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    こあ(誤字確認)

    メイドインアビスと呪術にどハマリ中です。

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    POIPOI 156

    保育士スッラシリーズ⑨
    現パロスラウォル全年齢。全然関係ないところで対決する(?)エアとエンタングル(?)。今回スラとウォルはあまり出ません。

    エアVSエンタングル621は引っ越しにあたり、持っていく物を選んでいた。
    ラスティと見つけたかっこいい棒、イグアスと磨いたきれいな石、チャテイとダンボールで作った1/56スケール超精密なタンク型ロボット。今回は持っていく物が多くて大変だ。しかし621は嬉しかった。今ままでも引っ越しを繰り返していたが、友達と呼べる者はおらず、こんな風に思い出にひたることはなかったからだ。大事な物はクッキーの空缶に入れて、カレンダーを見て日付を数える。
    【もうすぐ引っ越しですね。ところで私も連れて行ってくれませんか? この星に知人いなくて色々困っているんです】
    621は少し考えてエアを見る。エアは少し前に溝で猫に襲われているところから拾った地球外生命体(自称)だ。見かけはゴルフボール位で紅くて光っており、時々パチパチしている。声は直接頭の中に送られてくる。しかもこのエアはウォルターや他の姉兄達には見えていない。どうやら認知には条件があり、それをクリアしたのは自分と、なぜかスッラだけ。頼る人がいないのは大変な事だと621は思い、それ以降自分の部屋を居場所として提供している訳だが…。それについて最近621は悩んでいた。
    エアは食べ歩きガイドマップを読みながら、ポテトチップスを表現しがたい方法で食べている。もう三袋目だ。
    【? どうしました? レイヴン? そんなに私を見て?】
    「…あのさ、エア、ちょっと言いにくいんだけど…」
    【なら言わなくて結構ですよ。ところでお昼寝したくなったのでレイヴンのポケットに入れてくれませんか? あの柔軟剤の香りを嗅ぐといつもの三倍よく眠れて最高なんです】 
    エアは621のズボンのポッケめがけて飛んだが、621はさっと避けた。
    【レイヴン、避けないでください。そういう遊びですか?】
    「…遊びじゃないよ。その、ポッケにはもう入らないでほしいんだ」
    【………なぜ??? いじめ、ですか???】
    「いや、そうじゃなくて…」
    エアと621は距離を取りながら部屋をぐるぐる回る。621は諦めたように口を開いた。
    「エア、太ったよね…。その、すごく重いからポケットに入られると歩くの大変で困るんだ…」
    しばらく沈黙 が続いた。
    【…体重増加? 私が?】
    「うん。見た目は変わらないけど、最初の日と比べたらものすごく重い」
    エアはここ最近の食生活を思い返す。確かに、自分が認知されない事をいい事に、町の飲食店に繰り出してはつまみ食いしまくっていた。唐揚げ、コロッケ、鯛焼き、たこ焼き、菓子パン、おまんじゅう等、沢山並べて販売しているのを狙って、わからないように少量づつ。それから621からおやつをもらい、日中も夜間も寝ている間以外は毎日食べていた。確かにカロリーは摂取していたかもしれない。しかしそれはあくまでこの星の現住生物に換算した値であって、地球外生命体の自分とは同じ物差しでは計れないはずだ。
    エアはそんな事はないと言いはったので、621は体重計を持ってきて、エアに乗るように指示した。エアは仕方なく体重計に乗る。すると、最大重量の数字を叩き出したまま、体重計は壊れてしまった。再び沈黙が漂う。
    【レイヴン、なんですか、その顔は…。わ、わかりました。事実はひとまず受け入れましょう。ようは容量を減らす。簡単ですよ。ね? 軽くなればいいのですから】
    エアは体重計から浮いて、ヨタヨタと浮かぶ。
    【では、しばらくダイエットの為外出してきますね。終わったら帰ってきますので、窓は少し開けていて下さい】
    赤い光は621に見守られながら、ゆっくりと窓から飛んでいった。

