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    tuduriki_dai

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    tuduriki_dai

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    逢璃ちゃんが加入して少し経ったくらいの頃。半年~一年くらい前。

    逢璃と一緒に料理を作る話「料理を一緒にしたいの」
     胸を張りこちらを見上げる逢璃に、祀蛇李夭は目を眇めた。
     とある日の昼下がり。うららかな日差しが、のんびりと都を照らしている。
     平和な日だったはずだが、なんだか面倒事に巻き込まれそうな気配だ。宮に用があり、珍しく昼前に大内裏を訪れたのだが、時間をずらせばよかったか。
    「天雨に言え」
    「そこなのよ、李夭」
     芝居がかった仕草で人差し指を立てる逢璃に、李夭は顔をしかめた。
    「ひな姉に、普段のお礼がしたいの。わたし、ひな姉のおかげでこんなに料理できるようになったわって、料理を作っていってあげたいのよ」
    「一人でやれ」
    「自信がないのだもの」
     堂々と言うことなのかそれは?
     呆れを最大限に込めて逢璃を見やるが、気づいていないのか気づかないふりをしているのか、少女は両手を握り合わせて、李夭を上目遣いに見上げた。
    「だから李夭、一緒に料理をして」
    「……今のを天雨にそのまま言え」
     きっと泣くほど喜ぶだろう。天雨陽葵は、この世慣れしていない少女を、たいそう可愛がっているので。
    「わかってないわね李夭」
     やれやれと大仰にかぶりを振る逢璃に、李夭の苛立ちはいよいよ危険水域に達しそうだ。
    「内緒の贈り物って、とっても素敵なのよ!」
    「俺を巻き込むんじゃねえ」
     心の底からうんざりした声が出たが、逢璃は全く怯まない。無駄に肝が太い。
    「李夭だって、ひな姉のこと大好きでしょ? いつもお世話になってるし。きちんとお礼をした方がいいわ」
     腰に手を当てて李夭を見上げる少女に、怒鳴りかけて、口をつぐむ。
     確かに、天雨にはいつも世話になっている。感謝をしていないわけではない。……嫌いなはずもないのだし。
     ため息を一つ。奈落の底まで沈んでいきそうな重いやつ。
    「……好きにしろ」
     やったあ! と小躍りする少女に、もう一つため息が零れた。

     とは言ったものの、先刻の自分の発言を、李夭は激しく後悔していた。
    「痛っ!」
     さっきから何度目だろう。この声を聞くのは。
     危なっかしく包丁を握った逢璃は、先程から薩摩芋の皮を剥こうとして自分の指を剥きかけている。それも何度も。
     ため息をつくのも何度目だろう。もう数えきれないほどだ。
     包丁を置き、黙って手をかざせば、温かな光が染み込んで傷が癒える。
    「……ありがとう。李夭は手当が上手よね」
    「褒めても何も出ねえぞ」
     陸奥紫月から習った手当を、こんなことのために使う予定はなかったのだが。
     大内裏の厨房だとバレちゃうから! と逢璃が姦しく言い立てるので、仕方なく李夭は自宅の台所を提供した。まあ、食材は持ってくるようだしいいか、と思ったのが間違いだった。
    「この包丁、使いづらいわ。他のはないの?」
    「人の台所借りておいて言う台詞かそれは?」
     まったく、何様お姫様だ。やれやれとかぶりを振り、李夭は逢璃の手から包丁と薩摩芋を抜き取った。
     このままやらせていたら、料理の調味料が彼女の血になってしまう。天雨もそれはさすがに遠慮したいところだろう。
    「お前はもう包丁を使うな」
    「でも、包丁を使わないとお芋のきんとんは作れないわ」
    「切るのは全部俺がやる」
    「それじゃあわたしが作ったことにならないじゃない!」
     憤慨する逢璃に、めんどくせえ、と李夭は呻いた。腕が足りないのだから、黙って言うことを聞けばいいのに。
