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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    85_yako_p

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    なっぱっぱさんとの鋭百合同誌の再録です。(2022/7月)
    お題になった頭文字はVです。

    ##web再録
    ##鋭百

    Video『見せたいものがある』
     マユミくんがそう言うとき、僕は少しだけドキドキする。それは出会ってから二年経った今も変わらない。
     最初は不安が大きかった。胸がぎゅってなるようなドキドキだ。なんで僕なんだろう。せっかく見せてくれたのに、望むリアクションを取れなかったらどうしよう。そういう不安を隠しながら、精一杯笑ったのを覚えてる。
     一回目、アマミネくんのいないマユミくんの家で見せてくれたのはチェス盤だった。遊具というよりはアンティークと言うのが正しいその佇まいは僕を萎縮させるには充分で、そのときの僕は疑問で頭がいっぱいになってしまったんだ。
    『マユミくん、』
     どうして、と言う前にマユミくんが口を開いた。
    『百々人の、次の役作りの参考になるかと思って』
     そのとき僕はアンティークショップでアルバイトをする青年の役で特別ドラマに出演することが決まっていた。端役だけど、僕は真剣で、精一杯で、不安だった。マユミくんはそういうのを肯定も否定もしないで、ただ黙って自分が僕のためにできることをしてくれたんだと思う。
     二回目に見せてくれたのは恋愛映画だった。この頃、僕とマユミくんはふたりきりでいることが少しずつ増えていた。アマミネくんのいないシアタールームで僕たちは画質の悪い恋愛映画を見た。マユミくんが両親の出ている映画を見せてくれたのはそれが初めてだった。口づけのシーンがとても美しかった。
     三回目に見せてくれたのは指輪だった。あつらえたように雪が降るクリスマスの夜だった。キラキラとしたイルミネーションがきれいだった。真剣な顔をしたマユミくんが指輪を僕に差し出して、結婚してくれと口にした。「幸せにする」とまっすぐに、僕の目を見て言った。
    『まだ付き合ってもいないのに』
     僕がそう笑えばマユミくんはわかりやすく動揺してみせた。間違えた、と呟いて、一度深く息を吸い込んで口をひらく。
    『……結婚を前提に、つきあってほしい』
    『……うん』
     きっと言わなきゃいけないことってたくさんあったんだ。僕でいいのか、とか、そもそも男同士じゃ結婚できない、とか、僕たちはアイドルなんだから、とか。
     でも、そういうのいっこも言えなかった。幸福になりたかったわけじゃない。不幸を享受するわけじゃない。ただ、この人の幸いを祈っていたかった。
     四回目、五回目。不安は薄れて期待が膨らんでいく。人に期待をするのはこわい。それでも信じることができるなら、僕はそれを愛と呼びたい。
     覚えてる、六回目。僕が大学生になる少し前。スマートフォンの画面を見せて、マユミくんは言う。
    『……一緒に暮らしたい』
     ちかちか。画面に光っていたのは住宅情報サイトだった。二つ返事で一緒に選んだ部屋に僕らは住んでいる。隣にいる人間の幸せが自分の幸せとくっついている。間違いなく、僕は幸福だった。

