面白くない。めちゃくちゃ面白くない。その理由は、小さなディスプレイの中にあった。
「珍しい。ひとり?」
「あ、千切」
蜂楽の後ろから声をかけてきたのはトレーを持った千切だった。ここ座っていい? と尋ねてきた千切にこくんと首を振る。
久しぶりに会う元チームメイトに声をかけられて嬉しくないわけではなかったが、それ以上に不機嫌な蜂楽は、むーっと唇を前に突き出すと食堂の机に突っ伏した。
「なにそれ? インスタ?」
「そ。これ見てよ!」
食いついてきた千切に携帯画面を見せる。そこには、他のメンバーと楽しそうに写っている潔の姿があった。
「潔……と、他のドイツメンバー?」
「そ〜」
蜂楽が千切に見せたのは、ドイツチームで運用しているインスタグラムのアカウント。最近、絵心はBLTVだけではなく、SNSも各チームで運用するように言いつけていて、このアカウントはその一部だ。なんでもファンビジネスは金になるからとのこと。蜂楽にはよく分からないが、たまにチームのメンバーからカメラを向けられ、インスタグラムに写真を載せられることがある。お前は顔が可愛いから数字が稼げる! のだそうだ。なんの数字? って感じだが、写真を撮られるのは別に嫌いじゃないので好きにさせている。
だけど、だ。
「ちょっと距離が近すぎじゃない? これとか、これとかー!」
「ん? うーん、別に普通だと思うけど……」
ほら、と言って千切が自身の携帯をいじり、イングランドチームのアカウントを開く。そこには、凪や玲王、千切たちが肩を組みながら笑顔で写っていた。
「へぇ〜。みんな、仲いいんだね!」
「まぁな。……で、ほら、俺らとそんな大差ないじゃん?」
横から千切が蜂楽の携帯を操作し、次々と写真を切り替えていく。
写っているのは潔とそのメンバーたち。肩を組んだりピースサインをしたり、かと思えばとんでもない寝相の写真やみんなで練習をしてる姿などなど。様々なオフショットが載せられている。
「でもこれなんか、ぎゅーってしてんじゃん!」
一番、いいねの数がついている写真。ドイツチーム内で分かれて練習しているときの写真で、潔と黒名が笑顔でハグしている。コメントには『コンビネーションがうまくいって嬉しい!』なんて書かれていた。特に、この写真が面白くない……。
「なーんで、こんなにモヤモヤしちゃうんだろ……」
「は? それ本気で言ってる?」
千切が信じられないといった表情で蜂楽を見る。なにが? と尋ねるよりも早く、千切がため息をついた。
「蜂楽はさ、嫉妬してるんじゃない?」
「嫉妬?」
「そ、ヤキモチ」
「ヤキモチ……」
ヤキモチって焼いた餅のこと? なんて、そんな馬鹿なことは聞かない。それぐらいはちゃんと意味を分かっている。
「潔が他の奴と親しくしてるのが許せないんだろ?」
「うーん、そうなのかな? でもモヤモヤはする……」
でも、それって友人に対して抱く感情だろうか? 友人に向ける感情にしては重く、薄暗い感情だと思う。
だけど、どうしても楽しい気分になれなかった。自分を抜きにして、他のメンバーと楽しそうに笑っている潔を見ると寂しい。この気持ちを同じように潔にも感じてほしいとすら思ってしまう。
珍しく自分でも煮え切らないでいると、千切が閃いた顔で蜂楽の肩を抱いた。
「じゃあさ、いろいろ確かめてみようぜ」
「なにを?」
「俺から見たら、潔も蜂楽もさっさとどうにかなれよって感じだけど」
「うにゃ……? どーゆーこと?」
「なんでもなーい」
とにかく撮ろうぜ! と言って、千切がカメラを向けてくる。ちゃっかりピースサインしたり、千切から差し出されたスプーンに対し、あーん♪って受け止めたりなどして、そのときは終わった。
※※※
それからしばらく経った日のことである。
自主練ですっかり遅くなった蜂楽は、だだっ広い食堂のテーブルを専有する形で食事をとっていた。遠くの方には蜂楽と同じように食事をとっている者もいるが、同じチームの人間ではなさそうだ。その数少ない人たちも、先に食事を終えたのかトレーを返却して去っていく。カチャカチャとスプーンと食器が擦れる音だけが響いて、なんとなくご飯の味も単調になってきた頃、ぽんと後ろから肩を叩かれた。
「よぉ、蜂楽」
「潔……」
振り向けばトレーを持った潔が立っている。隣に座ってもいいかと聞かれて、こくんと首を振った。
久しぶりに潔に会えたことと声をかけてくれたことが嬉しくて、途端にさっきまで食べていたカレーが美味しく感じる。ウキウキした気持ちでご飯を頬張る蜂楽だったが、一方の潔は浮かない顔だった。
「……どったの、潔。なんか落ち込んでる?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
これ……と言って潔が見せてきたのは、この前、千切がインスタグラムに投稿した写真だった。『元チームZの蜂楽と!』というコメント付きで投稿されているのは、肩を組んでいる写真とあーんをしているときの写真だ。
それがどうしたというのだろう?
