霊柩車 まだ霧が濃い朝。
定速を取り締まる警察をサボは300キロ出して振り切った。
ビームみてえなバックライトで目つぶししながらだとんでもねえ。
海沿いを爆走する車を雨が殴りつける。
「ただの定速だろ、金払えばいいじゃねえか逃げなくたって」ペットボトルの口を開けたお茶を渡す。
「おれ免許持ってない」
「えっ」
「エース寝てるし、車のなかひっかきまわされると困る」サボはミラーを見ながら笑った。
後ろからふたつのデカい段ボールに挟まれたエースの寝息が聞こえる、寝てんのかよ。
ありがと、とおれにペットボトルを戻してサボはにこにこスピードを上げる。
車通りの少ない道とはいえ常時80キロで走るサボに赤信号は見えてない、おれとエースの家は屋敷から歩いていける距離だってのにかっ飛ばすからここだぞって言う前にとっくに通り過ぎた。
「ほんとにおれらんちわかってんのか?」
「うん、エースに教えてもらった」
「へー。なんかまだ実感わかねえなサボがおれらと暮らすなんて。勝手に家出ていいのか?親に怒られねえ?」
「もういないから平気」
「ん?」
「おっと」
車道に飛び出たキツネを思いっきり轢いた。
ブレーキを踏まずにサボは突き進む、フロントにへばりついた血と毛が雨とワイパーで流されてく。
「ルフィは昨日のこと忘れちまったかなあ」
「なんかしたっけか」
「おれんちが何してたか教えてくれたろ」
そういえば言った。
バラ園に出て土いじりしてたサボに向かって。
サボの家がドラッグ作って広めてるなんて絶対言わないどこうと思ってたのに。
なんで言ったんだっけ…記憶がない、寝ちまったのか?
「いやどおりであの屋敷にいると頭スッキリすると思ってたんだ。ずっと昔のことまで鮮明に思い出せる。おれが作ったのとはかなり変わってて気づかなかった」サボは後部座席をちらっとみた。
「マジかサボが?作ったって…」おれも後部座席のエースの寝顔を見ながら声を潜める。
「うん。でもあんな頭おかしくなるやつじゃないよ。土の中で咲く花があってね、それを品種改良し続けて、土の外で生きれるようにしたんだ。おれのためだけに作ったものだったのに…ごてごていらねえもんくっつけて売りやがって」
にこにこ笑ってたサボがいつの間にか眉間と鼻にしわを寄せて遠くを睨んでいる。
なるほど警察振り切ったのはドラッグ積んでるからってことか。
雨はどんどん激しくなって、車は海沿いからまた住宅街にはいった。
「またなんで花の改良なんて」
「永遠って作れんのかなって」
「はへぇ~」
「何度だって芽吹くだろ。必ず土から這い出て一緒に生きて一緒に死んでくれる。何度でもだ。エースが埋まったままなんて耐えられねえ」
「なんでエース?」
サボは答えず遠くを見たままおれの頭をなでた。
舗装がひび割れてるコンクリートの上を減速して走る車はがたがたゆれる。
また後部座席の方を見ると死んだみたいに寝てるエースと、ちょっと茶色く汚れた段ボールふたつがぶつかりあってる。
「ほんとに大丈夫か?親にバレたら連れ戻されんじゃねえの。親じゃなくても警察とか…」
「言ったろ、もう誰もいないんだ。知ってるのはルフィだけ。内緒な」
「エースにも?」
「エースにも。ほら、繊細でメンヘラだし」
「サボは元気なメンヘラだろ、すぐ抱きついてくるし騒ぐしどっちもどっちじゃねえか」
「えー」
エースの口からぼた、とよだれがあごに伝って垂れ落ちる。
くすくす笑うサボはさらに減速し、細い路地を抜けていく。
黒くてちょっと長い高級車の中で喋ってんのはふたりだけ。
おれらのアパートにつくとちょうど家から出てきた住民がぎょっとしながら家に戻った。
ぴかぴかだけど軽くボンネットが凹んで毛と血が落ちきれてない高級車から降り、家の鍵を開ける。
サボはまだ寝ぼけまなこだけど目を覚ましたエースを担ぎ玄関におろした。
「ちょっとご近所さんにあいさつしてくるね」
そういうとにこにこ胸ポケットをまさぐりながら、さっき目が合った住民の部屋に押し入っていった。