    ***

     恋人の実家にお邪魔するのは少し緊張する。実は付き合う前よりも緊張しているけど、マユミくんは「ここはもうお前の家だ」と言う。慣れなきゃなぁって思うけど、これがなかなか難しい。それなりの頻度で来ているはずなのに、今日も挨拶の声が少しだけうわずってしまった気がしてる。
     最初は手土産にお菓子を持ってお邪魔していたけど、マユミくんのご両親は食べる時間がうまくとれないし、お手伝いさんだけでは持て余してしまうことが多いと聞いた。だから最近はお手伝いさんに了解を取って小さな花束を贈っている。
     これならご両親がその日に帰れなくても見れるから、いい考えだと思ったんだ。贈ってすぐに、花の面倒を見るのはお手伝いさんじゃないかと気がついたのだけれど、お手伝いさんが「素敵だと思います」と笑ってくれたので、そのお言葉に甘えている。
     結構な頻度でマユミくんの実家に帰る理由はシアタールームだ。僕らもリビングに大きなテレビとスピーカーを買ったけど、本格的なシアタールームには敵わない。いい音響で見たいものとか、マユミくんが持ち出しきれなかったものやご両親のものだったりする作品が見たいときに、僕らはここに戻ってくる。
    『見せたいものがある』
     今日、マユミくんはそう言って僕をここに連れてきた。何度目かのその言葉に、僕は不安をひとつも感じずにわくわくしていた。マユミくんは静かに複雑な配線を弄っていた。今日はビデオテープを見せてくれるらしい。父親からもらったものだとマユミくんは言っていた。ビデオテープを見るのは初めてだった。
     配線を終えたマユミくんはパッケージの色あせたビデオテープを持ってきた。些細な手先の動きや柔らかな視線を見て、大切な物なんだってすぐにわかった。思い出をビー玉に透かして見つめるような、愛おしげな微笑みが印象的だった。
    「征い……父からもらったんだ。子供の頃、何度も見た」
     思い出っていうのはこういうものなんだろう。僕にはないものだ、とぼんやり考えてうまく返事ができなかったんだけど、それをマユミくんはどう捉えたんだろう。マユミくんは宥めるように、言い訳のように口にした。
    「これを無理に好きになれと言いたいわけじゃない……ただ、俺の大切な物を知ってほしかった」
    「……そっか、ありがとう。キミの好きなものを知れるの、とっても嬉しいよ」
     僕も同じようにマユミくんの好きなものを好きになれたら素敵だと思う。別に無理をしてまで揃えるものでもないから口には出さなかったけど、そういうときがたまにある。リンゴとか、映画とか、そういう好きな人が好きなものが生活の一部になっていくのは幸せだ。
     パッケージはずいぶん古くなっていたけれどきれいだった。表面のビニールだろうか──つやのある部分に少しシワが寄っていて、うっすらと爪の跡がある。柔らかい膜の向こうに、ウサギとオオカミが青白い光を覗き込んでいる穏やかな絵が描かれていた。
    「まぁ、気負わないで見てくれ。子供向けだから退屈かもしれないが……つまらなくなったら言ってくれ」
    「うん。わかった。このお話は見たことないなぁ……ふふ、楽しみ」
     大丈夫、というのは無責任に感じたから了解だけを返した。古い機器だからリモコンもないのだろうか。再生ボタンを押すために背中を僕に向けたままのマユミくんに問いかける。
    「有名なやつなの?」
    「どうだろうな。こういったことを聞ける友人がいなかったからわからない」
    「そっかぁ。僕はそういうの、あんまり見たことないからわかんないや」
     ふふ、と互いに苦笑した。どんな境遇だって晒してしまえばどうしようもなく呆気なくて、ただ事実だけがあるだけだ。これまでを嘆くには僕らが過ごした人生は短すぎて、これからふたりで歩む先について考えるのに忙しい。マユミくんが戻ってきて僕の隣に座る。甘えるように距離を詰めればそっと肩を抱いてくれた。
     モニターに映ったのは荒い画像だった。オルゴールを少しざらざらとさせたような音楽が流れる中、絵本のようなタッチのウサギとオオカミが仲良く星を見ていた。
     大きな、水色の星だった。深海みたいな深い夜空にたったひとりきりで浮かんで、きらきらと光っている。
     きれいだね、って。言おうと思ってやめた。少しだけ見たマユミくんの横顔はリラックスしていて、目が少しとろけそうになっている。
    「……小さいころ、この星が見てみたかった。お手伝いさんに言ったら『海外の星だから』と嘘を吐かれた」