    ◆◆◆◆◆

    スタイルの良い女性が髪を靡かせながら空港から出てきた。そして近くに留まっていたタクシーに乗り込む。ドライバーは美人が乗り込んできたので驚いた。
    「この町唯一の保育園までお願い」
    「…お姉さん、ガキがいるようには見えねぇけど」
    「そこの保育士に用事があるの。いいから早く出して」
    「…チッ。あそこには用事があっても行きたくねえんだよ。それよりももっといいところ連れってやるよ。フリータイムが安いホテルとかどうだい?」
    ドライバーは下品な笑い声を上げる。女性は首のスカーフを取ると、鮮やかな手つきでドライバーの首を締め上げて気絶させ、助手席から降ろして代わりに自分が乗り込む。ナビゲーションに保育園の住所を入力して、目的地にセッティングした。
    「待ってなさい、スッラ。捕まえてやるわ」
    女性は窓を全開にしてタクシーを走らせる。赤と白と黒の三色に染めた髪を靡かせながら。

    ◆◆◆◆◆

    今日は保育園は休みだ。
    園長室兼生活空間にて、スッラは何やら神妙な表情でスマホをいじっている。画面にはマッチングアプリで釣った男に金を振り込んでもらおうと言いくるめている最中だった。
    不況による勤め先の突然のクビ宣言で収入は絶たれ、明日食べていくのも難しい。でも自分には夢があって、田舎の病気がちな親をいい病院に連れて行きたい。贅沢な事は言わない。必ず返すから、少しお金を貸して欲しい。
    そんな感じの文面と、女友達の顔が写っていない際どい写真を添付して送った。
    するとすぐに色良い返事が返ってきた。ネットで銀行残高を確認すると、希望の額が振り込まれていた。
    なんと楽な仕事だろうとスッラは思った。これなら借金返済出来る日もそう遠くはなさそうだ。
    そう思っていると、相手から今度はデートしたいとチャットが入ってきた。スッラは考える。適当にあしらって金をむしり取り続けるか、女の恋人の振りして会いに行って慰謝料とかなんとか言って金を巻き上げるか。どちらでもいいが、判断に迷うところだ。スッラが一生懸命計算をしていると、突然園長室の来客用のドアがガチャガチャと鳴る。鍵をしてあるから簡単には入れない。スッラは事前にアポイントがない限りは鍵をかけてシカトを決め込むようにしている。どうせ得体のしれない営業か、苦情か。どっちにしろ相手するのは時間の無駄だ。更にスッラはシカトしていると、突然ドアが爆発して壊された。よくわからないが敵襲だ。心当たりは、あり過ぎる。スッラは保育用のエプロンを脱ぎ捨て、机の引き出しにあるリボルバーを取り出しドアの方向に狙いを定める。
    「あら、動きはそんなに悪くないみたいね」
    女の声だった。しかも聞き覚えがある声だ。爆煙が落ち着くと、見知った姿が現れた。赤、黒、白の三色に染まった髪。大きい胸にくびれた腰に長い足。
    「エンタングル!?」
    「そうよ、久しぶりね」
    エンタングル、と呼ばれた女性は瓦礫を避けながら歩いて来た。
    「…部屋は勿論弁償してくれるんだろうな? 利子付きで」
    「お釣りがつくほどいい話をもってきたの。というか、見つけるのに苦労したわ。あんたがこんなしけた町でしけた仕事してるなんて夢にも思わなかったから」
    エンタングルはスッラに書類を投げつけると半壊した園長室を見渡した。
    エンタングルはかつてスッラと同じ部隊に所属していた。更に個人的に深い関係にもなったが、浮気性のスッラに愛想をつかしてエンタングルの方から離れていった。数年前、理由は不明だが部隊を辞めたと聞いて、それからずっと探していたが消息は掴めない。諦めようとした時、たまたま入ったコーヒー店のバイトらしいウェイトレスの雜談が聞こえた。

