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    岩藤美流

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    岩藤美流

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    体の調子が悪いときには、推しの体の調子が悪いパロを考えるライフハック。ちょっとした後日談のイチャってるやつです。

    キャンプウィルルオ 番外編 何かおかしい、と感じ始めたのは、金曜日の昼を回った頃だった。
     このところ取引先との打ち合わせも有ったし、会社の上層部との会議も有った。大気が冷えはじめ、天気予報は乾燥注意報を連日伝えている昨今、風邪やインフルエンザも流行の兆し。
     心当たりはいくらでもある。しかし、ル・オーは仕事の手を止めなかった。週末である。今週分の業務はきっちり締めておかなければ。
     とは思うものの、頭が重い。暖房も入って室温は十分ある筈なのに、少々肌寒いような気がするのだ。
     万が一自分が病気だったりしたら、他の社員にうつしてしまう可能性も有る。エルーン用のマスクをつけ、どうするか思案する。
     それに気付いた社員が声をかけ、事情を聞いた彼らがル・オーへ受診するように勧め、後の仕事は任せて下さいと笑顔で言ったのが、午後3時のことだった。

    「帰宅、帰宅! ル・オー、大丈夫でいらっしゃるか!?」
     布団に包まっていると、玄関の方から大きな声と物音が響いた。どすどすどす、と下の階の迷惑になりそうなほどの勢いで、ウィルナスがソファに駆け寄ってくる。
    「ル・オー、熱は! 身体は! 具合は!」
    「……心配、いらないのだよ……」
     自分よりよほど顔色を悪くしているウィルナスを安心させようと、ル・オーは声を出したけれど。力の無いそれにウィルナスはますます不安になったようだった。
     きっと彼がエルーンであれば、耳がぺったりと垂れていることだろう。そうなら彼は犬のような耳になるだろうな、などとぼんやり考える。
    「心配は、しないわけがない! ル・オーは鼎の大切な人でいらっしゃるから……」
    「…………」
     仔犬があんまり悲しそうなので、ル・オーは小さな溜息を漏らした。きちんと説明しなければ、この男も納得しないだろう。
    「病院で検査してもらったが、まあ風邪だろうとのことだよ。熱も高すぎるわけでもない。抗生物質だけ飲んであとは休む。熱ぐらいで他に症状は無いけれど、風邪だとしたら君にうつしてはいけない。私はソファで眠るから、君はあまり近付かず寝室で寝るように……、こ、こら、待ち給えよ、」
     話している間に、ウィルナスが布団ごとル・オーを抱え込み、持ち上げてしまう。なんという筋力だろう。いや、しかしこの体勢はいわゆる姫抱きというやつなのでは。違う、そんなことよりも、密着して風邪がうつってしまったら大変だ。
    「は、離し給え、何をしているのだね。うつってはいけないし、」
    「鼎は風邪なんて引いたことはないぞ! ほとんど!」
    「有るのではないかね!」
    「それに、体調が悪いル・オーこそ、ベッドで眠ったほうがいい! 僥倖、僥倖。明日からお互い仕事も休みなのだし、ちゃんと看病しやがるから安心するといいぞ!」
     じたばた暴れたつもりだけれど、きっとウィルナスの力強い腕にしてみれば、もぞもぞぐらいだったのだろう。結局ル・オーはふたりで使っているキングサイズのベッドに優しく降ろされてしまった。
    「看病と言っても、別に大きな病気ではないし、」
    「だとしても、今のル・オーはとても辛そうだ。家事も鼎が全てしておきやがるから、安心して眠るといいぞ! 風邪は栄養の有る食事を摂りながら、温かくして寝るのが一番いいからなあ」
    「いや、しかし、」
    「ル・オー」
     反論しようとするのに、優しく名を呼ばれて頭を撫でられると、どうもいけない。その心地良さにうっとりと目を閉じ、甘えてしまいそうだ。
    「今日くらい、思いっきり甘えやがってくれ」
    「…………」
    「さあ、さあ。目を閉じて、ゆっくり休むのだ。後は鼎に任せて、な」
     任せる、ということが、ル・オーはとても苦手だ。しかし、今は仕方がないのかもしれない。事実、もう閉じた瞼が上がらないのだし。
    「……少しだけ、眠るのだよ……」
     優しく頭を撫でられるのを感じながら、ル・オーは間も無く眠りに落ちた。