「千切と仲良いんだな」
「もち♪ そんなの潔だって知ってるじゃん」
「そうだけど、そうじゃなくて……」
「んん……?」
要領を得ない潔の発言にこてんと首を傾げる。潔は、あ、う、と言葉に迷ったあと、覚悟を決めたのか真っ直ぐこちらを見つめてきた。
「ちょっと距離が近すぎないか、って話」
「俺と千切が?」
「うん」
その肯定に、いやいやいや、と心の中で反論する。それを言ったら潔だって!
「これ見てよ! 潔もじゃん!」
「は?」
スマホを取り出し、インスタグラムを立ち上げる。潔と他のメンバーたちが写っている写真を表示すれば、それが何か? といった様子で逆に首を傾げられた。
「分からない? 潔だって他のメンバーたちと距離が近いでしょ、って話!」
「……そうか?」
うーんと潔が唸って、そうでもないと思うけど、と呟く。
もしこれが何ともない距離だと言うのなら、千切との距離だって至って普通なはずだ。でも、それを指摘してきたってことは。
「……ねぇ、潔。それってヤキモチ?」
「は……?」
「だって、俺と千切の距離が近くてモヤモヤしてるんでしょ?」
だったら一緒だね、と思わず口が滑ってしまう。なんとなく隠しておかなければならない気持ちのような気がしたが、それを聞いた潔の顔が真っ赤に染まったのを見て、取り繕う気持ちが消えた。なに言ってんだ、蜂楽……! と声を上擦らせて慌てる潔に悪い気はしない。
「きっと、お互いにヤキモチ焼いてるんだよ、俺たち」
調子に乗って、潔の手を握ってみる。俯く潔の顔を見たくてこつんと額を合わせたとき、淡いブルーの瞳が心許なく揺れた。その瞬間、ぞわりとしたものが背中を駆け抜けて、ぜんぶ自分のものになったらいいのに、という欲張りな気持ちまで湧いてくる。
「あのさ、潔。俺たちも写真とらない?」
「写真?」
「そ、とびきりのやつ!」
潔の返事を待たずして肩を組み、右手でカメラを起動する。ぴとっと頬をくっつけて、潔を腕で引き寄せて。
潔は近すぎる距離に怒ることも拒絶することもしなかった。それどころか潔の顔は真っ赤なままだ。たぶん、自分も同じだけ赤いんだろうなぁ、と思いながらシャッターを切る。その瞬間、左手で口元を覆いながら潔の頬に軽くキスをした。
※※※
「随分、面白いことになってんじゃん。蜂楽」
「あ、千切」
蜂楽の後ろから声をかけてきたのはトレーを持った千切だった。以前と同じように、ここ座っていい? と尋ねてきた千切にこくんと首を振る。千切は携帯を操作すると、早速とばかりに潔とのツーショットを引っ張り出してきた。
「これさ、本当にキスしてんの?」
「さぁね♪ どうだと思う?」
にやりと笑って、あの日の夜に撮った写真を眺める。
おかげさまでこの写真は過去一番の記録を叩き出し、仲の良いふたりとしてネットの海を騒がせている。『ほっぺにちゅーしてない?』『いや、さすがにそれはない』『内緒話してるんじゃない?』『でも潔の表情がガチ』など、いろんな憶測が飛んでる始末だ。
だけど、最後まで教えてやるつもりはない。静止画の向こう側で行われたキスのことも、そのあとにした気持ちの答え合わせも、ぜんぶぜんぶ潔と自分だけの秘密だ。