置き去った男 6なんだかんだ、カキツバタと再会した日から三ヶ月以上もの時が流れた。
相変わらずの調子である元先輩は、しかし身体の方は殆ど元気で。怪我も治り一人でも歩けるくらいには回復した。病院の皆さんはそれはもう震えるほど驚いていて。
「それで、カキツバタさんはこれからどうされたいですか?」
ともあれもういつでも退院出来るだろうということで、トップが問い掛けたが。
カキツバタの答えは変わらなかった。
「ノボリさんとショウの家族と会いたい。……その後は、別になにも」
……元々「将来とか考えられない」って言うようなヤツだったけど、最早本気で楽しく生きる気すら無い様子に頭を抱えた。
何事も楽しく、じゃなかったのかよ。今が楽しけりゃいいんじゃねえのかよ。なにがお前をそうさせたんだよ。
ずっとそう問い詰めてやりたかった。一層追い込んでしまうと分かってたから、黙ってるけど。
「ポケモン達はどうするんですか」
アオキさんに訊かれるも、動じることもなく。
「確かにまだ喧嘩ばっかで心配だけど、まあお互い慣れてきたみたいだし?変なトコに連れてくワケにゃいかねえし、コイツらならオイラが居なくなっても生きていけるだろぃ?」
「現にブリジュラス達は七年大丈夫だったんだろ」、なんて寂しそうに笑うばかりだ。
確かに生きれはするだろう。ポケモンも、俺達も。でもそういう問題じゃないんだ。どうしてそれを認めない?
……コイツが願ってるのは皆の幸せだけで、その中に自分も居ようとは思ってないんだろうな。そんなの成立しないとも知らずに、よくも。
「本当になにも無いのかい。やりたいことでも、行きたい場所でも、食べたい物でもなんでもいい。なにかを求める気は、無いのか……?」
「………………………………」
シャガさんが辛そうに手を握っても、ニコニコしてるだけで。
「大人になって、幸せになってくださいよ、ツバっさん……僕、また貴方の葬式に出るなんて嫌ですよ」
「手厳しいねぃ」
「茶化すな」
「塩ー」
やっぱりダメなんだ。俺達の言葉じゃ届かない。彼が唯一心からの笑顔を向ける、一番心を許していた筈のポケモン達の手さえ振り払われた。
独りにしたくなくても、本人が孤独を望んでしまった。今の彼は辛うじて崩壊していないだけで、その時が来てしまったら…………
「カキツバタ……ねーちゃん達も言ってただろ。頑張れって、生きろって」
「そう言われてもさあ、ホントもうなーんにも無いんだわ。……嫌なら放っといてくれや」
「なっ、放っとくワケない!!俺達がそんなことすると思うのか!?」
「スグリくん、落ち着き」
なにも無い、という言い草が過去の自分と重なって、ついカッとなる。
だが、怒鳴られてもやはりカキツバタの態度は変わらなかった。益々腹が立つ。
『ロトロトロト!』
「ああ、失礼」
そこで室内に着信音が響いた。出所は意外なことにオモダカさんで、彼女はスマホロトムを取り出しながら一度席を外す。
「……………………」
「……………………」
流れる暫しの沈黙。
皆が難しい顔をするそこで、カキツバタは暢気に欠伸していた。見た目だけでなくこういうマイペースなとこも昔から変わらない。
だからきっと、全部あの頃のままだと最初は感じたのに。
どうしても、無理なのかな。
………………………。
「皆さん、少し宜しいでしょうか」
そこへ出て行ったばかりのトップが戻って来た。
かと思えば、そのまま険しい顔付きでカキツバタを見遣る。
「ボタンさんから連絡が。ノボリさんとショウさんのご家族とコンタクトが取れたようです」
「…………!!」
カキツバタが立ち上がり、俺達も少なからず動揺する。
「ノボリさんの弟さんは十年程前にサブウェイマスターを辞していましたが、お兄さんの件で国際警察と繋がっていたらしく、今はイッシュに。ショウさんの姉と母親も、シンオウチャンピオンと知人だったようでそこから連絡が」
「…………………じゃあ、」
