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    Ogonsakana

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    Ogonsakana

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    アイドルのトニさんとそのガチファン菊の菊トニの話です。欲が有り余って書いたのでめちゃめちゃです。

    30秒の恋30秒の恋

     俺が彼の存在を知ったのは会社の昼休憩中に何気なく眺めていた動画サイトだった。
    くだらない切り抜き動画を次から次へと親指でスクロールして、出会った。
    30秒ほどの短いアイドルのライブ映像。うるさいくらいの歓声とポップな音楽、無数のペンライトに照らされ踊るアイドルの一人に俺は目が釘付けになった。白い肌に白い髪。シェブロン柄のシャツと丈の短い白のタイトスカート衣装、真っ白なヒールのある靴でもしなやかに踊るその姿はステージ上で紙吹雪とまじってキラキラと輝いていて、この世のものとは思えないほど幻想的で美しかった。時々上擦る歌声がいじらしく、俺の心をかき乱す。彼が品のいい笑顔をカメラに向けるたびに口元が緩むのを抑えられなかった。
    「天使だ…」
    気づいたら呟いていた。
    白く儚いこの子の姿がたまらなく尊くて、俺は昼休憩が終わるまで狂ったように30秒の動画を何度も繰り返した。

     家に着くまで待てず、帰りの電車の中であの子のことを調べた。たった30秒のライブ姿に一目惚れしただけで、俺はあの天使の名前すら知らなかったのだ。そもそもこのアイドルグループの名前すら知らない。俺はコメント欄に挙げられている名前を片っ端から検索にかけていった。
    ウッシー。違う
    キラウシちゃん。これも違う
    トッシー。あ、この子がリーダーなのか。綺麗に整えられた真っ白な長髪が目につく。あの天使も綺麗な白だった。メンバーの年齢層が高めなグループだと思ったが、その中でもあの子は目が大きく少し幼い顔立ちをしていた。
    気を取り直してまた検索をかけていく。
    夏ちゃん。夏って書いてかんって読むのか。グループの中で一番若い見た目の子だったので印象的だったし、あの子と仲良さそうに踊っていたからよく覚えている。
    そしてスクロールしてスクロールして一番下のコメントにあった「トニたん」の文字をコピペして検索にかける。
    「あ!」
    真っ白の坊主姿の男性の画像がずらっと並ぶ。
    この子だ。
    やっと見つけた。俺の天使。
    そこまできて俺は最寄り駅から何駅も乗り過ごしていたことに気づいて慌てて電車を降りた。

    家に着き早速あの子の紹介記事を漁った。
    アイドルグループ「HIZIKATA」のメンバー。本名は公開しておらずファンからは「トニたん」の愛称で呼ばれている。ポジションはリードボーカルだが、ダンスの実力も申し分ない。実際俺はあの指先まで洗練されたしなやかで流れるようなダンスに見惚れてしまったのだ。「トニたん」の紹介記事を食い入るように見る。メンバーカラーは白。うんうんそうだよな。雪みたいに可愛らしいトニたんにぴったりだ。好きな食べ物は山菜の天ぷら。へぇ〜意外と渋いな。こういうアイドルのプロフィールってもっとこういちごとかマカロンとか可愛い食べ物が書いてあるもんじゃないの?俺がおじさんすぎ?そういえばトニたんはいくつなんだろう。容姿からして確実に俺より歳上ではあるのだが、歳を感じさせないキレキレのダンス、あのライブでは息切れひとつせず踊りながら生歌まで歌っていた。
    「アイドルって体力勝負って言うからなぁ…ん?」
    一つの文が目につく
    「盲目…」
    そこには彼が視覚障害者であることが書かれていた。何十年も前に病気で両目の視力を失ったらしい。動画を見返してみると確かに他のメンバーと比べて若干目線が外れている。だがそんなことは俺には関係ない。この記事を読むまで盲目であることがわからなかったぐらい素晴らしいパフォーマンスをトニたんは俺に届けてくれた。たった30秒で俺に元気をくれた。
    「むしろ大好きだ…」
    胸が熱くなる。こんな感覚は初めてだ。
    菊田杢太郎、もうすぐ四十路の独身男が恋に落ちた瞬間だった。



