untitled / 恋衣都「ごめん、もう少し一緒にいたい」
いつものレイトショー。いつもというには回数が少ない気もするけど。
そんな帰り際、彼らしくない言葉に耳を疑う。
彼らしくないというのも失礼だと思うけれど、本当に彼らしくはないのだ。
私の知る綾戸恋さんは、映画や好きなことには饒舌になっても、自分のことも他人のことも多くは話さない。
だから私たちが繋がっているのは仕事と映画だけで。それだけ、
それだけで――
夜道を隣歩いて寮まで送ってもらってそれだけだったのに、彼に腕を引かれて入ったのは二回目のレイトショー。
本当に最後の時間帯のレイトショーだ。恋さんとも滅多に来ない。
ポップコーンの売り場も閉まる時間帯なのだと彼に引かれる腕に意識がいかないようにする代わりに焦げたキャラメルの残り香がやけに鼻についた。
客もぽつりぽつりと席をわざと空けて座っている。そんな中で潜り込んだそこは意外にも人気のない一番後ろの隅の席だった。
目の前で映るのは恋さんが普段好むような映画ではなくて、大ヒット上映中と何回もうたわれる映画で、彼が本当に観たかったのかという思いから落ち着かない。
そわそわと膝の上で手を動かす自分が嫌で、でも彼の顔をのぞき込む勇気もなくて、二時間の時間なんてすぐに尽きた。
なぜこの二時間は存在したのか。彼からのアクションが特にあったわけでもないので、もしかしたら本当にまた観たくなっただけなのかもしれない。
いくら恋さんだって、私とでも暇つぶししたくなる日だってあるよね。そう思い込んで、じんわりと明るくなった照明と同時に珍しく私から席を立とうとする。
「あのさ」
だけどそれはいつもより強く握る恋さんの力で押さえられてしまった。そしてようやく、映画中だけは手を離してくれていたことに気づく。
「もしかしたら泣きたいのは俺のほうかもよ……?」
「……恋さん……」
「俺の都合のいい風に解釈しちゃうけどいいの?」
「…………それは……」
「はあ……いつもの俺なら、今のなしなしって言えるのにな。衣都、俺が我慢強くないの知ってるよね?」
彼の綺麗な蜂蜜色の瞳を濁らせてしまったのが私でなければよかったのに。
『告白されてからXX日の最低な私と人格者の彼』