【ちょぎにゃん】冬支度第31回毎月ちょぎにゃん祭り
お題「冬支度」
赤や黄に色付いた落葉樹の葉が絨毯の様に中庭を彩るのを横目に見ながら、刀剣たちの居住区である棟の廊下を足音を慣らさずに歩く。特にこれは意識しているわけでなく自然とそうなっているし、他の刀たちも静かに歩くのでもう性としかいいようがないだろう。主である審神者にはこのまま近付くとひどく驚かれてしまうので、わざと足音を立てようと意識して歩くこともあるくらいだ。
けれども気配は特に消していないので刀ならば誰かではなく誰が近付いているかも分かるだろうと思いながら、長義は目的の部屋の前で立ち止まると閉じられた入り口の障子戸の木枠を軽く三度叩いた。
中からはああだの、ううだのとはっきりとしない音だけが聞こえてきたが、否と言わないのなら構わないだろうと特に名乗りもせず戸を横に引けば、少し立て付けの悪い軋んだ音を立てながらも特にがたつくことはなく開いた。
一応、言い訳のつもりはないが述べておくとこの部屋がこの住人以外の刀のものならば、始めにきちんと名乗ったしはっきりとしない返事があれば待つなりもう一度伺いを立てたりしている。それくらいの配慮は出来るつもりだ。
ただ、この部屋の住人にはその配慮が必要ないと長義は判断している。ノックしなければ流石に文句の一つも飛んでくるだろうが、きちんと初めに鳴らしているし一応よく分からない返事も受けている。その上で開けているので文句を言われたことはないし、この相手も長義の部屋を訪ねてくる時は大して変わらない上に長義もそれを許しているので、いわばお互い様だった。
それくらいは許される仲だと思っているし、許している相手なので無駄は省きたい。結局のところ本音はそこくらいしかないのだが、この距離が心地いいのも事実であった。
開かれた障子戸の奥には見覚えの無い卓袱台が鎮座しており、この部屋の主である南泉一文字もそこにいた。首の近くまで布団の中に潜り込んでいる姿を見てこれがコタツであることは理解が出来たが、何故ここにあるのだろうかと頭の片隅で不思議に思う反面、先ほど主に渡された檜皮色の籐籠とそこに多数詰められた橙色の意味を即座に理解した。
「寒いから早く閉めろ、にゃ」
「冬物の出番にはまだ早いんじゃなかったかな」
特に意地悪をする理由もないので後ろ手で戸を閉め、机の上に持たされていた籠を置くと長義も南泉の向かいに腰を下ろす。そっと足を伸ばし布団の中に入れると予想よりも暖かく、思わずほっと息を吐いた。
主が暮らしていた時代と同じ季節の流れをしているこの本丸では暖房器具を出すのは師走に入ったらという一応の決まりがあり、それまでにはまだ十日ほど早い。主の霊力が行き渡っているお陰らしく室内はそこまで冷えないので、それでも十分事足りると言う古参達の判断であり、それに異論を唱える者がいなかったからだがどうやらこの猫は違うかったらしい。そういえば、それでも夜は冷え込むからと早めに配布された毛布もこの猫は他の者より早くに貰っていたような気がする。
「ここのところ寒くて夜も満足寝れねえのに昼寝も出来ねえって昨日零したら、今朝長谷部が届けてくれたんだよ」
「忙しい近侍殿の手を煩わせたのかい?」
「俺じゃ設置できねえだろうからって主から命を貰ったってわりと嬉しそうにしてくれたぜ?」
「主は最近主命の使い方を間違えている気がするね」
「まあ俺は助かったからいいんだけどよ。今度事務仕事手伝うって言っといたにゃ」
「君が手伝うのかい?」
「山姥切がって言っておいた」
「……君ねえ。まあいいけど、君の代わりに俺が長谷部にお礼をするんなら君は俺に何をしてくれるんだい」
「こたつに入ってんだろ」
机に顎を乗せてむにゃむにゃと言っているところを見ると、このところ満足に睡眠を取れていないのは本当らしい。ゆっくりと落ちる目蓋に珍しく抗っているのが見える。
「そのこたつも君が設置した物じゃないんだから礼にはならないんじゃないかな。そもそもここに来たのもおつかいのようなものなんだけどね」
「ああ、あとでいいもの届けるって主が言ってたけど、蜜柑だったんだな」
「こたつに蜜柑は冬の風物詩らしいよ」
「主が俺のところに持って行けって?」
「いや、直接的には言われていないけれど執務室を辞するときにこれを持って行ってと渡されたんだよ」
「お前今日は仕事は?」
「今日はもう終わったね」
「じゃあ主に行動がバレてるにゃ」
「……そのようだね」
仕事を終えた長義は、先に辞することを伝えただけでこの後の時間の過ごし方などを口にしたわけではない。それでも真っ直ぐ、もしくは後からでもこの部屋を訪れることを予測された上で籠を渡されている。そもそもこれを持って行ってと言われただけで、誰にとも言われていないのだ。これ食べて、じゃなかったから長義一振りのものではないと判断したのだが……。
「っふ、顔紅えぞ」
「うるさいよ」
「まあ報告してんだし、そんなもんなんじゃねえの?」
「それでも人に行動を読まれてそれに気付かなかったという失態に、今恥辱を覚えているからちょっとそうっとしておいてくれないかな」
「いいけど、そしたら俺寝るけどいいにゃ?」
「コタツで寝ると風邪をひくよ」
「ひかないように俺が寝たら毛布とか頼むぜ」
「貸しが増えていくけどきちんと返してくれるのかな?」
「んー…じゃあ、この冬湯たんぽになってやってもいいぜ」
「それ君が寒いだけだろう……?でもまあ、体温は高そうだし布団の中に入れてやってもいいよ」
「あ、やっぱ俺の布団の方が温そうだから山姥切が湯たんぽな」
「それはまた貸しが増えるだけだよね」
「ん……じゃあまたかんがえる、とりあえずげんかいにゃ」
「夕食までには起こしてあげるよ」
「もうふ……」
「分かってる、おやすみ」
「おやすみ」
そう言い終えたかと思うとすぅすぅと寝息を立て始めた猫に、少し口元が緩むのが分かる。誰にも見られていないのにごほんと一つ咳ばらいをすると、押し入れに入れてあるであろう南泉専用に新調された毛布を取り出すべく立ち上がる。
先日南泉が面白かったと話していた読み終えたあとの本が出しっぱなしになっているのも知っているし、主に持たされた蜜柑もある。同じタイミングで設置されたであろう火鉢の上の薬缶の中でお湯も沸いているようなので、珈琲を淹れるのもいいだろう。
時間を潰すものはたくさん思いつく。普段なら特に何もしない時間というのはどこか落ち着かないものではあるが、寒がりの猫が凍えないように目を覚ますまでの間、火の番がてらゆっくりと時間を過ごすのも仕事のない昼下がりには良い過ごし方だと自分の中で納得し、押し入れで見つけた軽くて暖かい毛布を手に取った。