Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    tako__s

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 26

    tako__s

    ☆quiet follow

    夏のばじふゆ♀
    ・血ハロはあったけど生存してる世界
    (やんわりですが血ハロ描写があります)
    ・泳げないふゆの話
    ・スク水しか持ってないふゆ可愛いっていうだけ
    ・昨年の夏に書いてて、お蔵入りしたんですけど折角なので

    かわいいあの子のプール開きの話更衣室の古さ以上に、人の少なさに驚いた。全体を見回しても人はまばらで、自分を入れても十人もいないのではないだろうか。
    ここにはレジャープールと呼ばれる大きなものに加えて、子供用のプールもある。
    足首程の深さのそれをプールと呼ぶのは些か疑問ではあるが、入っているのは二歳から四歳くらいの子供が三、四人と、その保護者。あの年齢からしたらあれも立派なプールなのだろう。
    一際高い位置にいる、やる気のなさが丸見えの監視員がこちらに視線を向けた時、後ろから声が聞こえた。
    「遅くなってすみません!」
    プールサイド一面に敷かれたシートの上を歩く千冬の足音は小さかった。声がなければ気付かなかったかもしれない。
    更衣室からここに来るまでの途中に設置されたシャワーを浴びたのだろうか。千冬の頭のてっぺんは既にしっとりと濡れている。毛先からぽたり、ぽたりと小さな水滴が落ちてシートに水玉模様を描く。
    「ンなに待ってねーよ」
    そう告げてから監視員を見れば、逃げるように視線を逸らされた。心の中で舌打ちをするオレとは対照的に千冬は嬉しそうに顔を綻ばせている。

    区民プールに行こうと言ったのはオレだった。
    少し足を伸ばせばウォータースライダーが設置されている大きなプールは山程あるけど、ここを選んだことには理由がある。
    夏らしいことをしたいと目を輝かせた千冬に、最初に提案をした先は海だった。夜の海に行ったことは何度もあるけど、泳げる季節と時間に行ったことは一度もないし、海でバカみたいに泳いだ、なんて思い出話が誰かの口から出るたびに千冬が顔中に羨ましいと書いていたことを知っていたから。
    オレの予想では、千冬は即答すると思っていた。晴れた夏の空によく似合う向日葵のような笑顔で、はい、と元気いっぱいに返事をする姿しか思い浮かべていなかった。
    「海、ですか……」
    だから千冬は困ったように眉を下げてそう言った時、オレは驚いた。暫く待ってみても、行く、という言葉は一向に出てこない。
    「え、海行きてーんじゃねーの?」
    国語の苦手なオレは言葉で相手の気持ちを探るなんて行為は苦手だ。率直にそう聞くと、千冬は下唇をきゅっと噛んで、なにかに堪えるような顔をした。
    今度はちゃんと待とうと思い、黙って視線を向けていると千冬の白い頬がどんどん赤みを増していく。その様子に無本意にもドキっとした。そんな表情をされるようなことを聞いたつもりは全くないのに。千冬は時々、突拍子もなくオレの心を乱す。
    「え、っと……」
    重たげに唇が動いた。大きな瞳が、幽霊の気配を感じたようなゆっくりと上を向く。オレの目を見た途端、その瞳は切なげにきゅっと細まる。
    意識をしなければ聞き逃してしまう程に小さな声で、千冬は呟く。
    「あの、実は私、泳げなくて」
    呆れでもなんでもなく、千冬のその言葉にただ驚いた。
    「へぇ、そーなん?」
    千冬は足も速いし、反射神経もいい。運動の類は全部得意なのかと勝手に思っていた。
    「はい……なので、海は行きたいんですけど、泳げないので……」
    「別にうきわ使えばよくね?」
    「でも、もし場地さんが足攣ったりしたらどうするんですか!私が泳げなかったら、助けに行けないじゃないですか!うきわじゃ絶対間に合わないです!」
    「足なんて攣らねーし。つーか、ちゃんと監視員いるんだから、ヘーキだろ」
    「……私が場地さんを守りたいんです」
    また、ぽつりと千冬が呟く。今度はちょっと拗ねたような顔をして。
    正直オレは、この顔に弱い。それを知っててやってるんじゃないかと疑うこともあるが、これがワザとだとしてもオレはきっとコロリと落とされるのだろう。
    いわゆる、あれだ。惚れた方が負け、ってやつ。
    「じゃあ、泳ぐ練習でもするか?」
    その言葉に、千冬は勢いよく顔を上げた。
    「えっ……」
    期待に満ちた視線が正面から刺さる。さっきまで唇尖らせてムッとしてたくせに。コロコロ変わる表情が面白くて、つい笑いそうになる。
    「泳げるようになったら、海行けるだろ?」
    笑いを堪えて告げた言葉に、千冬は最初オレが想像していた満面の笑みを浮かべて、元気いっぱいに、はい、と言った。