「どうされますか、カキツバタさん」
「決まってんだろぃトップチャンピオン。シンオウだろうがイッシュだろうが何処までも行くさ」
この時を渇望していたカキツバタは即答した。本当の本当に会ってしまうつもりらしい。
オモダカさんにも俺達にも止める権限は無い。だってなにも悪いことじゃないから。彼にとってもその人達にとっても必要なことで。
でも、
俺は薄汚れた自身のポーチを掴む彼を、気付けば手首を掴んで止めていた。
「カキ、ツバタ」
いとも簡単に掴み返されて、優しく解かれる。
「…………ま、なるようになるだろぃ?んな顔すんなって、元チャンピオン」
取り繕った笑顔で肩を叩く彼は、これまでで一番生き生きとしてて、清々しい様子で。
誰かコイツを、誰でもいいから、俺の先輩を助けてよ。
内心願わずにはいられなかった。
「私も一緒に行っていいかい」
「僕も!」
「……俺も」
「いーけど……面白い話はしないぜぃ?」
どうしようもないかもしれない、と分かりながら、俺は同行を志願した。先に挙手していたシャガさんとハルト、それからリーグの代表であるオモダカさんの代わりにハッサクさんもついて来ることが決まり。
「先ずはイッシュの方から頼むわ」
あっという間に退院の手続きを終わらせて、カキツバタの希望でノボリさんの弟……元サブウェイマスターのクダリさんの元へと旅立ったのだった。
意外というか想定外というか、クダリさんが指定した場所はライモンシティにあるバトルサブウェイだった。退職してもまだ交流がある、それほど職員同士の絆が深い、ってことなのかな。
とにかくハッサクさんが名乗ると、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれてあった会議室らしき場所に通され、数分待たされた。
「僕、バトルサブウェイ初めて来た……」
「俺も。でも、折角だから勝負していこうって雰囲気でもねえべ……」
落ち着かずハルトと一緒になってソワソワしてたら、やがて出入り口の扉が開く。
「お待たせしたわ。こちら、ご指名のウチの元ボス、クダリさん」
「初めまして。ぼくクダリ。ノボリの弟」
現れたのは、前までメディアにしょっちゅう露出していた、俺みたいな田舎者ですら知るトレーナー、サブウェイマスターの片方だった。
イッシュ出身であるカキツバタも、行方を把握していなかっただけで以前から知ってたのだろう。「ホントにそっくりだねぃ」と苦笑いしていた。
「ごめんね、わざわざ来てもらって」
「いえ。こちらこそ、突然申し訳ありません」
クダリさんと、傍らの恐らくサブウェイの職員と思われる男性。二人は俺達の正面に腰掛けた。
「ルールを守って安全運転。ダイヤを守って皆さんスマイル」
「…………!」
「これ、ぼくのモットー。今はサブウェイマスターじゃなくても変わらない。だから余計な話は要らない。単刀直入に訊くね」
白のサブウェイマスターと呼ばれていたその人は、テーブルの上で手を組んでカキツバタに視線を向けた。
「ホントなの?行方不明の筈の、僕の兄に会ったって」
「…………本当、です」
珍しく緊張しているらしいカキツバタはポーチを開く。
そのまま手を突っ込んで、俺達にも一度見せた腕章を差し出した。
「………!!これ!!」
「……ノボリの制服の一部だね。触っていい?」
「勿論どうぞ」
眼前の二人は手に取り、触れ、よく観察する。
……その間に流れる静寂と重い空気に耐えられなくなったのか、カキツバタが口を開いた。
「ノボリさんは、百年前のシンオウ地方に居た。記憶喪失のまま、もう随分長いこと過ごしてたって」
「百年前……記憶喪失……」
「…………元気にしてた?」
「オイラが初めて会った時は、まあ元気過ぎなくらいだったよ。村の訓練場で教官やって、バトルの布教だったりトレーナーの教育だったり、色々頑張ってた」
「記憶失くしてもそないなことしとんのかい。おっそろしいわ」