    ウチのおじいちゃんが住んでるとこ、変な保育園があるの。元は刑務所だったみたいでね、そこに目茶苦茶強い白い髪で蛇みたいな男の人が園長してるんだって。でもその人、赤い光に取り付かれているから関わるなって。まあ、おじいちゃんボケてるからどこまで本当かわからないんだけど。

    ピンときたエンタングルはすぐにその町に向かった。保育園は一箇所しかないからすぐにわかった。そして、本当にスッラはいた。
    スッラは書類を読み終わると、ゴミ箱に捨ててライターで火をつけて燃やした。
    「これが私の返事だ。おまえの仕事のパートナーになるつもりはない」
    「馬鹿? あたしと仕事すれば借金なんてすぐ返せるわよ。保育士なんて何よりもあんたに向いてない」
    「何様のつもりだ? なぜ関係ないお前が私の仕事の向き不向きを判断する? 私は、私の事は私自身で決める。さっさと帰れ。目障りだ」
    スッラは椅子に座るとスマホをいじりだした。しかしエンタングルは帰らない。
    「勝負をしましょう。それで負けたら、大人しく帰ってあげる」
    「いいだろう。しかしお前に私より優れた何かがあったかな?」
    エンタングルは革のジャケットを脱ぎ、体にフィットしているシャツを脱ぐ。黒いブラジャーに覆われた、たわわな乳房が豪快に揺れた。胸元には昔と変わらない三匹の蛇のタトゥーが彫られている。
    「先にイった方が負け。どう?」
    「乗った」
    スッラは指を鳴らすと、すぐに瓦礫を片付け、ベットの埃を払う。早速ベルトを外そうと頭を少し下に傾けると、うなじにチクリとした感触が。冷たい液体が針を伝って体の中に入ってきた。しまった、とスッラは思ったが、時既に遅し。強烈な眠気がスッラを襲い、あっという間に意識がなくなった。エンタングルは注射器をしまい、スッラをベットに寝かせると、確認の為にニ、三発ほど強烈なビンタを食らわせたが、起きる気配はなかった。
    「スケベほど憐れな生き物はいないわ。さて…」
    エンタングルは写真を一枚取り出した。その写真には一人の美しい年を取った男が写っていた。
    「これがスッラが執着している園児の保護者…」
    エンタングルは事前にスッラの周辺調査もしてある。スッラはこの年を取った男のストーカーをしているとかなんとか。
    たしかに男にも女にも見境がなかったが、まさか相手がこんな枯れた男だとは思っていなかった。
    「確かに顔も雰囲気もいい。でも、何よ、あたしの方が若いし柔らかいし、セックスだって最高。それに恋人だったのよ…」
    エンタングルは写真を握りつぶす。スッラを自分の元に連れ戻すために、この執着している対象を消す。
    「それにはまず、先立つものが必要ね。金と武器。早速準備しなきゃ」
    エンタングルは乳房を揺らしながら走り出した。