    そんなこんなで練習を兼ねて選んだのが区民プールだった。今日は遊びじゃなくて泳ぐ練習が目的だし、料金安いし、歩いて行けるし、何よりここなら千冬の学校指定の水着でも浮かない。
    (スク水しか持ってねぇって、スゲェな)
    聞いたときは正直驚いたけど、泳げない人間からしたらプールに行こうという発想にもならないだろうから、まぁそんなもんなのか。
    でもスクール水着とはいえ、千冬の水着姿を見るのは今日が初めてだ。名札もロゴも入っていないシンプルなネイビーの水着。普段の制服では決して見ることができない太腿の付け根は、太陽の光を知らないくらいに真っ白だった。
    その眩しさから逃げるように上に目を逸らせば体のラインに張り付いた水着が胸元を丸く形取っている。自分にはないそのやわらかそうな丸みに、ぐっと息が詰まる。
    見てはいけないと視線を更に上に向ければ脱衣しやすそうなユーネックから鎖骨がくっきりと見えた。どこを見ても目の毒だ。
    いっそ横を向こうかと視線をずらしたとき、肩紐の終わり部分に帽子とゴーグルが掛けてあるのを見つけた。体育の授業を思い出させるそれに、漸くホッとする。ただいま現実世界、って感じだ。
    「あの、場地さん?」
    その声で、千冬の顔に視線を戻す。あまりにも色んなところを見ていたから気味悪がられてると思ったが、千冬の瞳はオレを心配している色しかない。その無垢さに、胸が痛む。
    「………ワリィ」
    居た堪れなさで謝ると千冬は首を傾げながら、いいえ、と言った。これっぽっちも意味が分かっていない様子に、ひとまず安心する。
    「んじゃ、やるか」
    手首につけたゴムを口に咥えて、髪を雑にひとつに纏める。私が縛ります、と千冬に言われたけど、その格好で近付かれると色々困るので断った。
    少し寂しそうな顔をした千冬に罪悪感を抱きながら、冷静さを取り戻すためにいつもよりキツめに縛った髪を帽子に押し込めて、手に持っていたゴーグルを首に下げる。
    オレを真似るように、千冬も急ぐ手付きで帽子を被った。ゴーグルは体育祭時のハチマキみたいに頭につけている。
    大きく背伸びをしてから、プールに足を入れて静かに入水した。思いきり飛び込んだら気持ちいいのだろうけど、あのやる気のない監視員から注意を受けるのは癪だ。だってアイツ、さっき絶対に千冬のこと見てた。
    「ほら、千冬」
    手招きをすれば千冬は躊躇なくプールに足を入れて、波が立つ程の勢いで入ってきた。水が怖いわけではないらしい。
    「水こえーとかはねぇの?」
    「そう、ですね……別に怖くはないです。ただ、泳いだことがないので泳ぎ方が分からないだけで」
    なるほど。それなら話が早い。千冬は運動神経がいいから、感覚さえ掴めれば直ぐに泳げるようになるだろう。
    「んじゃ、とりあえず潜ってみるか」
    首に下げたゴーグルを目元に移動させながらそう言うと、千冬は、はい、と返事をして同じようにゴーグルに手をかけた。色付きのゴーグルからうっすらと見える千冬の瞳に小さな不安が見えて、思わず手を伸ばす。水の中にある手に触れて、そっと指を絡める。
    「せーの、で潜るぞ。潜ったら目開けて、こっち見て」
    「は、はい」
    「よし。せーの」
    勢いをつけて、一気に頭のてっぺんまで水に潜る。オレよりも少しだけ遅れて、千冬も背中を丸めて水に潜り込んだ。
    水の中はまるで世界が違う。音が遠ざかって、色が変わって、目に見えるものが不安定にゆらゆらと揺れる。目を開いた先にいる千冬はゴーグルの向こう側でキツく目を閉じたままだ。
    三秒、四秒、五秒。
    数をかぞえながら待ってみても、目は開きそうにない。風呂に入って頭まで潜ることはあっても、そこで目を開けようとは思わないから、抵抗があるのも仕方ない。手は繋いだままだが、音のなくなった世界で多少なり不安になっているのかもしれない。
    不安を取り除いてやりたくて、空いている片手を頬に伸ばした。水の中は地上にいる時よりも動きが重くて、遅い。
    焦ったいと思いながら触れた頬の体温は水の中ではよく分からなかった。もどかしい。いつもだったら触れただけでそこは直ぐに熱くなるのに。
    人差し指で、トントンと頬をノックすると千冬はゆっくり目を開いた。そのまま曲げた指で悪戯に頬を撫でてみる。している側からは分からないが、どうやら水の中でも擽ったさは感じるらしい。
    水の中に一輪の花が咲いたみたいに千冬の口元が綻んだ。つられてオレまで笑ってしまって、口の中の空気が少しだけ溢れた。ぷくりと浮かんだ小さな気泡は真っ直ぐ上に向かっていく。まだ余裕はあるが、その泡についていくようにオレはそっと千冬の手を上に引いた。
    「っ、は」
    水を割いた音がやたら大きく聞こえた。さっきまで音のない中にいたせいだろうか。揺れる水面がゆっくりと落ち着いていく中で、千冬はまだ笑っていた。水の中ではなかった声が聞こえて、やっぱりオレも笑ってしまう。
    「なに笑ってんだよ」
    「だって、場地さんがほっぺ突くから……なんか、おかしくなっちゃって」
    「千冬全然目開けねーんだもん」
    「へへ……水の中で目開けるのって、意外とドキドキしますね」
    照れくさそうに眉を下げて千冬は言う。その顔をずっと見ているとこっちにまで照れがうつりそうで、曖昧に笑って流す。
    「でも、場地さんのおかげでできました!ありがとうございます!」
    裏のない笑顔に、今度こそ我慢ができず胸がドキッと鳴った。プールの水温は一度も変わってないはずなのに、心だけが風呂から上がったみたいにじんわり温くて、心地よい。
    「場地さん?」
    黙り込んだオレを心配するように千冬が顔を覗き込んできた。こうなってるのは自分ばかりなのかと思うと悔しくて、手のひらで掬った水を千冬の顔めがけて放り投げた。顔を冷やした方が良いのはオレの方なのに。
    プールに響いた、やめて下さい、という千冬の声にこっちを見た子供とその母親が声を重ねて静かに笑った。

