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    いのり

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    いのり

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    【天陸】響き渡る箱の中

    ※支部からの再掲

    #天陸
    tianlu

    【天陸】響き渡る箱の中自分の弟がスポットライトの光とファンからの歓声を同時に受ける。
    とても輝くそれはまるで夜空を照らす星のようで。つい何ヶ月か前までは想像もしてなかった光景が目の前に広がる。小さい頃はいつも白い箱の中に閉じ込められていて僕とは違ってできないことの方が多かった。どうして双子なのに、陸ばかり。そう思った日々は数え切れないほどある。僕が外で楽しそうに走り回ればそれが出来ない陸のことを可哀想だという人もいた。僕が学校で友達を作って勉強をすればそれが出来ない陸との間に少しの寂しさもあった。陸がいればきっと楽しいのに。どうして僕の隣に陸は居ないんだ。どれだけ神に祈っても陸は僕の隣に居なかった。だから僕は自らの意思で陸の元へ寄り添った。


    久しぶりに思い出した。
    そう素直に思えるのは今の陸にその面影がほとんど薄れているから。目の前でスポットライトを浴びる陸は昔僕が陸にしたように誰かのために歌って踊ってる。あれだけ何度もやめろと静止したのに陸は自ら意思でそこに立っていた。しかしその表情はどこか朧げだ。
    「(…また、無理して…)」
    顔色が優れない。
    一言で言えばそんな所だろう。その中には起爆寸前の爆弾がいくつも眠ってる。今すぐ止めて欲しいと願うも、生放送の音楽番組でそれは通用しない。
    ステージの袖で願う。陸が倒れませんように、どうか無事に歌いきれますようにと。

    1番最初に陸の不調に気づいた時、既に生放送の収録が始まっていた。今日はとことんついてなくて生放送のひとつ前の仕事が大幅に押してしまった。そのせいでギリギリリハーサルは出来ても、楽屋に挨拶回りなんて到底出来なかった。だからはじめて陸を見たのは、生放送の収録の最初の挨拶が終わり設置されてたひな壇に移動する時。横目でちらりと見た陸はとても真っ青な顔をしていた。
    すぐさま陸に声をかけようとしたが、生放送の番組ではいつカメラを向けられているのか分からない。僕は陸を呼ぶ声を押し殺してただ見つめることしか出来なかった。

