いない間に
は、と息を吸う音が響いた。チビの呼吸の音だ。チビは小せぇから、その音だって小さい。顔に吹きかかった息も微かで、それでも熱く湿気ってたせいなのか、濡れた口の周りと鼓膜がゾワゾワした。
ゾワゾワすんのは、もどかしい。らーめん屋とするときと、違う。
「円城寺さんとすんのとは、違うな……」
「チビがやりてーっつったんだろ」
「オマエがしたそうな顔してたからだ。で、終わりか?」
「……まだ」
わざわざ答えてやると、チビが口元を少しだけ緩める。変な顔。うれしそーなのをわざわざ隠してやがる。あんま見ねぇ顔だ。らーめん屋がいると、もっと顔に出てる。
「おい……」
チビがオレ様の腕を掴んだ。ぐっと背伸びをする。小せぇ……口も、薄く開いたそれも小さい。噛みつくのも簡単だ。こんな小せぇ口でよく耐えられんな、と思った。
だってらーめん屋の口デケェし。
キス……っつーのを、やるとき、らーめん屋の口、バカみてーにデケェと思う。いつも。だからチビがされてると、頭から食われてるみてーで笑える。わかんねーけど、胸のとこムズムズするから気分いい。
オレ様がされてるときは最悪だ。
「……足りねぇ」
と、すぐ口を離してチビが呟いた。同じこと考えてたからちょっとビビる。……いやビビってなんかねぇ、驚いただけだ。
「チビがヘタだからだろ」
「オマエが言うな」
「ハァ?」
わけわかんねーこと言うチビに、今度はこっちから噛みついてやる。口、柔らけぇ。背伸びをしている背中に腕を回すと、薄くて硬い。チビだ。硬い肉がみっちり詰まった感触がする。その身体つきのせいなのか、内側が火が付いたように熱くなってるのがこっちの腕にまですぐ伝わってきた。
……こうしてるだけでも、悪くはねーけど。足りねェ。
口の周り熱くなってくる。唾で濡れる。チビもオレ様も相手に噛みついてやろうとして、口動かして、ときどき舌がぬるぬるしたものに触れる。チビの舌だ。熱くてぬるぬるして少しザラザラしたチビの舌先に舌が当たると、頭の後ろがゆるくしびれる。
らーめん屋とやると、これが頭ン中をむちゃくちゃに何度も走って、すぐそのしびれる気持ちに脳みそが浸される感じになって……。
そういうとき、らーめん屋はオレ様の口ン中に無理やり舌を入れてきてやがる。
だから、チビの口ン中にも舌……。
「ん……ッ、んっんんん……」
舌入れたらチビが唸った。唸った声がオレ様の身体の奥にまで響いた。チビの舌、抵抗しやがる。挑むように、オレ様の舌を押し返して、擦れて、絡まる。
しびれるし熱い。まだ足りねぇけど、そう悪くない。らーめん屋のデカい舌でされると口ン中だけど身動き取れねーみたいになるし、それとは違うのもいい。チビなんか口もチビなんだから息できねェんじゃねーか?
あれされんのムカつくしウゼェ。やっぱり最悪だ。でも、足りねぇ。
いないけど
「るっせぇ」
「は?」
一言、意味のわからないことを言い捨ててソイツは手の甲で口元を拭った。一応聞き返してやったが、説明しない。
「今、俺は喋ってなかったと思うが」
「……その前だよ。らーめん屋らーめん屋、うるせェ!」
「俺は円城寺さんのことそんな呼び方はしない」
だけど。……心当たりはある。円城寺さん、と口にしたとき、さっきまでのコイツの舌と唇の柔く熱い感触と一緒に思い出した。
円城寺さん、と……コイツとのキスの合間に呟いた感触……だ。じれったい熱がぶり返してきそうだった。
でも思い出したところで、どうしようもない。円城寺さん、ここ数日地方ロケでいねぇし……。
「オマエの方こそ」
で、八つ当たりが口をついて出た。いや、最初に喧嘩売ったのはコイツの方だったな。多分俺と同じ理由で。じゃあ俺のは八つ当たりじゃねーか。
「そうやってうるさいのはオマエの方だ」
「ハァ?」
「『らーめん屋、らーめん屋』って言ってたのオマエだろ」
「ア゙!? ンなッ……オレ様がいつらーめん屋のこと……」
わかりやすくうろたえてるあたり、覚えがねーってわけじゃなさそうだ。コイツのこういうとこ、悪くねぇっつうか……いつもこうなら可愛気もあると思うんだが。
「俺は円城寺さんのことが好きだから、円城寺さんのこと考えちまう……そんだけだ。オマエだってそうだろ」
「……そんなの、知らねぇし」
「俺が言ったんだからオマエも言え」
「な、なんでオレ様がンなこと……らーめん屋、いねぇのに……言う意味……」
「居たら言うのか?」
無理、だろうな。素直なコイツも気持ち悪いし。それにどうせ誤魔化そうとしててもバレバレだ。今のもほとんど全部言ったようなもんだしな。