    水の中で目を開けることに抵抗のなくなった千冬の次段階は、水に浮かぶことだ。
    「千冬、手貸せ」
    「はい」
    素直な返事と共に差し出された手を握ると千冬は少し驚いた顔をした。もう片方も、と言って手のひらを上に向けると今度は少し恥ずかしそうに千冬はそっと手を乗せる。両手を繋いだ状態で、後ろに誰もいないのを確認してから、一歩下がる。
    「床から足離して、体の力抜いて。顔は水から出したままでいいから」
    その言葉にも千冬はまた、はい、と返事をして首を縦に振った。手に力が入って、千冬の体がぷかりと浮く。顔が水につかないように顎を上げて、ゴーグルの向こうから必死な瞳がオレを見遣る。
    「離さねーよ」
    そう言うと千冬は安堵した声で、はい、と言った。千冬の手の力が少し弱まる。
    水の中を後ろ足で歩くのは案外難しかった。真っ直ぐ歩いてるつもりなのに並行していた筈のプールサイドがどんどん離れていく。
    体を浮かすことに慣れたのか、千冬の顔はさっきよりもどこか楽しそうだ。これなら、もう次に進んでもいいだろう。
    「千冬、バタ足してみ」
    「バタ足……」
    「そう。水蹴るみたいに足動かして。あーっと……膝じゃなくて、足の付け根から動かすみてーな感じ」
    「わ、分かりました」
    少し表情を曇らながらも千冬は足を動かす。さっきまで平だった水面に波が立って、ばしゃばしゃと音が響く。一度言っただけなのにしっかり前に進むことができているのだから、やっぱり千冬は運動神経が良いのだろう。さっきよりも歩く速度を上げないと直ぐに距離が縮まってしまう。
    手を離しても大丈夫なのではと思って指の力を緩めてみると、それを許さないというように千冬は指先にぎゅっと力を込めた。その一生懸命さが愛おしくて、ついかまいたくなる。
    悪戯にぴたりと足を止めてみると、それに気付いた千冬が少し遅れたタイミングで足を止めた。
    「場地さん?」
    ゴーグルの向こうで大きな目が丸くなる。安定感が欠けても、不思議そうな顔をしても、決して床に足をつけないのが千冬らしい。
    少し強めに手を引いて、距離を縮める。抱き締めることができる寸前の近さでバンザイをするみたいに手を上げると漸く千冬は床に足をつけた。ぱっと手を離して、大股で後ろに下がる。
    離れていくオレを、千冬はぼんやりと、不思議そうな顔で見ていた。水の中しか知らない人魚姫が陸の上の人間を見ているようだ。
    「千冬、ここまで来いよ」
    「えっ」
    「お前ならもうここまで来れっから」
    「わ、わかりました!」
    ピンと背筋を伸ばして胸を張った千冬が大きく息を吸う。それは水中に潜る為の準備ではなく、心を落ち着かせる為だったらしい。暫くして、小さく開いた唇からそっと息が吐き出された。
    三、ニ、一。ばしゃん。
    涼しい音を立てて千冬が水の中に消えた。水面の少し下で黒い影が長く伸びていく。思っていたよりも速くて滑らかな動きに、流石だと感心する。
    あの様子ではここに辿り着くのは直ぐだろう。すうと薄く息を吸って、同じ音を立ててオレも水に潜る。

