好きな人見る夏空彼と付き合って初めて迎える夏。
ようやく手を繋ぐことができるようになっただけでも自分にとっては大きな一歩だ。
そんな彼とどんな夏を過ごそうかと考えると胸が高鳴っていた。
「どうすっかなあ、流石に海とプールは厳しいよなあ…。でも、馬淵とならどこ行っても楽しいよな、きっと…。」
照りつける太陽を窓越しに見上げながら、これから来る夏に胸を踊らせる。
スマホで夏の催し物について調べると、どうやら週末に浜北公園で花火大会があることが分かった。
「こ、これだ!!花火!!よし!誘うぞ!!!」
「コケーっ!!」
「わ!!す、すまねぇ!コケコっ子!」
テーブルのところでうたた寝をしていたコケコっ子が何事かと羽根をばたつかせる。
それを落ち着かせるためにコケコっ子の身体を優しく撫でながら、明日彼に花火大会の話をしようと決意を固めた。
翌日、外回りを終えて立ち寄ったカフェで彼と昼食を取る。
食べ終えて食後のコーヒーがテーブルに来たタイミングで彼に話を切り出した。
「あの、馬淵…、その、週末に浜北公園で、花火があって……、良ければ一緒に…行かねえか?」
「…何時からだ?」
「あ、と、打ち上げが八時からで、屋台とかは夕方かららしいんだ…。」
「そうか、その前に別な仕事があって待ち合わせは六時過ぎになるが、良いか?」
「も、もちろん!!」
「ん、なら浜北公園の入り口で待ち合わせな。」
「あぁ!!」
すんなりと了承してくれたことに驚きつつも、嬉しくてコーヒーを持つ手に思わず力が籠もる。
初めて夏祭りへ行くことが出来る喜びを胸に抱え、週末まで残っていた仕事を全て片付けた。
仕事中に夏祭りのことを秘書のえりに話すと、すぐに浴衣や小物を用意すると言って、当日は着付けまでしてくれたのだ。
「えりちゃん、ありがとな!浴衣なんて初めて着たから何かソワソワするような……。」
「春日社長、とっても似合ってます!おばあちやんと選んだ甲斐がありました!!もうすぐ待ち合わせの時間ですね、足元に気をつけて楽しんできてくださいね!」
「おうっ!後でお土産届けるからな!」
「そんな気を遣わなくて大丈夫ですっ!むしろ二人で最後まで楽しんできてください!!そしてお話聞かせてくださいねっ!」
彼女のそんな優しい言葉を受け、浜北公園へと足を向ける。
いつもは彼が家まで迎えに来てくれるため、初めて目的地で待ち合わせすることに緊張してしまう。
からり、からり、と鳴る下駄の音を聞くと、彼と花火を見る時間が近づいていることを感じ、更に心臓が煩くなっていった。
少しずつ人の声がざわざわと聞こえ始め、浜北公園が見えると同時に入り口で待つ彼の姿が目に飛び込んできた。
「……っあ!!」
「あぁ、来たか。」
「ま、待たせて悪い!!」
「いや、俺もさっき来たところだ。…浴衣着たんだな。似合ってる。」
「へっ…………!?ぁ、ああ、ありがとうっ……。」
彼は正直にものを言う性格だから嘘で褒めるなんてことはしない。
だからこそ彼に褒められるといつも胸が痛くなるぐらい跳ねていた。
「じゃあ、行くか。手貸せ。」
「あ、っ、あぁ!」
差し出された手に戸惑いながらも、その手に自分の手を預けることにした。
ゆっくりと露店を見ながら歩き、露店で買った食べ物をベンチに座り二人で分けて食べた。
それがとても幸せで口角が上がったままのような気がして両手で頬に触れてみる。
「(ゔ…や、やべぇ、ぜってえ変な顔してるよな…。馬淵にバレねえように、治さねぇと…!)」
「何してんだ?」
「えっ!?あ、い、や…、その…。」
「疲れたか?」
「あっ、い、いや、ぜ、全然平気だぜ!ほ、ほら、射的やろうぜっ…!!」