「きみも戦った?」
「おー戦わされたよ。まあ理不尽だったねぃ。初戦は勝てたから『流石のイッシュ最強格も記憶無けりゃ弱くなっちまうのかな』って思ったら、なんかワンランク上の手持ち用意してて!どうにかそれも勝てたら今度はオヤブン使いよ!あんなにバトルで腹立ったのは久々だったぜ」
「オヤブン使い?」
「ヒスイ……百年前のシンオウには『オヤブン』って呼ばれる獰猛なポケモンが居てさ。ソイツを三匹同時に出してきたんだ」
「三匹同時ぃ!?めっちゃルール違反やないか!!」
「それどころかいっぴき道とかいうエンドコンテンツ染みた運営までしてたぜ」
「はは、その頭のネジの飛び方、確かにノボリらしい」
「にーちゃんのことなんだと思ってんだべ……」
彼はクダリさん達にすらすら語る。バトルだけでなく、あんなにも嫌がっていたヒスイでの生活や旅をしていた頃の部分まで。質問には全て答えていた。
なんかちょっと腑に落ちない、とジト目になりながら俺達も静かに聞いた。自分とノボリさんがどれだけ大変で、しかし仲間に恵まれたかを、少年は穏やかな表情で話して。
「…………でも、ノボリと一緒に帰って来なかったんだね」
ある瞬間、クダリさんは特に責めるでも詰るでもなく、単純な疑問という口振りで呟いた。
途端にカキツバタは固まり、……気まずそうに目を逸らす。
「…………帰るつもりだった。三人でなら、きっと戻れるだろうって、アイツらも…………」
「でも無理だった。きみしか戻れなかった。それは見れば分かるけど、でもどうして?」
「クダリさん!!……ごめんな兄ちゃん。このおじさんキッツい言い方しよって、怖いやろ?」
「ぼくおじさんじゃない」
「まあでも、責める気は無いねん。なんや事情あったんやろ?怒らんから、おじさん達に教えてくれると嬉しいわ」
「ねえ、おじさん止めて」
「…………………………」
俺達の仲間は、急に黙り出してしまって。
目をギュッと瞑って大きく息を吐く。覚悟を決めようとしているみたいだ。シャガさんがこっそりテーブルの下で彼の手を握った。
すると、その声が室内に落ちる。
「あかいくさり」
「え?」
「それに、近いモンだった。……あの二人は、あの世界に縛り付けられてたんだ。……アルセウスによって」
「アルセウス?」
「縛り付けられてた?それ、どういう」
ゴトリ。
以前カキツバタが『中のポケモンを繰り出すな』と言っていた、あの三つの古いボールが置かれる。
「どうしようもなかった。どう足掻いても、あの二人はあの世界から出られないことが、決まってて。……俺は、多分、そのことをアンタらに伝える為に、あの二人を諦めさせる為に、ヒスイに…………」
この間は『別の時間軸に行った理由はよく分からない』と言っていた。嘘だったのか、信じたくなかっただけなのかは知らない。
「ごめんなさい」
「「「…………………………」」」
でも俺達には、神の采配で重い業を背負うことになったカキツバタを責められるワケがなくて。
「………………そっか。ノボリ、もう帰って来ないんだね」
クダリさんが噛み砕くようにゆっくり確認した。
白い頭が頷く。
「その様子だと、迎えに行っても意味無いみたいだね」
「……時間で解決も、無理なんやな?」
「…………ごめんなさい」
「ああ、謝らんでええて!兄ちゃんなんも悪ないやろ!黒ボスが元気にやっとるって分かっただけでも十分やねん!だから、な?暗い顔せんでって」
顔が怖いだけで良い人なのだろう。職員の男性がアタフタとカキツバタを宥める。
…………カキツバタにとってノボリさんとショウさんは、共に厳しい地を生きて、帰る為に旅をした仲間と聞く。きっとなんだかんだ仲も悪くなかったんだろう。そうでなくとも、知人を過去に置いて自分だけ帰還してしまうなんて、その心労は尋常ではない筈だ。
おまけに詳細は不明だが一人で様々な時を体験していた。捻くれてるしウザいし、善人と言い切れないこの男でも、ダメージは受けて当然で。