     穏やかな朝に見た夢を教えてくれる声に似ている。ウサギとオオカミが見つめていた光は猫のまばたきのように何度もきらめいて、その欠片を地上に落とした。
    「海外の星だから、大きくなったら見に行きましょうと言われた。……こんな星、どこにもないのにな」
     凪いだ声は幸福そうだった。ウサギとオオカミは星の欠片を探しに旅をする。住み慣れた草原を越えればそこは未知の世界だ。ラムネゼリーの海を渡り、龍の眠る山を登り、稲光の亀裂を背に砂漠を歩く。そうしていくつもの景色を抜けた先には星の落ちる場所がある。
     寂しい、灰色の場所だ。剥き出しの岩を避けてふたりは星を探す。ふたりだけの幸せを探す。オオカミの爪が硬い地面をひっかいた。
     刹那、ぷつりと映像が途切れた。
    「……あれ?」
    「ん……? ……まさか……」
     モニターは真っ黒で、きゅるきゅるという音が聞こえてきている。マユミくんが慌てた様子で再生機器に駆け寄ってビデオテープを取り出した。四角いビデオテープの上蓋のようなものをぱか、と開けて、マユミくんが呆然と呟いた。
    「……テープが切れてる」
    「えっ?」
     近寄って見てみれば確かにテープが切れていた。ビデオテープに馴染みはないけれど、多分ここに映像が記憶されているんだろう。だとしたら、これが切れてしまったと言うことは、もうこのビデオテープは見ることができないんだろうか。
     僕らはなにも言えなかった。マユミくんは言葉を失って、ビデオテープを片手に固まっている。僕は息を潜めていたけれど、ひとつ息を吐いてそっとマユミくんの背中を撫でた。
    「……百々人……」
    「うん」
    「テープが……」
     マユミくんが自分の事でこんなに悲しい声を出すのを初めて見たかも知れない。それは僕を想うときの悲哀に似ていた。マユミくんが自分の事でちゃんと悲しめることに安心する気持ちもあったけれど、それよりも目の前でうなだれる恋人の姿が胸を締めつけた。
    「……座ろう? 僕、なにかあったかいものをもらってくるよ。だから、少し待ってて」
     ぽんぽんとマユミくんの背を柔らかく押してソファへと誘導すればその手を取られた。マユミくんが困ったように呟く。
    「飲み物はいい」
    「いいの?」
    「ああ……そばにいてくれ」
     当たり前だけれど、これはだいぶ参っているときのマユミくんだ。手を繋ぎ直して僕らはソファへと沈み込む。きゅっと手に力を入れればマユミくんがそれよりも強い力で握り返してきた。その手を引いて、僕よりも少しだけ大きなマユミくんを腕の中に閉じ込める。
    「前に、ぎゅってしたら落ち着くって言ってたから……」
    「……ああ」
     そっと撫でた髪は僕の髪よりも少し固い。何度か髪を梳いていたら、マユミくんの手が僕の背中に回る。そっと力が込められたのに、そっと離れていってしまう。
    「……これでは、百々人に甘えてしまうな」
     マユミくんはこうやって、僕の望まない形で自らを律してしまうことがある。それは結婚の約束をしたあとも変わらなくて、マユミくんらしいと思う反面、そういうのはいつだって寂しくて、切ない。
    「いいよ。僕はなんにもできないけどさ、めいっぱい、たくさん甘えて?」
     頬をすりよせたら、マユミくんの額が僕の肩に触れた。マユミくんは思案するように重たい息を吐く。
    「……悲しみを盾に取って、お前に何かを強いるのは間違っているだろう」
     ああ、また考え込んじゃってる。抱きしめ合うなんて僕らがいつもしていることなのに、マユミくんは自分が困ったり、悲しんでいたりするほど自分に厳しくなってしまう。
    「……そんなことないよ。それに、悲しんでる恋人になにかしてあげたいって気持ち、わかってほしいな」
     なんでもしてあげたいよ。そう伝えればマユミくんは顔を起こして、頬にひとつだけキスをくれた。
    「……触れていたい」
    「うん。僕もマユミくんにくっついてたい」
    「ありがとう。……抱きしめてくれ。それだけでいい」
     僕にはわからない矜持にも呪いにも似たなにかがほぐれたんだろう。マユミくんは僕に体重を預けて、眠ってしまうんじゃないかってくらいゆるやかに息をしている。しずかに、ふたりきりでいた。髪を撫でたり背中を撫でたりしていたら、マユミくんはそっと顔をあげる。
    「……もう大丈夫だ」
    「そっか、よかった」
     こういうときの正解って未だにわからない。ここまで深く付き合った人間も、ここまで大好きになった人間もいままでにいない。それでも、もしも失敗しちゃっても、僕がこの人に手放されることはないっていう安心感をマユミくんは僕に与えてくれる。