    「陸くんは最近、メンバーの誰かと出かけたりした?」
    司会のアナウンサーが陸に問いかける。
    しかし当の陸は余程辛いのかアナウンサーからの問に対して少しの間を空ける。
    そんな陸を僕は陸の斜め後ろから見つめていた。
    「あっ、えっと…」
    すぐに思い当たる節が無いのか、思い出すことさえも億劫なのか陸は冷や汗をかいて焦り出した。
    「先日、七瀬さんと2人で買い物に行きましたよ。授業で使うものを買いに行こうとしたら一緒に行くと駄々をこねました」
    すかさず和泉一織がフォローに入る。
    その一言でスタジオ内は少しの笑いに包まれる。和泉一織がマイクに音が入らないように陸に「大丈夫ですか」と囁いた。和泉一織の問に対して陸は何も言わずにゆっくりと微笑む。とても辛そうな笑顔だった。小さい頃によく見た無理をして笑う陸の顔。寂しくても辛くても、苦しくても。陸は僕にそうやって笑って見せた。大丈夫だよ、と酷く美しく笑う陸の笑顔が、脳裏に浮かぶ。
    「へぇーそうなんだー!他のメンバーは?誰かと遊んだーとかある?」
    更に質問を投げかけるアナウンサーに和泉三月が声を出す。
    「あ!俺はこの前、大和さんと八乙女と飲みに行きました!」
    ここで話題はIDOLiSH7とTRIGGERの話になる。八乙女社長が一番嫌う「馴れ合い」だった。
    「あー、いつの時だ?先週?先々週?」
    二階堂大和が話を更に繋げようと会話の流れに入る。1グループ当たりのトークの持ち時間を考えれば今日の共演者の中で1番メンバーの多いIDOLiSH7にはそれなりに多くのトーク時間が与えられていた。下手に時間を余してセンターである陸に話を振られるよりは少し時間が足りなくなるんじゃないかくらいが丁度いい。まるでその事を分かっていたと言わんばかりに二階堂大和は後ろにいる僕の目を少しだけ見た。
    「先々週なら俺も龍もいたじゃねーか」
    「その時は僕もいましたね」
    二階堂大和の話に楽も逢坂壮五も混じる。スタジオはIDOLiSH7とTRIGGERの仲がいい話と成人組の飲みの話で盛り上がり始めていた。大抵飲みの話になると未成年組は話題を振られない。四葉環が小声で「あの時…そーちゃん兄貴たちと飲んでたのか…」と漏らしていた以外、僕達にカメラが当たることは無かった。それで少しでも、陸の気が休まるのなら。早く収録を終わらせて陸を休ませて欲しいという願いは生放送では通用しない。時間が決められてしまっているから。なら少しでも陸にカメラが向けられないように。多分僕も、IDOLiSH7のみんなもその事でいっぱいだったと思う。それでもIDOLiSH7のみんなが平静を保てているのは、メンバーの意識が変わったのか、この現状に慣れているからなのか。どちらに転んでも陸が辛い思いをしていることに変わりはない。とても心が苦しかった。
    「それじゃあ、IDOLiSH7の皆さんスタンバイお願いします!」
    アナウンサーの一声でIDOLiSH7のメンバーが立ち上がりぞろぞろとステージに向かっていく。陸はとえいば和泉一織に背中を支えられている。和泉一織がカメラ側に立つことで陸の横顔が僕の目の前を通る。陸の真っ青なその顔を見た瞬間、意地でもこの収録を止めさせようという気持ちが大きくなった。いつ倒れてもおかしくない、もしかしたら歌ってる最中に…。考えるだけで心臓がバクバクして、呼吸が荒くなる。そして無意識に立ち上がろうとした。しかし、楽によってひな壇に押さえつけられた左手が立ち上がることを阻止した。
    「気持ちはわかるが我慢しろ。生放送中だ」
    どうやら楽も陸の違和感に気づいたらしい。気づいた上で僕を止める。
    楽によってほんの少しだけ浮いたお尻をひな壇に戻すと僕は楽を思い切り睨みつけた。楽の先に居る共演者が僕の顔を見て怯えているがそんなことどうでもよかった。すると僕の後ろから、龍の優しい声が僕の耳元に響く。
    「天、信じよう。陸くんのこと。大丈夫。」
    全てを包み込むような龍の声に強ばっていた顔も少しずつ薄れていく。
    「…ごめん…、動揺してた…」
    ほんの少しだけ気持ちが落ち着いて龍にそう言えば彼はにっこりと微笑む。僕の後ろで楽が「俺には謝んねーのかよ」と不貞腐れていると、ステージの方の準備が出来たのかアナウンサーが曲の紹介をする。
    まだ光を灯さないスポットライトの下に、陸がいる。暗くて表情は見えないが今も辛い気持ちを押し殺しているんだろう。どうして陸ばかり。幼い頃に何度も思った感情が蘇ってくる。
    「…陸…」
    それでも陸はやっぱりアイドルだった。
    走れなかったあの頃とは違う。
    大歓声の中に陸が埋もれていく。
    まるでファンの歓声を受けて辛うじて動いているようだった。
    陸の調子が悪い分は他のメンバーが補っていく。陸も精一杯、自分の歌を歌っていた。
    心の中で何度も陸の名前を呼びながら膝の上で手を組み祈る。いくら大人になったとはいえ僕は無力だ。ただこうして、祈ることしか出来なのだ。あの頃と同じように、居ないはずの神に祈っていた。まだ、あの子をどこにも連れていかないでと。