     まあ、それを言ったところで時間を食うだけだ。説得はもとより得意ではないので、方針を転換するしかない。
    「……じゃあ、作る物を変えるぞ」
     仕方ないので李夭の手持ちの食材を提供することにする。
     牡丹餅にするつもりだった小豆を取り出し、ざるに入れて水の入った木桶に浸けた。
    「これを洗う……前に少し待て」
     李夭が気にかけてやる必要もないのだろうが、気にならないと言えば嘘になる。
     急いでサチの部屋まで行き、箪笥にしまっていた割烹着を取って戻る。
    「これを着ろ。服を汚しでもしたら鈴翔がうるせえ」
     あんた女の子の服が汚れるのをただ見てただけなの?! と凄む彼が鮮明に脳裏に浮かんだが、頭を振って追い払った。今対策したのだから怒られる謂れはない。
     割烹着を受け取った逢璃は、少し戸惑っているようだった。
    「ええと、これは李夭の?」
    「……俺のばあさんのだ。嫌だとは言わせねえ」
     この家にはそれしかないのだから。
    「勝手に借りて大丈夫? っていうか、おばあさんにご挨拶してないわ」
    「要らねえ。もう死んでる」
     逢璃は息を呑んだ。いちいち大げさな奴だ。
    「……あの、ごめんなさい」
     眉を顰める。何をそんなにしおらしく謝る必要があるのだろうか。
    「思い出すの、悲しいでしょ。もう会えない人だし」
     問いかけるような李夭の視線に促されたのか、逢璃はもごもごとそう言った。
     しばし逡巡して、李夭は口を開いた。
    「猪戈狩が、ばあさんの葬式の時に言ってた。あの世へ行った人間のことを、生きてる人間が思い出す時、そいつの周りに花が降るんだそうだ。だから、沢山思い出せと」
     花が嫌いな人間はそういない。サチも好きだった。李夭が思い出せば、花が降って、きっと喜んでくれるだろう。だから、李夭はサチの話をするのもされるのも嫌いではない。
    「……そう、なの?」
    「猪戈狩は妙な嘘はつかねえ」
    「そう、だね。いい人だもんね」
     ほっとしたように、逢璃は笑った。
     さて、何はともあれようやく準備は整った。李夭の腹も決まった。ここまで来たからには徹底的にやらせてもらう。
     まずは中の餡作りだ。逢璃に小豆を洗わせている間に薩摩芋の皮剥きをする。
    「洗ったわよ」
    「この鍋に小豆と新しい水を入れろ。水は鍋の八分目までだ」
     水を入れたら鍋を持てないと悟ったか、先に竈にかけた小豆の鍋に、小鍋でちまちま水を入れる逢璃を横目に、全ての芋の皮を剥き終え、水を張った鉢に入れてさらす。
    「どれくらい煮るの?」
    「湯の色が変わるまで」
     熾にしておいた竈に薪を入れて強火に起こし、逢璃に鍋を見張らせる。
     その間に昼飯の準備をしてしまう。想定では昼前におわるはずだったのだが、そうもいかなそうだ。一度腹ごしらえをした方がいい。
    「李夭、色が変わったわ」
     はしゃいだ声に鍋を覗けば、湯が濃い赤褐色になっていたので、一粒食べて渋が抜けていることを確認して小豆を笊にあげ、鍋をよく洗う。
    「お湯を捨てちゃうの?」
    「これは渋きりだから湯は捨てる」
    「そもそも何を作っているの?」
     言っていなかっただろうか。首を傾げたが、まあもう一度言ってもいいかと口を開く。
    「薯蕷饅頭を作る」
    「お饅頭? あ、これはあんこになるのね!」
     なるほど、これは作ったことはないのか。天雨なら作っていそうだと思ったが。
     俄然やる気が湧いたような逢璃を背に、鍋に小豆を戻して再び水を張る。
    「これからまた小豆を煮る。灰汁が出るから逐一掬え」
    「わかったわ」
     灰汁がわかるか一抹の不安があったが、力強い返事に胸を撫で下ろした。
     鍋の番を任せている間に昼飯作りを再開する。食べないかもしれないと思いつつ一応逢璃の分も作ったが、食べるというので出してやった。反応は悪くなかったので、美味かったのだと思う。
     交代で昼飯を取り終えれば、ちょうど小豆の煮あがりだ。
     一度鍋を竈から下ろし、薪を除けて火の大きさを調整する。
