面倒な男「よう」
と短い一言で挨拶を済ませた彼は、何気ないフリをして視線を部屋の奥へと向けた。
「大ガマちゃんがあたしに用があるなんて珍しいわね」
「でも無いことでもねぇだろ? いつものように先に使いを出しておいた筈だぜ」
「もちろん頼まれたものはできてるわよ。でもそれこそいつもみたいに使いでも走らせればいいじゃない」
「おれもちょっとここに用があったんだ」
「で、アテが外れた」
頷きはせず、やや拗ねたように口をとがらせた。いつものウルサイ鳴き声は身を潜めているよう。そういう態度は物珍しいわね。そして玄関に立ったまま、帰ろうとしない。
「女郎蜘蛛、さっきおれがここに来るのが珍しいと言ったが、それよりもっと珍しいことがあるだろうよ」
「そうね? でもあたしは大ガマちゃんが静かにしてても困りゃしないわよ」
「違ぇよ。おれが一人なのが珍しいっつう話だ」
「そうかしら……」
「いつもいつも土蜘蛛さんと一緒……いや行き先が被るからよ」
「そう頻繁に貴方たちと顔を合わせているわけじゃないから、そんな言い訳知らないわよ。喧嘩したのね」
「ハァ。そいつも違う。あの頭の固い野郎、とんでもねえ意地っ張りなんだよ。知ってるか?」
「ウフフ」
喧嘩なんてものじゃない、土蜘蛛ちゃんが勝手に意地はってるだけだって言いたいのね。
思わず笑っちゃった。身内だから当然、土蜘蛛ちゃんの意地っ張りは知っていることだから。
でもあたしが笑った途端、大ガマちゃんが目ざとく視線をあちこちへ動かした。気配を探っているのね。いけないいけない、怪しまれちゃったわ。
「土蜘蛛ちゃんの行きそうなところ、他にアテはあるの?」
「そりゃあるさ。いくらでもある。おれはアイツのことなら何でも知ってるんだぜ。しょうがねえ、次行くか。面倒くせえ」
口実の薬を受け取って、まったく跳ねない足取りで踵を返した。あんなんじゃ蛙らしくもない。
「行ったか」
「行ったわよ。面倒くさいわね」
「全くだ! なんだあの大ガマの態度は! 吾輩に対する誠意が全く見えん」
「土蜘蛛ちゃんから謝ったら早いわよ」
「あれも謝ろうというのであればな。そうとは思えなかった。お主から見てもそうであったでろう、女郎蜘蛛よ」
押入れに隠れながら、偉そうに腕組みしてるのもどうなのかしら。ほんと、面倒な男どもだわ。