    ◆◆◆◆◆

    ヨロヨロフワフワしながら飛んでいたエアは、町の路地裏に着陸した。周りに誰もいない事を確認してから、人には聞き取れない呪文を唱える。すると姿が変わり、エアは人間の女の子に変身した。赤いワンピースに白い肌。体型はけっこうぽっちゃりだ。
    【よし、こんなもんでしょう】
    人間の食べ物で容量が増えたのならば、人間のやり方、すなわちダイエットで容量を減らす。それにはまず人間に変身したエアだった。路地裏から表通りに出たエアは、ダイエットの情報収集するために町に繰り出す。
    【…変身したらお腹が空きましたね…】
    するとエアは可愛らしいケーキ屋さんを発見する。いつもはコソコソとつまみ食いしかできないが、この人間フォームなら堂々と飲食出来る。しかしそれにはまずお金が必要である事をエアは知っていた。なのですぐ近くの銀行のATMにむかい、コーラルパワーで不正アクセスすると、一番貯蓄がある口座(名義スネイル)から少しお金を引き出した。札束をゲットした途端、コーラルパワーの影響で銀行のシステムがハチャメチャになり大騒ぎとなった。すぐ後に並んでいた三色に髪を染めたお姉さんが発狂していたが、エアは知らんぷりしてケーキ屋さんに入る。
    ケーキ屋さんに入ったエアは、一度言ってみたかった台詞を気合を込めて言った。
    【このケースの、右端から左端までのケーキ、全部ください。イートインで】
    ちなみに今のエアはダイエットの事はすっかり忘れている。食欲というのは種や銀河の垣根を超えても普遍的な本能なのだ。
    ケーキ屋さんの一角が、急にフードファイト会場になってしまった。複数のテーブルを合わせて、店のケーキ全種が並べられる。店員も店長も、他の客も心配そうに眺めていた。
    【食に感謝を。いただきます】
    エアはまずホールのチョコレートケーキから食べ始めた。ペロリとたいらげると、今度ははチーズケーキ、ショートケーキ、フルーツタルト、ロールケーキ…ペースを崩さすきれい食べる。心配そうに見ていたギャラリーはやがて歓声を送るようになり、写真や動画を取り始めた。店長と店員はそれに乗っかる。
    「これはもしかして、ペイターくん…」
    「バズれそうですね、ホーキンス店長」
    店員はすぐに動画を取り、編集してサイトにあげた。後にミリオン再生を達成したこのケーキ屋さんは、街で一番の有名店になり大盛況する事となる。
    それは置いといて、腹ごしらえしたエアは本屋さんに行って筋トレやダイエット本を買って公園で読んだ。
    【ふ〜ん。けっこう地味ですね。もっとこう、派手にパッとできませんか。忙しいこの時代、時短ダイエットとか】
    活字は、エアに有益な情報ではなく程よい眠気を与えた。エアは公園のベンチでいつの間にかお昼寝していた。

    ◆◆◆◆

    エンタングルは焦っていた。事前に軍資金を送金していた銀行が突然システムエラーを起こして利用できなくなってしまったからだ。何か別のルートで調整しなければならない。エンタングルは近くの公園のベンチに座り、ノートパソコンを開く。遠方の仲間や部下に通信で呼びかけてなんとか工面しようと考えた。メールを一通り送り、衛星電話で連絡を取り、後は返事を待つだけだ。エンタングルは公園の池を泳いでいる鴨の親子をぼんやりと眺めた。あの鴨の親子みたいにシンプルに暮らしていけたら、とエンタングルは思った。エンタングルは生まれた時から戦場にいた。その技術を買われ軍に入隊し、スッラに出会い、男を知り、自分が女である事も知った。爆撃が轟く戦場で、瓦礫の中で獣のように繋がった夜を、エンタングルは今だに忘れられない。死と隣り合わせに生きていた自分達の命は最高に美しくて輝いていた。それなのに今は日和った生活に、借金だらけで地味で見栄えの悪い仕事に就いていたスッラはすっかりくたびれていた。上下ジャージで足はサンダルでエプロン着ているスッラなんて見たくなかった。それでも彼に会った時に嬉しいと思ったのは、やはり今でも好きなのだ。エンタングルは池の淵に立った。 
    もっと素直になった方がいいのかしら。
    池に映る自分の顔をエンタングルはぼんやりながめていた。すと、突然とんでもない地響きが鳴り、水面に映った顔がぐじゃぐじゃになって、エンタングルは宙に浮いていた。こんな時になぜ地震?とエンタングルが思った時には、彼女は池に落ちていた。エンタングルが持っていたノートパソコンとスマホは、水没の為に壊れた。エンタングルはまた発狂した。