    「出来上がり?」
    「これから砂糖を入れて炊く」
    「時間がかかるのね……」
     料理とはそういうものだ。
     鍋を竈に戻し、砂糖を取り出す。ざらざらと入れれば、逢璃は目を丸くした。
    「随分沢山入れるのね。李夭は甘いのが好きなの?」
    「まだ半量だぞ」
     信じられないような顔をする逢璃を後目に、木べらでぐるぐるとかき混ぜ、砂糖が溶けたのを確認してから残りの半量を入れる。降り積もる薄茶の粒が小山のようになるにつれ逢璃の目が見開かれていくのがおかしくて、噛み殺しきれなかった笑いで喉の奥が鳴った。
    「ね、ねえ李夭、入れすぎじゃない? 本当にこの量で合っているの?」
    「小豆と同量だ。間違ってねえ」
    「お砂糖の塊じゃないの」
     最初に小豆餡の調理工程を見た時は李夭も同じことを思ったので、その辺りの感覚は逢璃と似ているのだろう。
    「このまま水分が飛ぶまで煮詰める。焦げ付かないように見張りながらたまに混ぜろ。小豆はなるべく潰すな」
     小豆餡は逢璃に任せ、芋きんとんにとりかかる。せっかく逢璃が持ち込んだ食材なので、こちらも饅頭の餡にしてしまおう。
     水にさらしておいた芋、芋の倍量の水、荒い布袋に入れた砕き梔子の実を鍋に入れ、竈にかけて煮る。そのまま芋が柔らかくなるまで火を通したら、梔子の実を取り除いてざるにあげる。
     そろそろ小豆餡の方も頃合かと覗いてみれば、良い具合だ。
    「良さそうだな。少しどいてろ」
     逢璃をどかし木べらを取り上げ、塩を少量加えて混ぜる。塩が均等に回ったところで鍋を竈からおろし、木べらにこびりついた小豆餡を指で掬って味を見る。なかなか上手くできたようだ。逢璃はきちんと灰汁を取れたらしい。
     逢璃にも味見をさせてやるかと、「手を出せ」と言いかけて口を閉じる。脳内で鈴翔が「女の子にそんなお行儀の悪いことさせるんじゃないわよ!」と詰め寄ってきたのにため息をつき、小皿に小豆餡を少し取って小さな匙をつけて渡した。
    「味見」
     受け取ったのを確認し、芋きんとんに戻る。
     竈にかけた鍋の中で調味料を加えた芋を潰している最中、意を決したかのような「いただきます」が聞こえ、そのすぐ後に歓喜の声が追いかけてきたので、彼女の舌にも合ったようだ。
    「李夭、おいしいわ! ねえ、もう少し食べてもいい?」
    「構わねえが、それをさっき砂糖の塊だと言ったのはお前だぞ」
     逢璃は途端に静かになった。
     つまみ食いは彼女の好きにさせることにして、鍋の中で丁寧に芋を練る。梔子の実で鮮やかな黄金色に染まった芋は、見た目からして美味そうだ。
    「わたしもやるわ」
     どうやら自制心が勝ったらしい逢璃が鍋を覗き込んできたので、「このまま練ってろ」と木べらを渡し、濡らした手拭いを敷いた大きな木桶に、小豆餡を小分けにして並べていく。
    「木べらが重たくなって動かせないの」
     作業が終わったくらいで逢璃が音を上げた。差し出された木べらを受け取り、ぐるりと混ぜれば、確かにもったりと重くなっている。
    「いい具合だな」
     こちらも味見で木べらについた分を少し掬い、口に入れる。滑らかで甘みも丁度良い。
     逢璃用の味見で先程の小皿に少量取りわけて鍋を竈から下ろす。こちらは粗熱が取れてから小分けにするので、少しの間このままだ。
    「お芋のきんとんも美味しいわ! でも、ひな姉のとは味が少し違うのね」
    「俺のはばあさんの味付けだからな」
     家庭ごとに味付けが違うのも、料理の醍醐味だろう。
     餡がひと段落ついたので、次は皮を作る。翠が持ってきた食材の余りに大和芋があって幸いだった。これがなくても小麦粉とふくらし粉で皮は作れるが、薯蕷饅頭の方がしっとりとして美味い。
     皮を剥いた大和芋をすりおろし、上白糖とよく混ぜ、滑らかになったところで薯蕷粉の中に生地を置く。薯蕷粉と生地を混ぜる工程は少し繊細なので、逢璃には任せられない。彼女には芋きんとんを小分けにする作業を指示しておいた。