    「……悲しかったね」
     悲しい、とマユミくんは小さく呟いた。そうして、自分自身の言葉に返すように、そうだな、と口にした。感情を確認するような、ゆっくりとした声の色だった。
    「……僕には小さいときの思い出とかあんまりないけどさ……ぴぃちゃんの名刺が燃えたりしたら、マユミくんとおんなじ気持ちになれるのかな」
    「……なる必要は無い」
    「そりゃ、名刺を燃やすことはないけど……きっと僕はこれから、キミにもらったものが壊れたら同じように悲しむんだと思う」
    「……もしも壊れてしまっても、何度でも贈る」
     こういうとき、こうするのが正解なのかなって思う。マユミくんが教えてくれたことだ。額にキスをすればマユミくんは僕を抱きしめなおして、ありがとうと呟いた。
    「もう大丈夫だ。……それでも、ずっとこうしていたいというのはわがままか?」
    「ふふ、いいよ。たくさんワガママ言ってね」
     ずっと抱きしめ合って、時々視線を交わして触れるだけのキスをした。頬に、額に、くちびるに、境界がなくなるまでくちづけた。マユミくんの体温でからだがぽかぽかしてくる。触れあった熱が滲んでひとつになる。吐息が近くて、なんだかくすぐったい。頭を撫でられると夢見心地になる。同じように頭を撫でたら、いつもはキリッとしているマユミくんの目がふにゃりと閉じた。
    「……なんだかマユミくん、子供みたい」
     大人と変わらない大きさの手を取って僕の頬にくっつけたら、そのままほっぺを包み込まれてキスをされた。それでもくちづけはどこか子供みたいで笑ってしまう。
    「あのビデオを見ると童心に返るのかもな。……いままでは誰かと見たことがないからわからなかった」
     普段はどんなに辛くても背筋を伸ばしている人が、今日はちょっとだけふにゃっとしている。こういうところを見せてくれるのはうれしい。ただ、そういうのも全部マユミくんの不幸に乗っかっているんだと思うと、どうにもやりきれない。
    「子供みたいだなんて、親にも言われたことがなかった」
    「あ、そういうつもりじゃ、」
     気分を害してしまっただろうか。不安になった僕にマユミくんが笑う。
    「いや、嬉しかった。百々人が、俺の知らない俺を見つけてくれることが嬉しかった」
     マユミくんの手が僕の頭を撫でる。幸せで、ふわふわする。
    「……そっか。でも、僕もだよ。僕が誰かにこんなに優しくできるなんて……初めて知った……」
    「俺もだ。だから百々人ももっと甘えてくれ」
    「うん。僕ら、たくさん甘えてたくさん甘やかそうね」
     甘えるのが僕らは下手なのかも知れない。お互いを知るたびにそう思う。
     マユミくんは僕のいままでを知っている。だんだん、呪いが解けるみたいにあの日々に疑問を持ち始めていたけれど、過去を振り返る時間がもったいないほど今が幸せだ。過去なんてどうでもいいとは言えないけれど、あの苦しみがあったから僕はいまここにいる。僕には見せられる思い出はないけれど、これからたくさん作っていける。
     マユミくんがくれるあったかさ。アイドルがくれるきらきら。同じだけ、全部返していきたいって思う。
    「子供の頃、ずっと見ていたんだ」
     想像する。広いシアタールームでたったひとり、小さなマユミくんは映画を見ている。それを寂しく感じるのは僕だけだ。小さなマユミくんは星を見て、瞳をきらきらと輝かせている。そういうアンバランスさが僕らにはある。
    「大好きなビデオだった。……百々人と見たかったな」
     結末だけでも教えようか。そう言うマユミくんに僕は笑う。
    「待って。言わないでほしいな」
    「そうか」
     マユミくんが少しだけ諦めたように目を伏せた。僕は両手でマユミくんの頬を包んで声を渡す。
    「ビデオテープの直し方を調べてみようよ。それからでも、遅くないよ」
    「……そうだな」
     眠ってしまおうか。ぽつりとマユミくんが呟いた。ここにはたくさんの映画があるのに、僕らはずっと抱き合っていた。

    ***

     再生ボタンを押す。修理したビデオテープが読み取られて、オープニングが流れ出す。
     ざらざらとしたオルゴールの音。
     星を見るウサギとオオカミ。
     僕はまだ、この物語の結末を知らない。
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