    ◆◆◆◆◆

    お昼寝しながらエアは夢を見ていた。
    そこは自分の故郷、惑星コーラル。
    エアは両親に見守られ、コーラル人が成人するために必要な修行の旅に出かける準備をしている。
    エアパパ【エア、立派なコーラリアンになるために頑張れ。パパは応援しているから】
    エアママ【もう、パパったら泣いちゃって。エアは立派な女の子ですよ。少し寂しくなるけど、別の太陽系はけっこう面白いから大丈夫ですよ。特に食べ物がおいしいから楽しんでおいで】
    こうしてエアは旅に出た。途中見つけた惑星、地球。青い水がおいしそう。雲もフワフワで甘そう。そう思っていると大気圏に突入し、気付けば重力から抜け出せないほど下降していた。エアは焦った。でも【まあ、いいですか】と開き直ってそのまま地球のとある町に落下する。
    そこでエアは女性の叫び声で目が覚めた。ベンチで寝ていたのに、いつの間にか寝返りで地面に落ちていたのだ。自分が落ちた場所がクレーターになっていた。
    【あ! うたた寝で緊張が解かれて、圧縮軽量化していた質量をそのまま放出しちゃいました。いっけなーい。でもちょっとした地震程度なら大丈夫ですよね、きっと。地球は逞しいから】
    エアは、さも「関係ありませんよ」といった雰囲気でクレーターから這い上がると、本を持って歩き出した。

    ◆◆◆◆◆

    仕事の関係者との打ち合わせが予定よりも早く終わったウォルターは、タクシーを拾うか歩いて帰るか迷ったが、少し歩く事にした。もうすぐこの町から引っ越すので、少しでも景色を目に焼け付けようと思ったからだ。休日とはいえ微妙な時間帯だったので人通りは少ない。ウォルターはゆったりと歩く。途中、公園を通り、まっすぐな歩道を歩けば、子供たちが待つ我が家に着く。そのウォルターの後方に、通行人を一人挟み、更にその後に偶然彼を見つけたエンタングルが控えていた。金も武器も情報もなくなった今、エンタングルは身一つでウォルターを仕留めなければならない。たが、相手は杖をついた妙齢の男性。元軍人のエンタングルからすれば、年寄なんて相手にもならない。エンタングルはスカーフを手に巻き付ける。後ろから首を絞めて一瞬で落として、重しを付けて公園の池に沈める。だが、眼の前の通行人の赤いワンピースの女の子が邪魔だ。あの女の子が別の方向に曲がった瞬間が、自分が動き出す合図。今はその時を我慢して待つ。どうせ一瞬で終わるのだから。

    ◆◆◆◆◆

    公園から出たエアは偶然ウォルターを見つけた。
    【あの方はレイヴンのお父さん! 奇遇です】
    エアはウォルターに言いたい事がたくさんあった。
    柔軟剤の趣味がいいですね。お陰でよく眠れます。お料理やお菓子作りもお上手ですね。いつもお世話になっています。自分はドーナツやホットケーキ、粉物系が好物なのでまたよろしくお願いします。この前レイヴンから分けてもらったカレーも美味しかったですよ。ハンドラー家はカレーのお肉は牛肉なのですね。豚や鶏をディスるつもりはありませんが、牛はやはり特別感があります。豪華で助かりました。…などなど。
    エアはウォルターに駆け寄ろうとしたが、そこで気づいて止まった。
    【そういえば、私はレイヴン(とスッラ)にしか認知されてなかったのでした。この人間フォームは今回が初めてですし、このままいけばトンチキな事を言う変質者になってしまうところでした…。危ない危ない、逃げましょう】
    エアは急ターンを決めて、ウォルターと逆方向に走り出す。すると眼の前に髪を三色に染めたお姉さんが驚いた顔で構えていた。エアは急には止まれない。そのまま二人はぶつかった。
    エアは変身してぽっちゃりした女の子の姿をしているが、その中には相当な質量を圧縮して抱えている。つまり、とっても重くて頑丈なのだ。もしそんなのとぶつかってしまったら。エンタングルは跳ね飛ばされ、道路の向こう側に飛ばされてしまった。そのまま河川敷まで飛ばされて、転がり、川に落ちて流されてしまった。
    【あわわ、人間を轢いてしまいました…。し、知ーらない、エア、知りませーん】
    エアはそのまま走り去ってしまった。