だから、クダリさん達が糾弾するような人間じゃなくてよかった、と思った。
「カキツバタくん、だっけ?」
「はい」
「教えてくれてありがとう。きみがノボリの友達になってくれて、ぼく嬉しい。きっとノボリも誇らしかった」
「は、ぇ、」
それどころか、クダリさんはニコニコ笑ってずっと手の中にあった腕章を突き出した。
「これはきみが持ってて。きみがずっとノボリのこと憶えててくれたら、ぼくもノボリも嬉しい」
「…………っ!!」
「大変なこと沢山だと思う。辛くて辛くて仕方ないよね。だけど、きみなら絶対乗り越えられるよ。だってノボリに勝ったんだもん!」
「白ボス、ホンマ……あー、つまりな?兄ちゃんは独りじゃないし、俺らも独りにはせんから。罪悪感とかあるかもしれへんけど、折角帰って来たんや。やりたいように、自由に生きた方がええし、ノボリさんも喜ぶわ」
薄い青色を呆然としたまま受け取るカキツバタを、二人がわしゃわしゃ撫でて。
「楽しくやろうよ。ポケモン勝負も、生きるのも、真剣でないとつまらないでしょ?」
「…………………………」
届いた。
やっと言葉を正面から受け止めたように見えたカキツバタは、静かに頭を下げた。
「またおいで!ノボリの話とかヒスイの話とか、気が向いたら教えてね!あ、これぼくの連絡先!」
「あ!抜け駆けや白ボス!サブウェイにもいつでもチャレンジせえよ!兄ちゃん強そうやし、待っとるで!」
色々キャパオーバーなのか、青を見つめたまま動けなくなった元先輩の代わりに俺が電話番号の書かれた紙切れを受け取る。こちらからもリーグの名刺を渡した。
それから机上のボールも回収し、面会は終了して、「じゃあねー!」と見送られながらバトルサブウェイを後にしたのだった。
……シャガさんに支えられながらフラフラ歩くカキツバタは、泣きそうな顔で笑ってた。
場所は変わり、シンオウ地方。
その広い大地の南に位置するフタバタウンに、俺達は足を運んだ。
「ようこそいらっしゃいました」
「遠路はるばる、お疲れ様です」
町にある一つの家へお邪魔した俺達は、座ると同時に出されたお茶とお茶菓子に恐縮する。
同じシンオウなのにキタカミとは少し違ったお菓子だったので、ちょっと興味持ちかけてしまったけれど。今はそういうのじゃなくて。
「……とりあえず、あんまり長引くとお互い気まずいでしょうから……直球で訊きます。私の妹であるショウに会ったとは、本当ですか?」
ヒカリさんというシンオウの英雄。ショウさんの姉らしい彼女もまた、雑談を避けて直ぐに尋ねてきた。
カキツバタは未だ迷いの覗く顔色で首肯する。
「会った」
「一体何処で!?」
「ママ、落ち着いて」
同席していたヒカリさんとショウさん姉妹の母親が血相を変えるも、即座に落ち着かされて。
「あの子はもう何年も前から行方知れずになっています。一体どちらで?」
「…………ヒスイ地方。百年前のシンオウ地方だ」
「百年前……!?」
「……ディアルガやパルキアの仕業だったり?」
ヒカリさんは冷静に努めているみたいだが、なにやら思い当たる節があるのか深刻そうに顔を顰めていた。
イッシュの時から俺達を蚊帳の外にしているカキツバタは首を横に振った。
「関係無え、とは違うが。もっと上の存在っすね。……どうにもショウ、さんは、アルセウスに選ばれたとか」
「アルセウス……神話に出て来る、創造神の?」
「そ。本人も訳分からないまま投げ出されたらしい。『すべてのポケモンとであえ』ってね」
「あの子は、元気でしたか?その使命は成し遂げたんですか?」
「色々あったみたいだが、元気そうだったよ。ヒスイの英雄になって、使命果たしてポケモン図鑑も完成させて、そんで、……やっぱり帰りたがってたな。ここでの記憶は朧気だったらしいけど」
姉妹のお母さんが泣き崩れる。当たり前の反応だった。
「そっか。妹は、英雄になったんですね。私と同じだ」
