「お兄ちゃん、気持ちいい?」
腰を押し付けながらそう言う秀はきっと、ちょっとした冗談のつもりで発言したんだろう。
そういう冗談はやめておけなんて言って軽くキスでもしてやれば、すぐにこの茶番は終わったはずだ。
だが実際は、込み上げる嫌悪感と全身から血の気が引くような感覚に顔が強ばった。
きっかけは、今度端役で出演するドラマの脚本だ。
人気漫画の実写ドラマの、ヒロインの兄役が俺に与えられた役だった。台詞も出番もそこまで多くはないが、まだ出演作も多くない駆け出しのアイドルが顔を売るには丁度良いくらいの役どころだ。
原作漫画を早速電子書籍で購入したという秀が「鋭心先輩って確かにしっかりしてて兄貴って感じしますよね。いい配役じゃん。けどメインキャラじゃないのがなぁ」などとぶつくさと言っているのに、少し落ち着かない気持ちて先を急かしたのが15分ほど前のこと。
まだ拙いキスからお互いの服を脱がせ合い、解していた後ろに秀のそれがあてがわれた頃には、少し前のやり取りなど頭から押し流されていた。
「お兄ちゃん?」と繰り返す秀の顔を見ていられない。
まだあどけなさが残る顔に似合わぬ劣情を孕んだ視線で嫐られ、込み上げるのは自身への嫌悪感だ。
以前にも、秀にここにいない弟の影を知らぬうちに重ねてしまうことがあった。ただ年下だからというだけで自分を慕う男子に影を重ね、それに気づく度に自己嫌悪に陥るばかりだったが、この状況は特に酷い。
これ以上、この行為を続けるのは無理だ。
溶かされてろくに動かない身体をずりずりと這わせ、どうにかここから逃げようとした。
だが、スイッチの入った秀に「逃げないでよ」と腰を引かれ、そのま奥まで押し込まれる。
何時もなら我を忘れるほどの悦楽をもたらすそれが、苦しい。
どんどん冷えて行く頭と下肢から付き上がってくる快楽の波に翻弄されて、どうにかなりそうだ。
嫌だ嫌だとうわ言のように言ってみても、恥ずかしがっていると思われたのか息で笑った音が耳に届いた瞬間、中がより強く抉られた。
「っ、あ、………ッ」
涙でぼやける視界に、意地の悪い顔をした男の顔が映る。顔を知らない弟の顔を重ねることはできないし、名前を読んでやることもできない。
目の前にいる2つ下の年下の男の名前しか、知らない。
「しゅ、う……しゅう……」
「うん、気持ちいいですね」
「ちが、しゅ……」
「沢山沢山、可愛がってあげるね……お兄ちゃん?」