いつかの色いっらしゃい、いらっしゃい、見ていって!
ハテノの村の大通りで赤い髪の若いゲルドの娘が風呂敷を広げて店を出している。
大声に劣らず大きな身振り手振りで次々と商品のオススメや説明をする姿は人目を引いた。商業も大きく復活し移動販売の商業人もよく来るようにはなったが、刺繍やビーズ、スパンコールの煌めく艶やかな布地や大ぶりの色とりどりのアクセサリーが並ぶゲルドの商人には若い娘たちだけでなく、歳のいった乙女たちも群がってきゃあきゃあと声をあげて品定めをしていた。
「リンク、私ものぞいてみて良いですか?」
「もちろん、俺に聞く必要なんてありませんよ。何かお気に召すものがあるといいですね。」
プルアの研究所から家に戻る途中だったので、断りとして言ったのだろうが俺としてはもっとゼルダには砕けて欲しいと思っている。
していいですか?ではなくて、したいです。と言ってもらいたい。
ハイラルを回った旅の間はああしたい、こうしたい、王族としての殻を脱ぎ捨て、もっと自由を探して羽ばたいていたように思う。その時俺たちはまだ主従の関係にはまったままでどう抜け出すものかと考えあぐねていた。
二人ともわかっていた。分かっていながらも、踏み出せなかった。
思い切ってハテノにこないかと誘った時の笑顔は多分一生忘れない。
プルアの研究所の側で近かったのを大いに強調し、研究のため、それにはイーガ団対策のボディーガードが必要と、なんとかインパを説得してカカリコを後にした。
すぐにでも主従の鎖は落ちるんではないかと期待していたけれど、今度はゼルダの方が萎縮してしまった。あくまでも自分は下宿させて貰っていると言って身の回りのことを覚え始め、何かするにも俺のことを気にして、そのくせプルアの研究内容にも没頭して少し距離を置かれたように見えた。
なんとかゼルダに振り向いて欲しいと思いつく限りのことをしていたら、当のゼルダは本に顔を隠すばかりで俺はどんどん焦るばかり。
それがこの春、夏の初めにようやくキスができた。いつもかわいいけれど、あんなに可愛いゼルダは初めてだったと思う。俺が覚えている限りでは。
100年前の記憶もポツポツと穴あきではあるが俺が俺であったことは確かに繋がった。自分のことよりもゼルダのことばっかり覚えているので自分でも変な奴だと思うけれど、それだけこの人が俺の中心にあるんだと思う。
雷雨に濡れて微笑んだ唇はたまらなく美味しそうだった。今目の前でかがんで可愛らしく揺れて膨らんでいるお尻も美味しそうだ。。。。
「リンク、お願いがあるのですが…」
ぼうっと、他の女性たちに混ざって商品を選ぶ後ろ姿に見惚れていたら新緑の瞳が振り向いた。慌てて開いていた口元を引き締める。
「は、はい?!なんでしょう???」
「あの、今月の私のおこずかいはどれほど残っていますでしょう?」
「何かお気に召したのでしたら俺が払いますから、どうどご自由に選んで…」
「いけません!これは私の私物ですので私の自由になるお金の範囲でまかないたいのです。自立のためにはリンクに迷惑はかけられません!!ですが今月はもう本を何冊か買い込んでしまいましたので。」
市井の金銭感覚を知るためにとインパに用意された支度金を月ごとに決めてその範囲内で自分の身の回りのものなどを買うと決めたけれど、やはり服よりも本を買いあさってしまいゼルダにはリンクという経理が必要だった。政治のこととなればしっかりとした見据えだてができるのに、自分のこととなるとどんぶり勘定になるのは何故なのだろう?それに何度俺が出すと言っても残高は覚えていないのに頑なに自分のこずかいの範囲で!!と譲らない頑固さだ。
俺は諦めて残高を告げる。
「先月の繰り越しも使って買われた御本の代金が有りますからね。もう今月はゼロに近いです。。。。。。。が!」
言葉が進むごとに下がっていく眉毛が可愛い…のでいい方法を思いついた。
「先月ゼルダと倒したマモノから採れた素材を売ったルピーが有ります!半分はゼルダの取り分となりますので300ルピー加算されます。」
パッと明るくなった笑顔に財布からルピーを取り出して渡すと、先に家に戻っていてくださいと頬を赤らめて言うゼルダがまた可愛い。今すぐにでも抱きしめてキスをしたいけれど、まだ1日の終わりに1度キスをするだけ。今すぐ日が沈めばいいのにと思いながら気をつけて帰るように言い、ゼルダにだって一人の時間が必要なんだと自分には言い聞かせて家へと足を向けた。
貯蓄してある肉をあれこれ物色して野菜を切り分け、皿を並べて何を飲もうか?と準備を進めているところでニコニコとしたゼルダが戻ってきた。
何を買ったんだろう?と手元を見ても何も袋も布も持っていないようだったので不思議に思い聞いてみると、「わかりませんか?」と口元に指をさした。
艶やかに淡い、コーラル色に染められた唇が動いている。
「!!すごく…可愛らしいです。よくお似合いですよ。」
すごく可愛い。今にでもキスしたい。嬉しそうに微笑むゼルダを抱きしめてその口紅が取れてしまうほどむしゃぶりつきたい。
ゼルダの腰を掴んで抱き寄せて顎に手を添えてよく見てみる。
「よく似合う色を選ばれましたね、さすがゼルダの趣味は良いですね、似合いすぎてわからなかったくらい。」
俺の腕の中で耳まで赤くして、唇より耳の方が赤く染まってる。
チクリ
ん?何だろう??