     あれからアイドルグループ「HIZIKATA」の曲をいくつか聴いた。超人気グループなだけあってメンバー全員の歌唱力やダンスはもちろんのこと表情管理まで徹底されており、どの曲もクオリティが高かった。MVや衣装も相当気合が入っており、これをYoutubeで無料で見れることに俺は心の底から感謝した。
     ポジティブな歌詞が散りばめられたポップソングや、胸焼けしそうなほど甘いメロディのラブソング。かと思えばロック調のテンポが速い曲にEDM風のダンスパフォーマンスを主役にした曲などジャンルにとらわれない様々な曲と毎回ガラッと変わるMVコンセプトは飽きることがなく、俺はどんどん新しい曲を聴いていった。その中でも俺が気に入ったのは一つのラブソング。キラキラと輝く痛いくらい青い空の下、浜辺で踊る白地に青い花の刺繍が施された、清楚だが目立つワンピースを着て踊る俺の天使。
    「トニたん…」
    思わず動画を止める。画面にはトニたんの眩しい笑顔。一日に一回はこの笑顔を見ないと気が済まなくなってしまった。夏がテーマのこの曲によく似合う健康的な笑顔。そこに雪のような白い髪がバックの海によく映えていて俺の心を掴んで離さない。俺はしばらくこの笑顔を堪能した後、動画を再生する。
    「一緒にジャンプしよう。ほら手を繋いで!」
    トニたんのよく通る歌声が独身男の部屋に響き渡る。画面の中ではトニたんがメンバーと横一列に並んで手を繋ぎジャンプをしている。俺の一番好きな振り付けだ。また動画を止め、トニたんのあげられた手を指でなぞる。
    「はぁ…俺もしてえな…」
    甘い嘆息をもらす。我ながらものすごく気持ち悪いことを言っていると思う。しかしこの曲はラブソング。この笑顔と言葉は俺を含めたトニたんファン全員に向けられたものなのだ。これくらい許して欲しい。
     トニたんのことを知れば知るほどどんどんのめり込んでいく。所謂「沼」と言うものに俺は完全にハマってしまったらしい。
     トニたんの所属する「HIZIKATA」も、他のアイドルグループと同じくファンクラブが存在する。入会すると会員限定のグッズや動画の視聴ができるらしい。正直、悩んだ。俺は悩みに悩んだ。菊田杢太郎。第七商事に勤めている俗に言うエリート会社員だ。年収も決して悪くない。むしろ良すぎるくらいだ。だからこそ、だからこそグッズに手を出してしまうと歯止めが効かなる気がした。しかし欲しい。俺のこの帰って寝るだけの殺風景な部屋に、あの天使のグッズが一つでもあればどうだろうか。起きるたびにあの笑顔を見れたら?
    「いっ…一枚だけ…それだけだからっ!」
    公式サイトのグッズのページを開く。ファンクラブに入る前に、まずは一般グッズを買おう。それで満足できなかったらその時にまた考えればいい。とりあえず俺はトニたんのブロマイドをカゴに入れ即決済した。1週間後無事に俺の天使は届き、白とピンクのハートの装飾の可愛らしい写真立てに飾った。次の日の朝、起きると朝日にてさられた笑顔のトニたんと目が合い、俺はあまりの多幸感から一筋の涙を流した。
    「女神様…」
    俺の天使は女神に昇格した。
    結局は俺はそれだけで満足できずその日の夜ファンクラブに入会した。



     一度買ってしまえばあとはもう早かった。
    これと言った趣味もなく、ジムくらいにしか使ってこなかった金を俺はこれでもかとトニたんに注ぎ込んだ。
     あの天使の写真が家に来てから俺の生活は一変した。仕事から帰るとトニたんが俺を出迎えてくれる。弾けそうな笑顔は心なしか疲れた俺を労ってくれるような、慈愛に満ちたものに思えて、その日一日のストレスなど吹き飛んでしまう。風呂に入り飯を食べながらトニたんの動画をみる。スマホから目を離しても俺の視界に天使が入る。思わず笑顔になる。これ以上の幸せがあるだろうか。
    トニたんがいる以上だらしない生活はできんと、コンビニ弁当やレトルト食品は控え、自炊を始めた。外食も極力避け、飲みの誘いも断っている。家で俺の天使が待っているのだ。1秒でも早く帰りたい。おかげで会社で有古から「最近調子がよさそうですね」と言われた。実際健康診断の結果も去年より格段にいい結果だった。
    しかし人とは欲深いもの。そのうち一枚のブロマイドだけでは物足りなくなり、俺は他のブロマイドやポスター、アクリルスタンドなど買えるグッズを全て買い集めた。一つ一つが届くたびに支配欲が満たされるような、なんとも言えないゾクゾクとした喜びを覚えた。
     そうして今の俺の部屋はトニたんグッズで溢れかえっている。壁にはポスターとブロマイド、ラックの上にはアクリルスタンドやトニたんの写真が入った写真たてが無数に並ぶ。ラック一つでは収まりきらず、グッズ専用のものを新しく買った。クローゼットにはトニたんのイラストがプリントされたライブTシャツが仕舞われており、ベッド横のローテーブルにはトニたんのイニシャル入りマグカップとコースター。部屋のどこを見てもトニたんが目に入る。とても人を呼べる状態ではない。
    我ながら自分の執着の強さに感心してしまった。子供の頃から気になった物は全て自分のものにしないと気が済まないのだ。歳をとってすっかりこの収集癖も鳴りを潜めていたと思ったが、そんなことはなかったらしい。むしろ財力をもった今の方が歯止めが効かず、恐怖すら覚える。
    「もう寝るか…」
    スマホを枕元に置き、曲を再生しながらベッドに入る。トニたんグッズに包まれ、トニたんの歌声を聞きながら眠るのが最近のルーティンになりつつある。明日も仕事がある。憂鬱だが、起きれば優しい朝の光に照らされたトニたんに会える。そう思うと早く明日が来て欲しいと言う前向きな気持ちになり、自然と寝つきも良くなる。トニたんのおかげで俺の日常はとても充実したものになった。
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