    揺れる視界に、涙を流しながら開いた目の先の景色はこういう感じなのだろうかとぼんやり思う。さっきまでそんなことを感じなかったのに、何故そんなことを思ったのかは分からない。水の中特有の浮遊感に加えて、手の届く距離に人が、千冬がいないからかもしれない。
    ちくり。
    不意に、針に刺されたみたいな違和感を腹に受けた。すっかり塞がっている傷口から。縫った翌年の冬には時々あった、皮膚を引っ張られるような違和感は季節を問わずにもう感じないし、痕だって薄れてきているというのに、なぜ。
    生と死を彷徨ってこちらに戻ってきた時、最初に見えたのは真っ白な天井だった。その次に見えたのはおふくろと千冬の顔で、最初に聞こえた音は千冬の震えた泣き声だった。
    「よ、よかったぁ……!」
    変色した皮膚が目立つ、まだ傷が癒えていない顔と眼帯。それだけでも痛々しいというのに、眼帯で隠れていない瞳から大粒の涙がいくつも溢れて、落ちていく様子を見ていると腹と同じくらい胸が痛んだ。
    あの時の千冬の視界は、こんな感じだったのだろうか。

    「私と涼子さんは今日だけで一生分泣いたんですから、もう泣かせないで下さいね」

    謝るオレにそう言って、強がった笑みを浮かべた千冬の顔は今でも鮮明に思い出せる。その言葉に、自分がなんと返したのかは覚えていないけど。その時のオレはおふくろと千冬の震える声をモロに喰らって、涙を堪えるのに必死だったから、何も言えずただ首を振っただけだったかもしれない。