誤魔化すようにして彼の手を引き、様々な景品が並べられた射的屋へやってきた。
店主からどの景品が人気かと聞くと、真正面にどっしりと座っている大きなクマのぬいぐるみだという。
ただ挑戦した人全員が玉を使い切って取ることが出来ず諦めていったとのことだ。
それを聞くと自分の中の闘争心が燃え始め、これは取らないとと心を決めた。
「よしっ、あのクマ取る!!!」
「…大丈夫なのか?」
「おうっ!」
射的用の銃を受け取り、腰を低く落として身体を前に乗り出す。
視線をクマに集中させて、引き金を引くと勢い良く玉代わりのコルクが飛び出し、クマの頭部に命中した。
それに安心することなく、残りの四発分も撃ち込んでいく。
だがしかし大きな巨体は少しだけぐらついて倒れようとはしなかった。
「はい、お兄ちゃん残念だったねえ。でも、凄かったから、小さいサイズのクマをプレゼントしちゃうよ〜!」
「ほ、ほんとか!?やったぜ!…へへっ、でかいの取れなかったけど、これもらっちまった!」
「…あれ、ほしいのか?」
「え?あっ!へへっ、なんか挑戦したくなっちまったんだよなっ…!誰も取れないって言ってて…。」
「そうか。」
「…え!?ぁ、え!?!?」
彼が射的用の銃を店主から受け取り、先程自分が挑戦していたクマのぬいぐるみに狙いを定めていた。
銃を構える姿を見て、心臓の動きが早くなってしまったのは言うまでもない。
じっと標的を見つめる視線、銃を握るために力が入っている手元、それらに見惚れていると店主の驚きの声で我に返った。
「あっ、えっ、に、兄ちゃん……、す、すげえな!!」
「…えっ?あっ!!!!」
「ほら、欲しかったんだろ?」
「っっ………!!!!!ぁ、ありがとうっ…馬淵っ…!!!」
「そういえば、もうすぐ花火が打ち上がる時間だな。向こうに座れるところあったはずだから行くぞ。」
「お、おうっ…!!」
大きいクマを片手に抱えて花火が見える場所のベンチに座った。
小さいクマと大きいクマを両手で抱きしめてみると、彼が取ってくれたという実感が更に湧いて嬉しくなる。
そんな幸福感に包まれていると、近くのスピーカーから花火が始まるというアナウンスが聞こえ、それと共に夜空には少しずつ小さな花火から順々に打ち上がり始めていった。
ちらりと彼の方を見ると、花火を見つめるその横顔がとても綺麗で、それを見て気持ちが溢れ出していった。
「っ…、、ま、ぶち…。」
「ん?」
「ぁ、の、おれ…、っ、…。」
「す、…っ、好きだっっっっ!!!!!!」
今感じていることをそのまま声に出したが、見事にそのタイミングで大きな花火が打ち上がり、自分の声がそれにかき消されてしまった。
彼に聞かれることなく終わったことに恥ずかしさを覚え、顔を再び夜空へと向けて顔に集まった熱を冷ます。
その後何発か花火が空に打ち上がり、終了のアナウンスが響いた後、周りに居た人も少しずつまばらになっていった。
「は、花火凄かったな!!」
「そうだな。」
「…、あの、さっきはクマありがとな…。へへっ、すげえ嬉しいっ…!!ずっと、大事にするっ…!」
「嬉しいなら、いい…。」
「また花火一緒に見ようなっ…!」
「あぁ。あと……。」
「ん?」
その言葉の続きは、彼が耳元で囁いてくれて、それに身動きが取れなくなりそうだった。
嬉しさで顔にまた熱が集まってしまい、クマを強く抱きしめて顔を埋めた。
まさか、聞こえてるわけ無いと思っていたのに、彼は自分が言った言葉と同じ言葉をかけてくれたのだ。
"俺も、お前が好きだ。"
その言葉に、しばらくベンチでクマを抱きしめながら、うずくまる他無かった。
その間彼はずっと手を握ってくれて、ただ静かに星が輝く空を見上げていたのだった。
end