     丁寧に生地を捏ねて丁度良い具合にできたので、小分けにしていく。大和芋が大きかったので生地も多めになったが、餡が沢山あるので問題ないだろう。
    「李夭、皮はどう?」
    「問題ない。包んでいくぞ」
     切り口を内側にして生地を広げ、先程小分けにしておいた小豆餡をまず包んで見せる。
    「生地を広げたら餡を乗せてこう包む。閉じ口を下に。できたら濡れ布巾の上に乗せていけ」
     ふんふんと頷いた逢璃は、楽しそうに餡を包み始めた。
     饅頭を包んでいくのは逢璃に任せ、こちらは蒸篭の準備を始める。鍋に水を入れて竈にかけ、その上に蒸篭を置けば準備完了だ。蒸気が上がってくるまでに少し時間があるので、饅頭包みに戻る。
     小豆餡の方は逢璃が黙々と作っているので、李夭は芋きんとん餡の方に手を付けた。よく練った芋きんとんは、質感がこしあんに少し似ている。手早く包み、こちらも濡れ布巾に置いていく。
     ぐらぐらと湯が沸き立つ音が大きくなってきたので、そろそろ良いかと逢璃の包んだ饅頭をいくつか蒸篭の中に入れて蓋をする。
    「蒸したらできあがり?」
    「そうだ」
    「やっとだわ」
     それはこちらの台詞だ。
     残りの餡を全て包み終えた頃に、第一弾の饅頭が蒸しあがった。
     わくわくと逢璃が背後で覗き込んでいる気配を感じつつ、蒸篭の蓋を開ける。もうもうと立ち込める蒸気の中に、白く丸い饅頭が鎮座していた。
     さて、上手くできただろうか。薯蕷饅頭は美味い分難度が高めだ。概ね問題はないと思うが、絶対ではない。
     ひとまず敷いていた濡れ布巾ごと平皿に置き、一つ取って半分に割る。ほんの少しだけ皮がもちりと伸びた後、呆気なく割れた饅頭は、黒い小豆餡と白の皮の対比が美しい。
     半分に割った内の片割れを逢璃に渡し、もう半分を齧る。滑らかな舌触りにほんのりと甘い皮は、見事な仕上がりだった。
    「んん~!」
     ほっと小さく息をついていると、逢璃が横で歓声を上げた。
    「おいっしい! すごいわ李夭、わたしすごく美味しいお饅頭を作ったのよ!」
    「……よかったな」
     諸々言いたいことはあるが、喜びに水を差す必要もあるまい。
     ため息をつき、残りの饅頭を蒸しにかかる。これを全て蒸してしまえば、李夭も料理指南のお役御免になれる。
    「ねえ李夭」
     嫌な予感がした。したが、注がれる視線に耐え切れず、渋々振り向いた。
    「このお饅頭、もうちょっと可愛くできないかしら?」
     白一色の饅頭を指し、逢璃はにっこりと笑った。自分の要望は聞いてもらえるものだと、無邪気とも傲慢ともいえる信頼をその目に浮かべて、こちらを見上げている。
    「……お前なあ」
     言うと思ったが半分、言って欲しくなかったが半分。深いため息をつき、七輪を引っ張り出す。
     竈に炭団を突っ込んで火をつけている間に、金串と食紅を用意した。真っ赤に燃えた炭団を七輪に入れ、金串を焙る。
     横でじっと逢璃が見ているのを無視し、金串が充分熱されたのを確認して饅頭を一つ取り、金串の先だけを二度押し当てた。
     じゅう、と音がして、白い饅頭に細長い焼き目がつく。長い耳のようなその焼き目の下に、水で溶いた食紅を爪楊枝の頭で押し当てれば完成だ。
    「兎だわ! 可愛い!」
    「これ以上はできねえからな」
    「充分よ! ありがとう!」
     金串を渡せば、逢璃は嬉々として兎を模した饅頭を量産し始めた。
     どっと疲れた気分で、李夭は蒸篭へ向かった。とにかく早く終わらせてしまおう。これが終わったら、この間宵之介が教えてくれた小料理屋に行くんだと即席で予定を立て、気力を奮い立たせた。

    「ひな姉~!」
     大内裏内、天雨の部屋。襖を開け放ち、小走りした逢璃が、そのままの勢いで部屋の中にいた天雨に抱き着く。天雨はにこにこと、普段通りの笑みを浮かべていた。
    「今朝ぶりですね、逢璃さん。どこかに行っていたんですか?」
    「うん! あのね、李夭のお家に」
     李夭さん、と少しだけ目を丸くした天雨は、逢璃の後ろで重箱を持って渋面で立っていた李夭を見やった。
