コンコンとノックをすればすぐに「はい」と声が返ってきた。寝ているかと思ったけど、もう寝るのにも飽きちゃったかな。
「おはようふーふーちゃん。体調はどう?」
「おはよう浮奇。まあまあ……。……無理はできない感じだな」
「ん、無理しないでゆっくり休んで。レストランの予約はちゃんとキャンセルした? ケーキ屋とか花屋、俺が代わりに行ってこようか?」
「……、……俺、寝ぼけておまえに何か言ったか?」
「ううん。でも俺の彼氏ってすっごいロマンチストでキザなんだよね」
「……レストランはキャンセルの連絡を入れた。ケーキは、浮奇が配信中に食べられるように明日予約している。今日しっかり休めば明日は動けるようになるはずだから……というか、動けないと浮奇の配信を見られなくて困るから、今日で体調は治す。それと、……花屋、……」
「お散歩がてら行ってくるよ。せっかく用意してもらった花、無駄にしちゃうのも可哀想でしょ」
「……おまえの誕生日なのに……」
しょぼっと落ち込んでるふーふーちゃんは、本人には悪いけどめちゃくちゃ可愛くて、俺はベッドに腰掛け彼の頭を優しく撫でた。体調を崩してメンタルも弱っているんだろう。じわじわと涙目になる可愛い人をキスで甘やかしたくなって困る。唇の代わりに額に口付け、俺はふーふーちゃんの瞳を近くから覗き込んだ。
「俺の誕生日のために準備してくれてありがとう。その気持ちがとっても嬉しいよ。ふーふーちゃんはいっつもパーフェクトにかっこいいんだから、時々は気の抜けたとこも見せてくれないと」
「……おまえの誕生日は一年に一回しかないんだぞ……わざわざそんな日にかっこ悪いとこ見せなくたって……」
「誕生日は一年に一回だけど、これから先何回でも祝うチャンスはあるでしょ。ねえ、俺、来年の誕生日が楽しみだなんて初めてだよ。全部ふーふーちゃんのおかげ」
まだ不満そうな顔をしているふーふーちゃんに笑って、ちょんと一瞬触れるだけのキスをする。風邪を移したくないって俺の肩を押す手は全然力が入ってなかった。本当に可愛い人。どれだけ俺のことを夢中にさせるつもりなの。
「あと一回だけ。そしたらドッゴのお散歩に行って、花屋に寄ってくるね」
「……あと、いっかいだけ」
「ん、一回だけ」
寂しそうな顔しないでよ、一回だけで我慢できなくなっちゃう。見つめ合ったままゆっくり唇を重ねて、もっと欲しくなっちゃったところでパッと離した。きっと鏡みたいに俺も物欲しそうな顔をしているんだろう。
「お散歩、行かないと」
「……ああ、頼む」
「……はやく治してよ、ばか」
「……浮奇、悪い、ハグも一回だけくれないか」
ふーふーちゃんが言い終わる前に俺は彼の上に覆い被さってぎゅーっとキツく抱きしめた。
ねえ、俺、今日をずっと楽しみにしてたんだよ。なんでこのタイミングで風邪なんて引くの。これから先何回でも祝えるけど今年の誕生日は今日しかないのに。レストランもケーキも花束もなくていい、ふーふーちゃんと一緒に楽しく過ごせればそれだけでいい。
ぐちゃぐちゃな心の内は涙一粒に変えて、ふーふーちゃんの胸にじわりと落としてやった。きっとふーふーちゃんもものすごく悔しいはずだ。俺が泣き言を言ってしまえば優しい彼はもっと自分を責めるだろう。だから涙一粒だけ、気が付かれないくらいそっと落とす。
「ごめんな、浮奇」
「ううん。元気になったらいっぱいわがまま言ってあげるから、はやく元気になってね」
「ああ、ありがとう」
「……ふふ、わがまま言われるのに、ありがとう?」
「浮奇のわがままをたっぷり聞けるのが恋人の特権だろ?」
「……ん、へへ、……っ……」
「……」
どうしよう、我慢したはずの涙が次々に溢れてふーふーちゃんの服を濡らしてしまう。ごめんと言いたいのに、優しいけれど逃げられない力で抱き寄せられて彼の胸を濡らす以外にできることがない。ぽろぽろ溢れていく思いで彼を溺れさせたくないのに。
「花屋は夕方まで空いているから、もうすこしこうしててもいいか?」
「……ん」
「ありがとう」
頭の上にちゅっとキスをして、ふーふーちゃんは俺が泣き止むまでずっと抱きしめてくれていた。大好きな人の腕の中なら感情のままこどもみたいに泣くのも悪くないだなんて、初めて知った。