冬来たりなば アシャ・ネビィが領主として治める虹の谷に、初めての雪とともに、馬車に乗ったおばあさまがやってきた。
「手紙でも伝えたけれど、改めて。領主就任おめでとう。あなたのこの先を嬉しく思うわ」
「ありがとうございます、ですがそのためにこちらに?」
「それもあるけれど、御領地をいただいてしまったじゃない?
そうなると跡継ぎが必要でしょう。
そう思って、いろいろ持ってきたのよ」
かくしておばあさまの馬車から出てきた"いろいろ"とは、大量の釣り書きであった。
アシャは滴り落ちる汗を拭って今一度それを見たが、どんなにまばたきしても消えてはくれなかった。
「春になったら都に戻るから、それまでに選んでちょうだいね」
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レティシアが、領主のというには質素な部屋に入ると、部屋の主人は机に伏せて平たくなっていた。
「んまあ! 干物かと思いましたわ?」
「……レティシア、か? なぜここに」
「おばあさまに道中の護衛を頼まれましたの。これでもあたくし、騎士ですので」
いまいち覇気のない"御領主どん"に並んでソファに座ったレティシアは、目の前に積まれたきらびやかな肖像画を手に取る。
「それで、いったい何をそこまで悩んでらっしゃるの?
家格も問題なく、器量も良い方ばかり。さすがおばあさまですわね。見た目で選んでもそれなりにうまくいくのではなくて?」
それができないから干物になってたのでしょうけれど。
アシャの眉間に刻まれた皺は渓谷のようにけわしい。
「選べない、のだ……。
幼いころから相手が決められていたからな。ほかの女性を意識したこともなかった……」
「そうだと思いましたわ。
谷にはいい人はいませんでしたの?」
「む、うむ……。出向で来た身であり、いつ都に戻るかもわからなかったからな」
「左遷でしたものね!」
レティシアはもとお兄様に容赦がない。
「休日くらいありましたでしょう?」
「流星号の世話と、訓練とそうじをしたら終わっていたな」
「本当に欲のない人! だからその馬にまで先を越されるのですわ」
流星号と月白の間に生まれた仔馬は、虹の谷の人たちに見守られてすくすくと育っている。
「むむ。
そういうレティシアはどうなのだ。騎士になどなりおって」
「殿方は今のところいりません」
はて。
「いない、ではなく、いらない」
「大忙しですのよ。騎士団は大いに形を変えました。飾りとして作られた女性騎士も、なかなかやると見せつけて場所作りをしているのです。
かまけている場合ではありません」
「でも、そうですわね……。
結婚しても家に拘束されず、騎士を続けてよい。そんな縁談があれば考えるかもしれませんわ。
ないでしょうけど」
春、遠からじ……?
からはじまるアシャ×レティシアとかアリでしょうか