     本当は大内裏に来るつもりはなかった。だが、饅頭を詰めた重箱を持った逢璃が、あまりにも不安定で見ていられなくて、いや、決して逢璃が心配だったわけではない。折角作った饅頭が無駄になるのが嫌だったから、仕方なく荷物持ちをしてやっているだけだ。本当に仕方なく。
     天雨と目が合ったので、李夭はため息をついて重箱を突き出した。
    「お前に料理を作っていきたかったんだと」
    「あら、まあ」
     目を瞬かせた天雨は、くしゃりと相好を崩した。いつもの泰然とした笑みとは少し違う、どこか子どもっぽい笑顔だった。
    「ありがとうございます。何を作ってきてくださったんですか?」
    「ひな姉、きっとびっくりするわよ! 李夭、開けてちょうだい」
    「命令すんな。張り倒すぞ」
     とっとと開けてとっとと帰ろう。ため息をつきつつ、風呂敷を解いて重箱を開ける。
    「まあ」
    「可愛いでしょ! わたしの次に!」
     重箱に整然と並んだ白い兎の群れは、逢璃でなくとも胸を張りたくなる出来だ。
    「ええ、とても可愛いですね、逢璃さんの次に」
    「えへへ、そうでしょう?」
    「帰っていいか」
    「まだよ李夭」
     李夭の問いはあっさり切り捨てられ、逢璃の口上が続く。
    「可愛いだけじゃないのよ。とっても美味しいの。ひな姉食べてみて!」
    「ええ、いただきますね」
     丸い兎を一羽手に取り、小さく割って口に運んだ天雨は、少し大げさなほど目を瞠った。
    「美味しいですね。とても良い出来のお饅頭です」
    「そうでしょ、そうでしょ!」
    「俺もういらねえだろ帰るぞ」
    「まだだってば」
     正直退出の許可などいらないな、と李夭が思った時、ととと、と軽い足音が聞こえた。
    「あっ、あまう、なんかおいしそうなもの持ってるッスね!」
    「あまいにおいする! おかし?」
     天雨の部屋にひょっこり顔をのぞかせたのは、文月夏帆と、その養い子の光だった。
    「夏帆~! 光ちゃん~!」
     逢璃がにこにこと手を振る横で、李夭は思わず天を仰いでいた。面倒くさい奴が来てしまった。重箱を置いて即座に帰ればよかった。
     重箱を持ち、逢璃は二人が中身をよく見えるように差し出した。
    「ねえねえ見て、お饅頭作ったのよ。わたしが! 李夭と一緒に!」
     一緒に? と目を丸くして文月が李夭に視線をやる。そして、にんまりと三日月のように口の端を吊り上げた。
    「へえ~」
    「何をニヤニヤしてやがる」
    「べっつにい~」
    「その腹の立つ喋り方をやめろ」
     殴ってやろうかと拳を握るが、光がいる前だと多大なる自制心でもって開く。
     李夭がどうにか怒りを鎮めようと努力している間も、逢璃と光は随分と楽しそうだった。
    「たくさんあるから光ちゃんもどうぞ!」
    「いいの? いただきます!」
     差し出された重箱の中の兎を一羽摘まみ上げ、光がかぶりつく。
    「んん~! おいしい!」
    「そうでしょう?」
     逢璃は満面の笑みを浮かべていた。まあ、作ったものを褒められる喜びは、わからないでもない。
    「あいりちゃん、おりょうりじょうずだねえ」
    「えへへ~ありがとう!」
    「そいつ」
     包丁もろくに使えないぞ、と光へ言いかけて、天雨からの非常に強い視線を感じて口をつぐむ。こいつは怒ると長くて面倒なのだ。
    「逢璃、自分も食べたいッス!」
    「もちろん! 夏帆もどうぞ」
    「じゃあ~これ!」
     和気藹々とした空気に、自分がここにいる意味があるのかいよいよわからなくなって李夭が首を傾げた時だった。
    「なんや、みんなして集まって。賑やかやなあ」
     なぜ増える。
     ひょいと顔を出したのは、紫煙のにおいをまとった陸奥だった。珍しく煙管を手に持っていないのは、光に配慮したからだろうか。
    「紫月兄~!」
     ぴょんと飛びつく逢璃を手際よくあしらいながら部屋へ入って来た陸奥は、天雨の前に置かれている重箱に視線をやった。
    「おお、なんやえらい可愛らしい饅頭やなあ」
