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    masasi9991

    @masasi9991

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    事後の土ガマ

    ##妖怪ウォッチ

    仕返し、甘噛


     よくある話だが、こういうときにそそくさと寝床を出て身支度を始める野郎というのはまったく薄情だ。寝床に横たわったまま、ぼんやりとその背中を眺めながら考える。見慣れたもんじゃある。だから今更、薄情者めと本気で恨んでいるわけじゃない。がしかし、薄情な野郎だとは思う。おそらく生来の意地っ張りのために、そんな素振りを見せているんだろう。つまり己の未練を見せるのが恥ずかしいってことだ。別に当人がそんなことを白状したわけではないが、おれはちょっと奴には詳しいから、きっとそうだとわかっている。
    「土蜘蛛」
     すっかり身支度を終えちまう前に、着物を羽織ったその背中を何とはなしに呼んでやる。
    「まだ帰るなよ。寂しいぜ」
     引き止めりゃ歓ぶだろう。歓ばせてやるのは、やぶさかではない。引き止められたくて薄情なフリをしているのかと思えば、可愛い野郎だとも思う。面倒な野郎でもあるが。
     なんも言われずともそこに寝てりゃいいだろうに。
     本音をいえばそうだけど、言えば喧嘩になるし、喧嘩をするほどの余力も残っちゃいない。
     ふっと奴は振り返る。もったいぶって、時間をかける。傷跡の浮いた背中は生白い。いつでも大仰に着込んでやがるそのせいだ。しかしおれはその傷跡だらけの身体を知っている。今夜おれがいくらか増やした。どうせすぐ消えるが、そのうち一つか二つはまだ赤い。首と背中の境目の、腫れた一つの引っかき傷を、振り返って流れた黒い髪が隠してしまった。
    「誰にも告げずにここへ入り込んだ。夜が明けるよりも以前にこっそり出ていきたい。でなければ、いくら吾輩でも気恥ずかしい」
     喋って一人で含み笑いを、横顔に隠したつもりで、夜中の気配にかすかに響かせた。機嫌はいいらしい。
    「あんたが朝帰りをしたって、どうせ誰も気にしねえだろう」
    「そうであっても吾輩にも面目というものがある」
    「だけどまだまだ夜は長い」
    「お主がそう引き止めてくれるのは珍しいな」
    「土蜘蛛さんがそうして欲しそうにしてるからだぜ」
    「もう少し可愛げのあることは言えぬのか?」
    「うるせえな。いいからこっちに戻ってきなよ。たまには睦言ぐらい、いくらかくれても損はねぇぜ」
    「損得勘定するものか?」
     振り向いたままケラケラ笑って、どうにも上機嫌だ。しかし寝床に戻る気配が一向にない。だけどそれ以上身支度を進める様子もない。
     面倒くせえな、と思いつつ、おれは寝床から手が出る。出したところで届かない。すぐに悟って諦めて、動き出したからには調子付いて、そのまま畳に腕を付いて、四つん這いになって寝床を抜け出す。
     ずっと若いころはこうでなきゃ歩けやしなかったな、などと取り留めもないことが頭に浮かぶ。そんなことはどうだっていいんだ。這いずるったって、一歩も、二歩も、ないくらいのすぐそこだ。
    「土蜘蛛」
     座り込んだその背中に、寄っかかる。腕を前へ回して抱きついてやる。大サービスじゃあねえか? おれから素直に、抱きつくなんて。そうでもねぇか。
    「おれにかわいい素振りなんか期待するなよ。どうせ根っこがおれなんだからさ」
    「ふっ……。うむ、確かに」
     こうして背中に抱きついてちゃ、顔もよくは見えねえな。笑ったのは大いにわかった。愉快そうに肩を震わせた。たまには素直にこっちを向いて、にっこり笑ってみせてもいいんじゃねえかと思いつつも、意地っ張りで隠そうとしても隠しきれない含み笑いも可愛い野郎だと思ってしまうわけで。
     土蜘蛛の手がおれの腕に添えられる。相変わらず肌は熱い。人の身体ってのはそんなもんだ。さっき寝床の中に残した熱と同じだ、もっと熱くも感じる。安心した。
    「そこまで言うなら致し方がない」
     もったいぶってゆっくり言って、さあやっとこいつは観念したらしい。じゃ、おれはどうするか? こいつがおれの腕をそっと解いて、やっと振り返って、おれを引きずってもう一度寝床に――と、まあそうなる前にだ。
     この面倒臭い野郎が振り向く前に。
     まだ古傷しかない白い肩に向かって、大きく口を開いた。こっそり素早く。
     で、ガブリと。
    「ぬっ、ぐわっ!?」
     一度反射で声を出し、二度目はおそらく鈍い痛みに驚いて声を出した。
    「ゲコっ! くはっ、ははっ! 油断しやがったな!」
    「お、お主、何をする!」
    「何もねぇよ、ちょっとこの鬱憤の仕返ししてやろうと思っただけさ。ぐだぐだともったいぶりやがって! ゲコ、ゲコゲコっ……くくっ、本気でびびったみたいだな」
    「お主、戯れを……鬱憤とはどういうことだ」
    「まあま、いいじゃねぇか。噛み癖ならあんたの方がひどい。灯りの下でよく見てみろよ、おれの身体を」
    「ぐぬ……」
    「たまにはおれが齧ったっていいだろ? 背中を引っ掻くだけじゃ芸もねえしさ」
    「……お主の冗談は、よくわからぬ」
     機嫌よく含み笑いしていた顔が、今は顰めっ面だ。といっても相変わらず後ろから抱きついているから見えないけれども。手探りに眉間のしわを撫で回したら、もっとしわが寄ってきた。
     きっと子供みたいに口をへの字にして怒っている。でもあんたの面倒に付き合ってやった仕返しとしては可愛いもんだろう。どうせ懲りもしねえし、懲りなくてもいいからさ。


    【了】
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