4日目はお世話されてくださいどうやら先日の雨の中ジョギングした原因で風邪を引いてしまった黒龍はベッドに寝かされていた。
紅潮した頬に少しだけ荒い息遣いが彼の体調の悪さを如実に表しているのがよくわかる。
「先輩、今日は大人しくしましょう」
「……ッチ、飯は食ったのか?」
「まだですけど……って先輩!」
食事はまだだと言えばむくりと起き上がろうとする黒龍を無理やり引き留める。
純粋な腕力だけならほぼ互角の二人だが、黒龍の体調不良も相まって今だけは希の圧勝で引き止められた。
「なんだ……余り騒ぐな」
「その体調で調理は無理ですよ!休んでてください!」
「お前の飯の面倒ぐらいは見れる」
「じゃ、じゃあ今日は作るので!先輩は寝ててください!!」
希の発言に珍しく黒龍はキョトンとするがすぐに訝しげな視線を送った。
普段自分の飯も食わない奴がまともな調理は出来るのかと言わんばかりの視線に希は慄きそうになるのをグッと堪え睨み返す。
「大丈夫です!危険な調理さえしなければ作れますから!」
「………勝手にしろ、だがもしボヤでも出してみろ説教では済まさんからな」
そう言ってゴロンと再びベッドに潜る黒龍にホッと胸を撫で下ろすが同時にやはりいつもより棘というか殺気というか圧を感じられない事にやはり本気で体調が悪いのだろうと希は心配する。
しかし言い出しっぺの手前、黒龍に心配をかけないよう希は勇気を出して黒龍のエプロンを手に取った。
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「えーと、レシピ検索レシピ検索……」
いくら調理に慣れていないとは言え何も見ずに作るなどの愚の骨頂を犯さないべく携帯でレシピ検索をしている希は現代の文明機器に感謝を捧げていた。
もし手探りで調理しようものなら今度こそベッドに眠る恐ろしい鬼が目覚めかねんと希は苦笑いしつつ簡単に作れそうなものを探す。
そしてふと、一つのレシピに目が止まった。
「これなら作れそうかも…」
そのレシピのページを開き、希は冷蔵庫の扉を開けた。
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辺りは暗闇で足元は水がちゃぷちゃぷ音を立てているのが聴こえる。
そして自分は■の首を持っている、閉じた瞼は開かれる事なく断面から赤い水が滴り落ちている。
嗚呼、足元の水音はこれが原因かと納得した。
■の生首を大事に抱えて歩く、時折慈しむように感覚が消え去った頭を撫でながら真っ直ぐ歩んでいく。
暫く歩んでいけばベンチが見えた、一休みしようと座れば側にはレモネードの入ったプラスチックのコップが置かれているのが目に入る。
「夢、か──」
レモネードが入ったコップに手を伸ばせば膝の上に乗せた■の生首から声がした。
「そのレモネード、美味しく作れましたか?」
「──■■先輩」
まさか生首から声がするとは思わずビクリとした手に当たってレモネードはひっくり返る。
柑橘の爽やかな匂いを漂わせ、液体はベンチから地面へ溢れていく。
レモネードは誰にも飲まれる事なく赤色に沈んでったのを■■は見ていた。
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パチリと目覚めれば、体調の悪さは変わらず少しだけ日当たりが良くなったのが窓越しからわかる。
耳をすませばヴーンとレンジが稼働する音が聞こえ、それ程時が経ってないだろうと黒龍は推測した。
キッチンの方へ視線を向ければレンジと向き合い不安そうに見守る希の後ろ姿が見える。
不慣れなりに自分の技量で出来る調理をしてるのだろう。
ならば、自分は手出しすべきではないと判断した黒龍は再び静かに目を閉じた。
「っできました!良かったぁ〜!」
ほかほかと登る湯気、完成された料理を見て希は笑顔を綻ばせる。