    ああ、そうか。
    あの時の景色に、似ているんだ。

    あの涙を見て、二度と泣かせないと心に誓った。
    涙を流させた倍以上、笑顔にさせなくてはいけないと思った。これは誰に言われたでもなく、オレが、オレと約束したことだ。
    まあ、今のところは笑わせるどころか千冬の底抜けの明るさにオレの方が笑わせてもらうことの方が多いけど。
    でも、これから先。共に過ごす長い時間のなかで千冬に幸せを感じさせていきたい。なによりも、千冬に似合う笑顔を絶やしたくない。
    それはオレの勝手な思いだけど、出会ったその日に一生ついてくるなんて言ったのは千冬の方なんだから、半分貰ってくれてもいいだろう。

    千冬はオレが水の中で待っているとは思っていなかったらしい。顎が少し上がって、視線がぶつかると千冬の足の動きが鈍くなった。しかしそれは一瞬だけのことで、動きはすぐに再開されたし、なんなら心なしがさっきよりも速さを増したような気さえする。
    それはまるでオレがここにいることを喜んでいるみたいだ。そう思うと嬉しくて、心が軽くなる。気を抜いたら体ごとふわりと浮いて、水の上に出てしまいそうだ。

    あと少し。目一杯手を伸ばせば届きそうな距離まで千冬は来た。ここまで来たら、もうゴールでいいだろう。というか、オレがもう我慢できない。
    腕を伸ばして手のひらを上に向ける。察しのいい千冬は静かに手を重ねて、緩く指先を曲げた。それよりも少し強い力で握り返して、腕の力だけで引き寄せる。思いのほかぐっと縮まった距離に驚く。それは千冬も同じらしく、ゴーグルの中の瞳が大きく開いた。
    曲げた人差し指で唇に触れる。ゆっくりスライドさせると千冬の唇から小さな気泡が溢れた。首を傾げるみたいに顔の角度を大きく変えて、唇を重ねる。表面を撫でるだけのキスなのに、千冬は顔中に驚きを出した。今度空気が漏れたのは、笑ったオレの唇からだった。
    手を上に引いて、水から抜け出る。ゆっくり酸素を吸い込むオレとは真逆に千冬は口をぱくぱくとさせていた。桜色を差した頬は水でふやけて、いつもよりもやわらかそうだ。
    「ばっ、ばじさん……!」
    「んー?どした?」
    しっかり顔が見たくなって、ゴーグルを降ろしてから、さっきキスをしたのと同じ角度で首を傾げる。
    「な、な、なん、で……」
    動揺の声の後に、唇の動きが、キス、と言う。声に出せなかったのは、直ぐ横のプールサイドから子供の声が聞こえたからだろう。遠くで男の声が、走らないでください、と注意を促している。その声に隠れるように声を潜めて、オレはそっと返事をした。
    「ご褒美」
    「ご、ほうび……」
    「そ。ここまで泳げた、ごほーび」
    とってつけたような理由に千冬は消えそうな声で、ありがとうございます、と呟いた。その声は納得も理解もしていなさそうだったけど、本当はただしたかっただけだから、そのリアクションが正解だ。
    戸惑いと恥じらいの中に嬉しさが混ざったその反応は、はじめて好意を伝えた時のものに似ている。
    普段から格好いいとか、好きなんて言葉を軽く口にするくせに、こっちから手繋いだり、好きだと言うとこんな顔するんだから、千冬はずるい。
    ずるくて、可愛いくて、愛おしいと思う。
    「……千冬ぅ」
    だってこんな顔、オレにしか見せないのだから。
    「一緒に、海いこーな」
    ゴーグルを外した大きな瞳が上目気味にオレを映す。真夏の太陽の光が入り込んで、プールの表面みたいにきらきらと輝いている。宝石のような瞳が嬉しそうに細まった。
    「はいっ!」
    熱さのない太陽みたいなその眩しさに、束の間見惚れてしまう。ああ、やっぱり。千冬には、笑顔が一番似合う。
    「帰り、アイス食おうぜ」
    「やった!半分こしましょう!」
    海もプールも花火も、やりたいことは山ほどある。
    夏もオレ達も、まだ始まったばかりだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺😍💘💘☺☺☺💗💗💞💞💞👏💘💘☺❤🍑🏊🏊🏊🏊🏊🏊🏊🏊🏊❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator