「おい。」
「うぉっ、な、ど、どうした??」
「何ぼーっとしてんだ。俺の話聞いてたか?」
「えっ!?あ、わ、悪い……。」
気が付くと書類を片手に眉をしかめる彼が居た。
ため息を吐いてかけていた眼鏡をくいと上に上げているのが見える。
「昨日の総会が応えたか?」
「いや、そんなことねえよ!」
「油断してるとまた土下座して痛い目見るぞ。」
「う………、ほんと、……馬淵は痛いとこ突くよな……。」
「事実を述べてるだけなんだが。」
「ぐうの音も出ねぇ…。」
今こうしてやりとりしている彼は自分の友人である趙の右腕である馬淵。
趙のまとめている組織は異人三の勢力の一つで彼も所属しながらシノギとして自身で持つ会社を経営している。
そんな彼をこうして自分の会社で働いてもらっているのは彼の経営能力の高さを買ったからだ。
「あ、あのよ…。」
「何だ?」
「き、今日、ちょっと、飯行かねえか??」
「悪い、今日は無理だな。」
「…!あ、いや!すまん!!悪い!!何でもねえ!」
「……明日でもいいか?」
「っ!あっ、あぁ!」
「ん、じゃあ明日な。今日はもう上がる。」
「お、おう!ありがとな!お疲れ!」
彼が部屋を出ていったあと、緊張の糸が切れて机に突っ伏した。
心臓がいつもより早く動いているのを感じて自分の顔に熱が集まるのが分かる。
これはずっと前から彼に対して持ってしまった感情を表していた。
自分がまさか彼のことを好きになるなんて思ってもみなかった。
でも、きっと趙の方が彼のことを好きだ。だから自分が彼の隣に居ようなんておこがましい。
だから、この気持ちは自分の中だけで昇華しようと心に決めていた。
「はぁ……、手が届かねえって……、辛えな…。」
「コケーっ!」
「うぉっ!!!びっくりしたっ!!!」
コケコっ子が急に頭の上に飛び乗ってつついてきた。
さっきの言葉に対してしっかりしろっ!と言ってくれてるように聞こえてくる。
「…ありがとな!こんなに悩むのは俺らしくねえな!」
「コケっ♪」
「よしっ、明日の飯でちょっとはいい感じに持ってけるように頑張ってやるぜ!!!」
コケコっ子と共に気合を入れ直し、残りの仕事を片付けた。
会社を後にしてコケコっ子をえりのところまで送り届けてからサバイバーに足を向ける。
「さて、一杯飲んでから帰るかな。……、あ。でも、飲んだら、明日寝坊しちまうかな……、うーん……。」
一旦立ち止まって川沿いの柵にもたれつつ、どうしようか悩む。
すると、後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「春日くん、こんなところでどうしたの〜??」
「お、趙か!サバイバー行くのか?」
「今ね、マスターと新しいメニューを考えててさ、その買い出しから戻る途中だったの。」
「そうなのか、丁度飲みに行こうか悩んでてよ。」
「そっか、じゃあ新メニューの味見役やってよ〜!春日くん、真面目だから、明日遅刻しないか心配してるんでしょ?お酒無しなら大丈夫じゃない?」
「うーん、そうだなぁ。飯ぐらいなら良いか…。よし!じゃあ行くか!」
「そうこなくっちゃ!行こ!」
そのままサバイバーへ向かい、マスターと趙が作った新メニューを頂いた。
空腹が満たされてこれ以上は食べれないと腹を擦ると趙がお茶を出してくれた。
「はい、味見ありがとうね〜。」
「いや、美味かったよ。これ普通に出せんじゃねえか?」
「ふふ、ありがとお。春日くんは何でも美味しく食べてくれるから助かっちゃうなあ。」
「えぇ!?別にいい加減な気持ちで言ってるわけじゃぁ…。」
「分かってる分かってる〜。あ、最近馬淵どう?真面目にやってる〜?」
「……俺がめちゃくちゃ世話になってるぐらいだよ。」
「おぉ、流石俺の右腕だねぇ♪それで、春日くんは馬淵のこと好きなんでしょ〜?」
「はっ!!?!?!?」
「ふふふ〜、ひと目で分かるよ〜??」
「っ………!!!!」
「それで、告白は??まぁでもその様子だとまだ無理〜って感じなんでしょ〜?」
「な、なんで……?」
「だって春日君分かりやすいし?馬淵のことも見てて分かるもん♪」
「う……、その、俺…。」
「あのねー、俺に遠慮なんてしなくていいからね?俺はお似合いだと思うよ?春日くんと馬淵。」
そう言って嬉しそうに笑う趙を見て、心の中にあった一つの靄が消えていくのを感じた。
趙はずっと馬淵と一緒に居て誰よりも彼のことを知っている。
応援してるよという力強い言葉に、今まで感じていた不安は消え去り、改めて告白するという決意を固めたのだった。
翌日、いつも通りに仕事を終えて、彼と共に食事へ。
自分から誘ったのにも関わらず、店を選んで予約までしてくれたのは彼だった。
「………。」
「…?どうした。」
「へっ!?あ、い、いや、なんか、その、こうゆう店、来たことねえから…緊張して…。」
「あぁ、別にそんなに緊張する必要ない。」
「う……、その、予約してくれて、ありがとな。」
「そんな気にするな。」
目の前に出されている料理は今まで一度も食べたことがないものばかり。
周りを見ても自分がどれだけ場違いなのかが分かってしまう。
「なんだ、どこか悪いのか?」
「い、いや!そんなことは……!っ、あ、ま、馬淵……その……。」
「ん?なんだ?」
「っ……。」
視線がぶつかりあった瞬間、胸の内側から熱いものが溢れてきたのを感じ、目線を自分の手元へと外す。
すると、彼がウエイターを呼んで話をした後、レストランから連れ出され、浜北公園の噴水のところへ来た。
「ぁ……、わ、悪い……。」
「体調、悪いのか?」
「………っ。」
このまま彼に心配をかけるのも良くないと思い、今日彼に伝えようと決めていたことを言葉にする。
さっきまで吹いていた風が止み、周りの空気が静まり返ったのを感じ、しっかりと気持ちを落ち着けた。
「あの、馬淵……。俺、馬淵のことが、好きなんだ…。ずっと、前から…。冗談でもなんでもねえ…、本気だ…!!」
ようやく言えた。ずっと想い続けてきたこの気持ちを。
緊張が少しだけ解けたが、彼は少し目を見開いて驚いているようで、しばらく沈黙に包まれた。
「………、悪い。」
「へ…、ぁ、あはは、そ、そうだよな!や、野郎なんかに……好きだなんて言われても……、嬉しくねえよな…!わ、忘れてくれ!」
「…いや、返事を少し待って欲しい。」
「ぁ……、あぁ!そ、それは、もちろん!」
「誤解させるような言い方で悪かった。…ありがとな。」
「へっ…?」
「あまり長居すると冷えるから、そろそろ戻るか。」
「あ、あぁ…!」
彼と食事を終えて帰宅したあと、何も考えることができなくなってしまい、そのまま布団へ倒れ込んで眠りに就いた。
それから数日が経ったが、彼からの連絡もなく、仕事で顔を合わせる予定も無かった。
「……やっちまったかなぁ…俺……。はぁー………、仕事の予定で馬淵に会うのは五日後か……。返事来ても来なくても気まずいよなぁ……。」
「春日くん、なにしてるのー?」
「へっ!?」
「ふふふっ、まーた前みたいに悩んでるの?」
「いや、別に、そんなことっ…!」
「この間のしょんぼりした姿と一緒だったよ〜?」
「はは、やっぱり、趙には隠し事できねえなぁ…。」
「じゃあ、素直に白状しなさーい!」
そう言って笑う趙を見て少しだけ気持ちが落ち着いて、先日の話と併せて今の状況を説明した。
一通り話し終えた後、趙は大きくため息を吐き出してから、まだ言ってなかったのかとぽつりと呟いていた。
「春日くん、安心して!大丈夫だからさ!」
「…へ?」
「何となくだけど、分かるよ。大丈夫。」
そう言った趙の瞳と声色は真剣だった。
ここまで言って後押ししてくれている趙に対して、今こんな風に怖気づいていることが失礼だと感じた。
あの時と同様に感じていた不安は自信へと変わり、どんな結果になったとしても受け止める覚悟が決まった。
「趙、本当にありがとうな。何度も背中押してくれてほんとに助かった!!」
「じれったいから早くくっついてよね〜?あと、このお礼は高くつくよ〜?」
「…絶対にこの礼はするから!!!」
「ほんとに〜?じゃあ楽しみにしてるね!」
そして、五日後に仕事で彼と会い、何とか終わるまで平常心でいられるように努めた。
仕事が終わる直前、彼の方から声をかけられてそのまま浜北公園に向かった。
ベンチに座って少しの沈黙の後、彼の方からこの間の返事について切り出される。
「待たせて悪かった。」
「いや、そんなことねえ…!むしろ、困らせちまったし…。」
「…あの時……、好きだと言ってくれて、嬉しかった。本気なことも伝わってきた。だから、………よろしくな。」
「っっっ!!!!???ぁ、う…、え、っ!!」
告白を了承してくれたことがすぐに頭に入ってこなくて身体の力が抜けてベンチに身体をもたれさせる。
そしてすぐに顔が熱をもってくるのを感じ、すぐに両手で顔を覆い隠した。
「う、ぁ…、悪い、馬淵、嬉しくて…絶対、変な顔してる…、俺……。」
「大袈裟過ぎだ。……この間あいつにも言われた。もっと自信持てと。あいつに…怒られて気づくなんてな。」
「…え、ぁ…。」
きっと趙が大丈夫と言っていたのは、彼のことも趙が背中を押してくれたからだろう。
今度趙に会ったら再度お礼をしなければいけないと感じた。
「あの、馬淵…、これから、も、その、色々と、よろしくな…。」
「あぁ、こちらこそ。」
ようやく顔の熱が引いてきて、彼の顔を見ることができた。
仕事で見せるような顔よりも穏やかな顔をしていて、その顔にまた心臓が早くなってしまった。
まだ返事の了承をもらったばかりなのに、もう既に彼に対してこんなに心臓が早く動いてしまっている。
「っ……、悪い、馬淵…、しばらく、立てそうに無い…。」
「大丈夫か?」
「わっ!!!だ、大丈夫!!!お、俺の方の問題だからっ!!!」
「無理するな、動けるようになったら言え。家まで送る。」
「あっ、あぁ。ありがとう……。」
こちらを覗き込むようにして顔を近づけてきた彼に対して、再度顔が赤くなってしまい心臓がいくつあっても足りないと思った。
しかし、無事に想いが通じたことへの喜びは大きく、それを感じながら落ち着くまで彼と共に空に輝く月を見つめるのだった。