「凄まじかったぜ。伝説のポケモン山程捕まえててよ」
そこからまた、ヒスイでの思い出や聞かされたという話を語る。
お姉さんもお母さんも次第に熱心に聞き入るようになり、時々問い掛け相槌も打ちながら微笑んでいた。
「妹は、幸せそうでしたか?」
「……オイラの印象では、だけど……前は向いてたと思いますわ。仲間もポケモンも良いヤツばかりだし、あの人ならきっと幸せになれると思う」
そうカキツバタはあの髪飾りを差し出した。
「でも、…………連れて帰れなくて、ごめんなさい」
とっくに嘘でないと信じていたのだろう二人は、小さな黄色を愛おしそうに見つめて。
笑顔で突き返した。
「事情があったんでしょう?貴方を責める謂れはありませんから、謝らないでください」
「妹が無事だと分かってよかったです。……来てくださってありがとう。この髪飾りは貴方がお持ちください」
「…………………………分かり、ました」
なんでまた、と言いたげにしながらも、細い手が髪飾りを握る。
「なんとなく、感じてました。妹は何処か遠くへ行ってしまったんだって。もう二度と会えないんだろうって。姉の勘なのか、伝説のポケモンのお告げなのかは分からないですけど」
「………………」
「でも、そっか。元気なんですね。生きてるんですね。もう一度会って話して、バトル出来ないのは、悲しいですけど…………あの子が進み続けてるなら、私が立ち止まるわけにもいきませんね。だって、お姉ちゃんなんだから」
姉という生き物は総じて俺のねーちゃんみたいな感じじゃないらしい。なんかちょっとショウさんが羨ましいべ。
「カキツバタくん。ショウと友達になってくれて、あの子のことを考えてくれてありがとう。嫌な役目を担わせてごめんね」
「……いや。謝るのは、俺の方で、」
「もーっそういうのナシです!って、私が言うのも違うか」
ヒカリさんは明るく笑う。名前の通り、光のような人だと思った。
釣られて俺達も笑みを浮かべる。
「………………カキツバタくん。一つ、ショウの母としてお願いをしていいかしら」
「!!」
そこでふと、英雄の姉妹の母が申し訳なさそうに言った。
「勿論。なんでも言ってくれぃ」
「ちょ、カキツバタ……!!」
なにも悪くないのに罪の意識でいっぱいだった元先輩は、どんな頼みかも聞かずに頷く。
流石に無理難題は押し付けてこないと思うけど、でもそんな愚直な……!本当にもっと自分を大事にしろって!
「ありがとう。貴方にとっては、難しいことかもしれないけれど」
お母さんは悲しそうに目を細めて、
「生きて、あの子を憶えたまま、幸せになって欲しいの。あの子が羨ましがるくらい」
最大で、俺達も求めていた呪縛を言い放った。
「えっ…………」
「幸せの形はなんでもいいわ。貴方が好きなことをして、『幸せだな』って感じて欲しいの。それで、幸せなまま生きれるだけ生きて欲しい。お友達の貴方が幸福に包まれれば……あの子の苦難も報われる気がして」
それに、貴方が生きれば生きるほど、その分あの子は独りぼっちでなくなると思うの。
……そんなこと考えもしなかっただろう少年は、震えながら口元に手を持って行く。
俺とハルトが背中をさすれば、とうとう苦しそうに嗚咽してしまった。
「大丈夫ですか!?」
「あ、心配しないで。……カキツバタ、ゆっくり息して」
「ツバっさん。大丈夫。大丈夫だからね。もう罪悪感なんて覚えなくていいから。誰も、誰も怒ってないから。責めないから」
「その通りですよ。もう、いいんですよ」
「…………カキツバタ」
死にたくて立ち止まりたくて仕方ないヤツを相手に、残酷かもしれないが。
「きみの人生を生きよう。少しずつでいいから」
呪いでも罪でも、生にしがみついてくれるなら、その方が。
……皮肉にも、死んでしまったらなにもかも終わりだと体現して俺達に思い知らせたのは、この男で。
静かな部屋でただ、六人で一人の少年を慰めた。