【笹唯】始まらないファンファーレ 見守っていた背中から感じ取った気配に、すっと腰を上げて立ち上がる。トンっと軽く床を蹴り、馴染みのカーキーの上着を羽織った肩口から身を乗り出すように覗き込んだ。
「いい感じの曲、できました?」
期待と信頼を込めて。弾ませた声に、真剣にパソコンの画面を見つめていた瞳が浅く瞬いて。ゆっくりと緩慢に、視線だけでこちらを振り返った。
感情の薄い山吹色の瞳。静かな秋の、山向こうから昇る朝日のようなその色は。満足げでありながら、ひどく疲れているようにも見えた。
「このまま休みますか?それとも何か食べるものを――」
元々口数が多い人じゃない。否定が返ってこないということは、肯定なのだと解釈して。一仕事終えた後の休息を提案するも、私がすべてを言い終わるより早く。おもむろに伸びてきた手が後頭部へと添えられて、そのまま強引に引き寄せられた。
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