルツは笑顔で返事し、人だかりの方へ消えていった。