チク、チク
胸が何か言ってる
恥じ入りながら微笑むゼルダを前に何で胸が痛いんだろう。
抱きしめて、キスがしたくて、そうしたら俺の胸は幸せでいっぱいになるはずだったのに。
ゼルダの唇に落ちたのは苦痛に歪んだ俺の額だった。
「リンク?どうしましたか?」
ゼルダの可愛らしい眉が下がり、俺の頬を撫でる。
わからない。わからない。
また記憶の穴の中に何かあってそれを必死で弄って、でも手に残るのは黒い糸見たいなクズばかりで。指の間からスルスルと抜けていく。
感覚がおかしくなるほど強く握られた俺の手には見慣れた白い長手袋があり、向こうに見えるドレス姿のゼルダは庭の茂みの片隅で、身を隠すようにして震えている。
また誰かの悪意を耳にしてしまったのだろう。どんなに毅然とした態度をとっていても心が傷ついていないわけじゃない。姫巫女様は女神ではない、ただの人間だ。厄災への不安は自衛へ向けるべきでこの人にぶつけるものじゃない。この人を傷つけるやつの心が弱いのもわかっている。だからこそ俺が守るべきなのに。
小さな嗚咽がその、コーラル色の唇から漏れる。
「ゼルダ…」
「リンク?どこか痛むのですか?」
ゼルダ。そう言って力一杯、彼女が痛くはないように抱きしめる。ゼルダの体の温もりが、首筋から湧き立つ香りが、目の前に広がる金のカーテンが俺の心を満たしていく。
ゼルダが優しく、背中を撫でてくれる。今守られてるのは俺なんだ。あの時、俺が守りたくて、側に駆けて行ってこの腕の中に抱きしめたくても触れることさえ許されなかった人が。
「悲しいことを思い出させてしまいましたか?」
耳元で囁く小鳥の声に我に返った。またこの人を一人悲しませるようなことは絶対にしたくない。
「いえ、ゼルダが可愛すぎて涙が出たみたいです。」
「もう!何言ってるんですか!…でも、話したくなければ…」
顔を覗き込んできたゼルダの唇に自分の唇を押し付ける。
柔らかくて、暖かくて、甘くて、すごく大切なもの。
なんども押し付けて、離して、吸い付いて、抱きしめたゼルダが俺の中に溶けて無くなってしまうまで続けたい。
「りん…ん!待って、息が…」
さっきよりも赤くなったゼルダが目に涙をためて唇を離した。もうそこにあの色は残っていない。
「ごめん、ずっとこうしたかったんだ。」
「…私も、リンクと…キスするのは好きです。」
濡れた唇に親指を当てて撫で回す。
「俺、もっとしたいです。寝る前だけじゃなくて、朝も、昼も、ご飯の前も後もしたいです。いけませんか?」
「ご飯の前後もですか?リンクらしいですね。」
頬を摺り寄せてくる仕草がたまらない。
指にわずかな色がついて残っている。
「せっかくつけたのに、落ちちゃいましたね、口紅。前も、同じ色でしたよね。」
腕の中から離さずに俺の宝物を見つめる。
「私のお気に入りの色なんです。ほら、まだたくさん残っていますから大丈夫ですよ。昔もいつもウルボザが持ってきてくれていたんです。」
ゲルド模様のリボンがあしらわれた小ぶりの容器を取り出して見せてくれた。
「あれはゼルダの好きな色だったんだ。あの時、もっと褒めていればよかった。可愛くて、美味しそうですって。」
「?!あの時代のあなたがそんなことを言ったら、お熱があるのかと思いますよ。」
「熱ならありましたよ?ゼルダには伝わらなかったようですけれど。
あ、そうだ!お好きならもっと買っておかなければ。まだあの商人いるかな?」
「またそうやって。私のものは私のおこずかいの中でー」
俺の腕の中で息巻くゼルダは本当に可愛い。
「だってつけたそばから俺がとっちゃいますよ?」
また、俺はゼルダが息ができないと言うまでキスを続けた。