「黒龍先輩、ご飯食べれそうですか?」
ベッドに駆け寄り肩を揺らせば閉じられた瞼は開かれ赤色がこちらに向けられる。
依然として顔は少し赤いが息は先ほどより少しは整ったように感じた。
「…食わなきゃ薬も飲めんからな、それでお前は何を作ったんだ?」
「流石に先輩みたいな凝った物は作れませんのでレンジで簡単にお粥を作りました」
どうぞと器に入ったお粥を見てほぉと頷く。
その黄色い見た目からして卵粥なのだろうと推察する、そして生意気な事に自分が作り置きしている出汁を使ってる事は熱で鈍った嗅覚でも理解できる。
希なりに具材にも気を遣ったようで恐らくは冷蔵庫にあったサラダチキンを解し、その上に刻みネギを振りかけたのだろう。
「まぁ、お前にしては及第点だな……いただきます」
ロクに飯を作らないどころか飯を食わない奴からすれば上出来だと思い一口食べる。
レンジで温めた故に温めのムラがあるのを感じたが敢えて黒龍は指摘せず無言でお粥を食べ進めあっという間に完食した。
「ご馳走様」
「こういう時はお粗末さまでしたって言うんでしたっけ?」
「それなりに悪くは無かったがな」
黒龍の台詞に希は酷く驚いた顔をして黒龍の顔を見る。
「先輩って普通に褒める時あるんですか!?」
「今すぐ殺されたいのかお前は」
殺気をチラつかせれば「食器洗ってきまーす」と慌てて逃げる希に黒龍はため息をついて横になる。
空腹が満たされたせいか今度は眠気が襲ってきた、先程まで眠っていたとは言え体力が減っている肉体では普段よりも睡眠欲が求められているのだろうと黒龍は考える。
このまま眠れば少しはマシになるだろうと目を閉じようとするが食器洗いに行ったはずの希が戻ってきた。
「先輩、これ冷たくしたので」
そう言って額に水で浸したタオルが乗せられる。
ひんやりとしたタオルが額の熱を奪っていくのが心地良くて黒龍はそのまま目を閉じる。
再び眠りに落ちる前、黒龍は希の顔を見て何かを思ったがそれを自覚する前に意識は霧散していった。
すぅすぅと寝息を立て眠る黒龍の物珍しさに希は少しだけ眺めている。
いや前言撤回、眠る姿だけは良く課内のソファで見ていたなと思い出す。
だが普段隙など与えない男がこうして隙だらけで寝ているのはやはり物珍しいと希は思った。
手を握れば普段よりも高い体温の黒龍の熱が伝わってくる、その大きな手で刀を握り殺戮に興じる快楽主義者。
言葉に変換するだけで恐ろしい筈なのに時折彼が見せる優しさは先程の印象と相まって混乱するには十分なのだ。
「先輩の考えてる事、いつか全て分かる時が来るんだろうか」
まるで刀のように鍛錬を積み重ねる男の心にいつか触れられたら良いなと希は黒龍の手を挟むように握り締めた。
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今回は夢を見なかったのかと黒龍が目を開ければ下腹部にズシリとした重さを感じ視線を向ける。
看病していたのか希は黒龍の手を握ったまますやすやと安らかに寝ているのが目に入る。
体調の方は先程よりずっと楽になっており、熱も引いているのだろうと感じた。
黒龍は希を起こさぬよう空いたもう片方の手で希の結んだ髪の一部に触れる。
「殺すだけなら簡単だが……」
言葉の通り、今殺そうと思えば簡単だ。
だが黒龍は決してそれを望まない、望む筈もない。
あくまでも最期だけが欲しいのだ、目の前の彼が死ぬのならその原因は自分であるべきだと思っているのだ。
「最期だけ貰うというのは存外難しいものだな」
1週間だけの同居生活で最初に見た希の顔色はとてもじゃないが見れた物でもなかった。
だから数日が経ち顔色が良くなった今の希を見て少しだけ微笑んだ。
「精々、無駄に散らす事なく生を全うするんだな」
黒龍はそうして希の髪の一房を手繰り寄せて優しく口づけを落とした事は誰にも知る由も無かった。
髪の毛や頭に対するキス:愛情