人目がないほうが触れ合うことに抵抗がないのは俺も浮奇も同じだった。友人の距離でしかいられない外でのデートより、家の中に篭る率のほうが高くなるのも必然。そしてルームシェアをしている浮奇のところより一軒家で愛犬と暮らしている俺の家のほうが都合がいいのも考えるまでもないことだった。
夕方に家に来た浮奇はもう使い慣れたうちのキッチンで夕飯を作ってくれ、夜は狭い風呂に乱入してきて、俺の髪を乾かしたあとはその倍以上の時間をかけてスキンケアを済ませ、まだ眠るには早い時間に俺をベッドに引っ張り込んだ。
日付が変わる頃、夜の散歩を抜かしてしまったことに不服を訴える愛犬が寝室のドアを引っ掻き、パッと起き上がった俺の腕を浮奇が掴んだ。俺を見上げる彼に顔を寄せて瞼にキスを落とす。
「散歩に行ってくる。浮奇はゆっくりしててくれ」
「……俺も行く」
「え。……疲れてないか? 結構歩くから無理は……」
「一応俺もジム行ってるんだよ。それに休みの日は歩き回ってることも多いし。最近この時間に出歩くことなんて全然ないから俺も夜のお散歩行きたい」
「……じゃあ、行くか。……あー……シャワーを浴びてから?」
「だね」
ちゅっと唇を重ね、浮奇を引っ張り起こす。そのまま俺の手を引いて風呂に向かおうとする浮奇に先に入ってくれと言うと不満げな顔をされたが、一緒に入れば目的を忘れてまた愛犬に催促されかねない。
なんとか浮奇を一人で風呂に突っ込み、俺は着替えと散歩の準備をした。浮奇が来てきた服は洗濯機の中だ。どうせ家から出ないからと俺の部屋着を着ていたが、夜中だとしても外に出るのに着古して毛玉やヘタレのあるこの服を浮奇が良しとするとは思えない。クローゼットを開けて浮奇から許可が出そうな服を探している最中、俺はハッと名案を思いつき、それを実行するために目当ての服を取り出した。
風呂から上がった浮奇は下着姿のままリビングに出てきて「服どうしよう〜」と呑気に言った。俺は用意しておいた服を浮奇に渡して、それを広げて見てしまう前にそそくさと風呂に向かう。軽くシャワーを浴びてリビングに戻ると、俺が出てきたことに気がついた浮奇がソファーから立ち上がり両手を広げて俺に近づいてきた。
「かわいい?」
「……かわいい」
「ふふん。ふーふーちゃんってこういうの好きなタイプだったんだねえ?」
ご機嫌な様子で俺に抱きつく浮奇は、俺が気に入ってよく着ているパーカーをオーバーサイズで可愛らしく着こなしていた。下は以前浮奇用で買ったけれどほとんど着ることがなくクローゼットの隅に追いやられていた細身のスウェットパンツを合わせている。ゆるい服装はセットしていないふわふわの髪とよく合っていて、俺を見上げて嬉しそうに笑う表情とも完璧にマッチしていた。
「夜にこんな格好で一緒に歩いてたら勘違いされちゃうかもよ?」
「勘違いじゃないだろ。……でも浮奇のそういうところを知らない奴らに想像されるのは嫌だな」
そう呟くと浮奇はにんまりと笑みを浮かべて背伸びをし、俺の顎にちゅっとキスをした。頭を下げて距離を詰め頬に口付けるとすぐさま唇にやり返される。
「行こ。ドッゴが待ちくたびれちゃう!」
指を絡めて手を繋いだ浮奇は、おすわりをして玄関でいい子に待っていたドッゴのところまで行くと簡単にそれを離してしまった。家の中でしか触れ合わないのは分かっているのにこのまま手を繋いで行きたいと思ってしまう。夜だから出歩いている人はほとんどいないし、夜だから手を繋いでいたって気が付かれやしない。頭の中でだけそう言って、口には出さずドッゴのリードを握った。
「暗いからふらふらどっか行かないでくれよ、見つけられなくなる」
「もしかしてそれ俺に言ってる?」
「ドッゴはリードがついているから大丈夫だ」
「オーケー、俺にもリードつけていいよ」
わん、と似せる気のない鳴き声を口に出した浮奇は俺からお散歩バッグを取り上げ流れるように手を繋いだ。驚いて固まり言葉を返せなくなった俺に、得意げな笑みを向ける。
「手、繋いでたかったんでしょ?」
「……テレパシーでも使ったか」
「そんなの使わなくてもふーふーちゃんの心は読めるよ。大好きだから」
両手が塞がった俺に代わって浮奇が玄関の扉を開け、暗闇の中へ一歩踏み出す。振り向いて手を引く浮奇に導かれるまま、俺は今までで一番楽しい夜の散歩に出かけた。