    「わたしが作ったのよ! 李夭と一緒に!」
    「そうかあ、よかったなあ」
     逢璃の頭を撫でた陸奥は、目を細めて李夭を見やった後、差し出された饅頭を一口でぱくりと食べた。
    「ん、美味いなあ、逢璃ちゃん。ほんまに上達したなあ」
    「そう、そうなのよ! わたし、ひな姉のおかげでお料理こんなにできるようになったの」
     ね! と抱き着いてくる逢璃に、天雨の笑顔はそれはもう輝いていた。
    「逢璃さんの努力の結果ですよ。よく頑張りましたね」
     頭を撫でられて喜ぶ逢璃。それをにこにこと見守る文月と光と陸奥。非常に心温まる光景だ。李夭はほぼ蚊帳の外だが。
    「もう満足しただろ。俺は」
     帰る、と言いかけたその瞬間。
    「りおちゃん、フヂノたんを仲間外れにするのはよくないのだわよ」
     ぞわりと首筋が総毛立つ。反射的に振り向けば、そこにはフヂノが立っていた。
     白塗りの顔でべえ、と舌を出し、両手を前でゆらりと揺らす。
    「うらめしや~」
    「意味がわからねえよお前は」
     なぜ幽霊。いつ背後に。そもそも仲間外れにした覚えはねえ。しかもなんで俺に言う。言いたいことがありすぎるが、口は一つしかないので詰まってしまって出てこず、結果いつもと同じ文句になってしまった。
    「フヂノたんの分ももちろんあるわ。はいどうぞ!」
    「ありがとうなのだわ」
     李夭で遊ぶことより魅力的だったのか、あっさりとフヂノは逢璃の差し出す饅頭の方へ引き寄せられていった。
    「どう? 美味しい?」
    「ばっちぐーだわよ」
    「なんなんだそれは」
     本当に意味がわからない。そもそもこのフヂノという少女を理解できたためしはないのだが。
     鉛よりも重いため息をついた李夭の羽織の裾を、誰かがそっと引いた。
     見下ろせば、頬を薔薇色に染めた逢璃が李夭を見上げて立っている。
    「李夭、今日は本当にありがとう。李夭がいなかったら、わたしなんにもできなかったわ」
     本当にな、と言いかけたが、その言葉は押し込めた。不用意なことを言って、わざわざ非難を浴びる必要もない。
     代わりにもう一つため息をついて、口を開く。
    「……今日ので覚えただろ。もう一人で作れるな」
    「それは無理よ」
    「あ?」
     逢璃は、いっそ誇らしげに胸を張った。
    「わたしはお湯のお鍋も持てないし、怖くてお砂糖をあんなに入れられないし、皮だって李夭が作ってたし、一人じゃお饅頭を作るのは無理よ」
    「威張るな」
     自分ができないことを堂々と言える、そのよくわからない度胸はなんなのだろう。
    「だからね、李夭」
     李夭の呆れた視線をものともせず、逢璃は笑う。
    「また一緒にお料理作りましょう。とても楽しかったもの!」
     一切の衒いのない笑顔。無邪気で無垢なそれがなんだか眩しくて、李夭は目を細めた。
    「……暇だったらな」
     面倒だったが、まあ、悪い日ではなかった。そういうことだ。
    「りおう~~~このこの~~~」
    「やめろ文月突くな」
    「美味しいお饅頭は特等席で食べるが吉なのだわ」
    「俺に登るな頭の上で饅頭を食うなともかく降りろフヂノ」
    「りおー! ひかりも! ひかりも!」
    「行儀悪いから真似するんじゃねえ光」
    「ああ、いい光景やなあ。心の疲れが一気に溶けていくようや。一服しとうなったわ」
    「やめろヤニカス」「だめですよ紫月さん」
    「ひなちゃんまでいけずなこと言うなあ。あと李夭、ヤニカスはひどいて」
    「事実だろうが」
     やいのやいの、言いあっている間に、いつの間にか天雨が李夭の前に立っていた。
     何事かと見やれば、天雨がにこりと微笑む。
    「李夭さん、よく頑張りましたね。ありがとうございます」
    「……フン」
     こういうのもたまには悪くない。ほんのたまになら。
     戦うための華鬼だが、戦うだけの人生ではないのだから。
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