    無事にステージの上で歌いきった陸と入れ替わるような形で僕達は袖を通ってステージへと向かっていた。その足取りはどこか早い。それを分かっていて楽と龍は付いてきてくれる。とても頼もしい仲間が、隣にいる。
    トークをしていたスタジオからパフォーマンスをするステージまではそう遠くない。しかし何故かとても遠く感じた。まだ陸の歌声が微かに聞こえる。それだけで安心してしまう。まるで小さい頃、陸の心音を聞いて安心していた時のようだった。
    IDOLiSH7が歌って、他のアイドルがトークで繋ぐ。トリは僕たちTRIGGER。特に最後の挨拶も無いから、自分の出番が終わったら真っ先に陸のいるIDOLiSH7の楽屋に行く。頭の中でこの後の予定をしっかり立てるとようやくステージが見えてきた。曲は丁度アウトロに入ったところ。陸は本当にいつ爆発してもおかしくない身体を抱えて、歌いきったのだ。嬉しいような寂しいような、それでいてもやっぱり一番にくるのは心配だった。歌がフェードアウトして、スポットライトの灯が静かに消える。他のメンバーの間からきちんと陸の後ろ姿を確認すると、安心して少しだけ笑えた。
    しかし次の瞬間、陸の身体は燃料が切れたロボットのように倒れていく。つぅーっと背筋が凍った。「七瀬さんっ!」と必死に和泉一織が陸の名前を叫ぶ。
    「…っ陸!!!」
    和泉一織に続くかのように僕も陸の名前を叫ぶ。ファンやスタッフが居ることも忘れて、無心で陸に駆け寄った。
    「…っ陸!陸っ!」
    ステージの中央でぐったりと倒れる陸の肩を摩っても起きる気配は全くない。
    真っ青な顔で荒い息を吐いて、陸は今にも消えてしまいそうなほど脆かった。
    「…っ救急車っ!誰か早くっ!陸がっ…!」
    早くしないと死んでしまう。確信もない思いが勝って平静を保て無くなっていた。これほどまでに自分の無力さを呪ったことは無い。我を失って陸にすがり付いていると二階堂大和が僕の肩を掴んだ。
    「…っ落ち着け九条、救急車は呼んだから、今は収録にっ…」
    「そんなこと言ってる場合じゃない無いだろっ!」
    ばっと二階堂大和の手を跳ね除けた。その行動に楽や龍はもちろんIDOLiSH7のメンバーや遠目で見ているファンやスタッフも驚いている。しかし、そんなこと今の僕にはどうでもよかった。
    すると楽がゆっくりと僕の方に近づいてきた。僕の前まで来ると素早く床に膝を付き、僕の両肩を楽の大きな手が置かれた。
    「…お前は、九条天だろ」
    「…は、どういうこと…」
    「お前は『TRIGGERの九条天』だろ」
    楽の言葉にハッとする。
    そうだ、僕は今『TRIGGERの九条天』なんだ。全てにおいて完璧出いなければいけない。動揺しては行いけないんだ。
    「…今、俺たちがやらなきゃいけない事は歌うことだ。七瀬のことはあいつらに任せて今は目の前の事に集中しろ」
    楽の手が僕の肩から静かに離れる。それと同時に僕は楽の肩に顔を埋めた。
    「…ごめん、楽…」
    消えそうな声でそう呟けば楽は優しく僕の頭を撫でた。
    「…さぁ楽、天も。もうすぐ俺たちの出番だ」
    龍が僕と楽の所に駆け寄って僕の背中を静かに摩る。泣きそうになるのを必死に押さえれば救急車が到着したのか救急隊員の人が入ってきた。陸が担架に乗せられていく。和泉一織が救急隊員に陸の持病の事を説明している。楽の肩からおでこを離せば、歪んだ顔でその先を見つめる。
    すると救急隊員と話し終えた和泉一織が真っ直ぐと僕を見つめていた。
    「…後であなたの携帯に連絡を入れておくので、ちゃっちゃと済ませて来てください」
    七瀬さんが、あなたを待ってます。
    その一言が胸に響く。