     熱い。
     熱いのに、寒い。呼吸が苦しい。頭が痛い。喉も刺されるように痛くて、声が出ない。
     重い瞼を開くと、歪んだ視界に朧げな両親の姿が見えた。
     この子はダメだ。ふたりがそう話し合っている。
     優秀な兄は頭が良くて、スポーツもできて、明るく自分の意見も言える、健康な子だった。けれど下の子はこうだ。テストでは満点が取れないし、運動神経も良くない。大人しすぎて何を考えているかわからないし、こうして時折体を壊す。
     ふたりが心底落胆し、そしてじっとこちらを見下ろしているのだ。
     違う、とル・オーは思う。
     風邪ぐらい、生き物なのだから引いて当たり前だ。そう。生き物なのだから。常に完璧ではいられないし、長所と短所が有るのが普通で。そして、兄にだって短所はあった。自分よりも遅れる者を顧みない冷徹な男だった。
     自分はそうはなりたくなかった。
     やがてふたりは姿を消し、気付くと同じ場所にはウィルナスが立っていた。
    「ウィルナス……」
     弱々しい声で名を呼ぶ。果たして、喉はきちんと音を出せたのだろうか。彼はこちらに背を向けていて、振り向いてはくれない。
    「ウィルナス、ウィルナス……」
     彼はこんな自分を必要としてくれたけれど。本当の自分を知ったら、幻滅してしまったろうか? 賢くも、強くもない私は、ダメな存在だろうか?
     ノロノロと手を伸ばす。聞こえないのなら、せめて触れたい。愛しい男の、声が聞きたい。向日葵のような笑顔が見たい。温かい手に包まれたい――。
    「…………、」
     その時だ。ぎゅう、と抱き締められて、ル・オーはうっとりと目を閉じる。ウィルナスの匂いがする。彼に抱きしめて貰えたのだと理解して、安堵のため息が漏れた。
     ああ、彼は。私がこんなに至らない存在だというのに、それを許してくれるのだ――。
     
     
    「……?」
     背中を撫でられる感覚に、目が覚める。うとうとしながら目の前の温もりに身を寄せていると、ふいに自分の置かれている状況に気付いた。
    「っ、ウィルナス、だから、近付いてはいけないと……」
     ウィルナスの腕に抱かれているのだ。もぞもぞ動いて抜け出そうとするけれど、全く効果が無い。
     胸に埋もれているわけだから、彼の顔だって見えない。ル・オーが「ウィルナス」ともう一度名を呼ぶと、返事をするように頭を撫でられた。
    「しかし、ル・オーは鼎の名を呼びやがっていたぞ」
    「何、」
    「きっと体が辛くて、心細いのだろう。鼎の手をぎゅっと掴んできたから、いてもたってもいられず、こうして抱きやがったのだ。……よしよし、大丈夫。鼎がそばにいらっしゃるからなあ」
    「…………」
     なーでなーで、とばかり、ゆっくりと優しく手が動かされる。まるで犬か猫、あるいは幼子をあやすように。顔が熱いのは、熱のせいなのか、それともこのどうしようもない羞恥のせいなのか。
     思わず、ウィルナスの胸に頬を寄せる。温かい。心から気持ちが安らいでいくのを感じ、安堵の溜息を吐き出した。
     そうだ。体と心は繋がっているから。どちらも不調を訴えたのだろう。昔の夢を見るなんて。しかも、それをウィルナスに置き換えるなんて――。
     そう考えて、また不安がこみあげてくる。馬鹿な考えだとわかっていて、ル・オーは小さく呟いた。
    「ウィルナス……」
    「うん?」
    「君は……私に幻滅はしていないかね?」
    「全く、全く」
     即答されて、ル・オーは顔を上げた。どうにかウィルナスの表情を見ると、それはそれは、心の底から「きょとん」としているようだった。
    「どうしてそんなこと聞きやがる?」
    「それは、……こうして一緒に暮らせば、私の嫌な部分も見えてくるだろう。だから……君が思っていた私と違って、落胆してはいないかと……」
    「杞憂、杞憂! 鼎は、ル・オーと暮らし始めてますます好きになったぞ?」
    「……っ」
     笑顔で断言されては、ル・オーも黙るより他にない。そうかね、と返して会話を終わらせるつもりが、ウィルナスはさらに続けた。
    「ル・オーの暮らしぶりは丁寧できっちりしていなさるから、鼎も見習わねばなあといつも思うのだ。そのくせ食事はインスタントや弁当が多いというから、鼎はそのギャップが愛らしいと思うし、色んなものを作って食べさせたいと感じる。いつも一緒にいられるのは幸せだし、それにいつだってル・オーは可愛いぞ!」
    「わ、わかった、わかったのだよ……」
     触らなくたって、耳がぺたんこになっているのがわかる。目を逸らしていると、「ル・オーは?」と問われた。
    「鼎と暮らして、やっぱり嫌だと思いやがったか?」
    「……まさか」
     ル・オーはウィルナスのように言葉を尽くすことはせず、ただ否定をした。例えば、彼は一緒に暮らしてもいつも嬉しそうにしていて大型犬のように甘えてもくるし、ル・オーの単調な暮らしを乱しもする。しかしそれが不快かと言えばそうではなく、むしろそれが楽しくも有り――。
     つまるところ、ふたりはどうしようもなく相思相愛のままなのだ。
    「……君とこうしていられることは、幸せなことだと思っているのだよ」
    「鼎もだ!」
     ウィルナスがまた満面の笑みを浮かべ、そして抱きしめてくる。その苦しさ、暑さがしかし落ち着く。ウィルナスはこんな自分を受け入れてくれるし、それがいいと言ってくれる。
     過去のことなど、どこか小さな箱にでも入れて暗い場所にしまっておければいいのに。それが上手くいかないのだけれど、きっとそれさえこの男は受け容れてくれるような気もした。
     けれど、今はまだ、その時ではない。
     すり、と額を寄せて甘える。
     今日ぐらい。あの頃の自分にできなかったことをしてもいいような気がしたのだ。
     

     なお、本当にウィルナスは風邪を引かなかったものだから、ル・オーは首を傾げることになったという。
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