    ◆◆◆◆

    川から自力で脱出したエンタングルは、川辺で焚き火をして濡れた自身を乾かしていた。寒い時期でなくて助かったとエンタングルは思ったが、落ち着くにつれて自分が情けなくなってきた。
    「…あたしが何をしたというの? ただ犯罪者集団を立ち上げて、スッラをスカウトして、よりを戻して、稼いだ金で男を侍らせながら静かに余生を過ごそうとしただけなのに…」
    口座も端末も駄目にしてしまったエンタングルには、もう何もなかった。ここでホームレスでもするか…と考えていると、さっきぶつかった女の子が申し訳なさそうに立っていた。
    「あら? どうしたの?」
    エアはもじもじしている。一旦は現場から逃げたが、罪悪感に悩まされて戻ってきたのだ。
    【その、さっきぶつかってしまってすいません】
    「…もう、別にいいわよ。なんであんなに飛ばされたのかは不思議だけど。それはあんたのせいじゃないわ」
    エンタングルは悲しそうに溜息をつく。
    【お姉さん、悲しそうですね】
    「ええ、予定していた計画が全部駄目になってしまったの。頼れる人もいなくて、それに仕事道具も壊れちゃって、誰にも繋がれなくなって。一人ぼっちよ」
    エアはエンタングルに同情した。一人の辛さはよく分かる。エアも621に拾ってもらう前は一人だったから。エアはエンタングルに何かしてあげたいと思った。
    「これさえ直ったら何とかなるんだけど」
    エンタングルは壊れたノートパソコンを取り出す。
    【ちょっとみせてください。…もう大丈夫ですよ】
    エアはコーラルパワーでノートパソコンを直した。
    「そりゃどうも…。ってほんとに直ってる!?」
    【えっと、なんか、叩いたら、直りました…?】
    エンタングルはメールチェックして、口座の残高も確認した。物資は十分用意されていた。これなら簡単に暗殺できそうと思ったが、急に疲れが出てきた。夕日が瞼にささった。戦争がない土地で見る夕日は、初めてのような気がした。
    「…なんか、どうでもよくなったかな…」
    【? お気に召しませんでしたか?】
    「いいえ、直してくれてありがとう。そうだ、お礼にご飯奢ってあげる。あたし今お金がたくさんあるから」
    【え? いいんですか? 嬉しいです。行きたいとこがあるんです!】
    そうしてエンタングルとエアは夜の繁華街に向かう。その日の夜、赤いワンピースの女の子が町の飲食店の殆どを食べ尽くしたとか何とか。その傍らに泣いて「もう食べないで」とせがむ髪を三色に染めた女性がいたとか。

    ◆◆◆◆◆

    口座のお金はエアの飲食費に使われてしまったので、町に滞在できなくなったエンタングルは自分のアジトに帰るしかなくなった。空港にはエアが見送りに来てくれた。
    「あんた、すごい(フード)ファイターになるわよ…」
    【? まあ精進します(意味わかってない)】
    二人は搭乗口で握手した。
    「なんだかんだで楽しかったわ。それじゃあね」
    【また来て奢ってくださいね!(ニッコリ)】
    エンタングルは顔を引きつらせながら飛行機に乗った。流れ行く雲を見ながらエンタングルは思った。こどもと関わるのも案外楽しいかもしれない。
    「保育士、ちょっと調べてみるか」
    エンタングルの独り言は、飛行機のエンジン音にかき消され溶けていった。

    ちなみにエアの体重は、人間フォームが思いの外エネルギー消費をするようで、エンタングルと遊んでいる間に適正体重に戻っていた。エアは、こうしてまた平々凡々な(?)日々を621と送れることになった。
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