    誰かのために歌っていた歌が、無意識に陸のためになっていた。
    誰かの胸に響けばいいと願っていた歌は、陸の胸に響いていた。

    僕は『TRIGGERの九条天』だ。
    これが終わったら、いつもの九条天に戻ろう。たった1人の、陸のお兄ちゃんに。

    今度は、僕がスポットライトを浴びる番。




    「…楽っ龍っ!あとの事はお願いっ!」
    自分のステージが終わり楽と龍に向かってそう叫べば、「後で行くから、よろしく」と声をかけられた。衣装もそのままに、着てきたジャケットを羽織りカバンを持ってタクシーに乗り込んだ。和泉一織からきたラビチャを確認し、運転手に行き先を伝える。手短に書いてある陸の様態を1通り読んで既読をつければ返信はしなかった。そんな事を考える余裕もなかったのだ。
    病院に着き雑に料金を払うと無我夢中で陸のいる病室に向かう。
    懐かしい感覚だった。
    学校の帰り道、陸に会いたくてわくわくしてた。でもそれと同時に、陸が居なくなってしまってないか不安になって。そんな気持ちがせめぎ合っていた、あの頃の感覚。
    「…っ陸!!!」
    少し乱暴に扉を開ければ、IDOLiSH7のメンバーが陸のいるベッドの周りに集まっていた。パイプ椅子に座っている六弥ナギと四葉環がその瞳に涙を浮かべながらベッドで眠る陸の手を握りしめていた。逢坂壮五も和泉三月に寄り添って溢れ出そうな涙を必死に抑えてる。二階堂大和と和泉一織は、メンバーを1歩後ろから見つめていた。
    「…九条さん…」
    和泉一織が僕の名前を呼ぶ。するとそれを合図に先程までパイプ椅子にいた六弥ナギと四葉環が和泉三月と逢坂壮五に連れられ、その場を離れていく。二階堂大和や他のメンバーも僕の横をすり抜ける。和泉一織も僕の視界から消えた。すると扉の向こう、僕の後ろから和泉一織が小さく「七瀬さんが起きたら連絡してください。」と呟いた。それにこくりと頷くとぱたりと扉が閉まる。
    僕は未だに起きない陸の元へ駆け寄った。
    呼吸器を付け、腕からは細い管が伸びている。静かに耳を澄ますと聞こえてくる陸の心音に酷く安心した。
    「…陸…」
    パイプ椅子をベッドの傍まで持っていき、点滴が繋がれてない方の陸の手を両手で包み込む。
    自分のおでこをその手の方まで持っていくと、今まで我慢していた涙が次々と溢れ出してきてベッドを濡らす。
    「…お願いだから…もうっ…無理はしないでっ…」
    自ら寿命が縮むことはしないで欲しい。お願いだから自分を大切にして。これ以上多くは望まない。だから、どうか目を覚まして。
    溢れる言葉は心配よりも願いの方が多かった。
    力ない陸の手をぎゅっと握る。
    すると僅かだが陸が僕の手を握り返しているような気がした。
    ハッとして手からおでこを離し陸の顔を見ると、陸は薄らと目を開けていた。
    「…っ陸!!!」
    今日1日で何度名前を呼んだのだろう。大切で、大好きで、愛おしいその名を呼べば陸はぱちぱちと瞬きをして僕をじっと見つめてる。
    「…て、に…ぃ…」
    呼吸器を付けてるせいで籠る陸の声。でも僕の耳にはきちんと届いてる。
    「…陸、大丈夫?苦しくない?」
    陸に必死に問いかけても、陸はなかなか答えてくれない。
    「…てん、にぃ…」
    何度も僕の名を呼ぶ。まるで僕の存在をそこに確かめるように。
    散々僕の名前を呼んだ陸が僕が居ることが分かると、ふわりと微笑んだ。
    「…てん、に…おれ…うた…える…よ…」
    陸から放たれた言葉は意外な言葉だった。
    最初どういうことかわからず反応に困っていると、陸が言葉を続ける。
    「…おれ、ちゃんと…歌える…から…」

    嫌いにならないで。

    僕の耳には、確かにそう聞こえた。
    「……え、」
    どういう意味だ。僕は陸と嫌ったことなんてもちろん無いし、心当たりなんてまるで無い。
    意味がわからないまま陸を見つめていると、陸はぽろぽろと泣き始めた。
    「…おれっ、もっと…がん、ばる、からっ…だからっ…まだっ…歌いたいっ…のっ…」
    発作が起きる寸前、泣き出す陸から放たれた言葉に僕は酷く後悔した。
    陸の苦しむ姿が見たくなくて、無意識に歌う陸を拒絶していた。歌うことは別に悪い事じゃない。むしろ陸の才能だから、僕も陸の歌が好きだから。
    でもアイドルというのに抵抗があった。
    タダでさえストレスが原因で発作を起こす陸がアイドルになったらきっと身体を壊す。それが目に見えて分かっていたから、雨の中テレビの向こうで歌う陸には向いてないと感じてしまった。
    きっとその事が、陸が歌うことを拒絶してるように見えたのだろう。
    陸はひゅっと喉を鳴らしながら涙を流し続ける。僕は握っていた陸の手を離しその手で涙を掬いとる。
    「…陸、あのね…、違うんだ…。僕はただっ…陸が目の前から消えてしまうのが…嫌なんだっ…」
    だからどうか、自分を犠牲にしないで。
    その一言が陸の耳に届いたのか、「…俺ね、」と言葉を紡ぐ。
    「…天、にぃと…歌うのが、夢なんだ…」
    力なく放たれた言葉は幼い頃に陸がよく口にする言葉だった。
    「…だからね…」
    続きの言葉は、聞かなかった。
    僕は寝ている陸の身体をそっと抱きしめた。
    コードが引っかからないようにそっと。

    「…ねぇ、陸…」


    一緒に歌おうか。


    2人だけのステージがはじまる。
    観客は瞬き始めた無数の星。


    2人の声が、白い箱の中に響き渡った。
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