【ゲ謎/父水】愛し子よ、優しい祈りに抱擁を。 霊毛の組紐の話。と言うかご先祖様の話。
多分だけど組紐ってゲの人の心の支え的なところが大きかったんじゃないかなぁとか。
本人が語らないから分かりにくいけど、最低何百年かは生きているだろう(なにせ70年が普通の感覚である)彼がいつ親や同族と別れて暮らし始めたか分からないし、何より『ご先祖様』に極端な反応をしていたので。
下手したらあの小さな姿の時から一人だった可能性すら有るという…。
たとえ息子が居て己の全てを彼に受け渡す覚悟だったとしても、たまにちゃんちゃんこを撫でてそうな心地がしている。
赤子の上に掛けられたそれに触れながらぽつぽつと、ぽつぽつと溢れる言葉がきっと有るだろうなぁと。
いらっしゃいますか、父上、母上、ご先祖様。
我が子がこんなにも元気に居られるのは何より嬉しゅうて、この頃ちらちらと昔を思い出しては懐かしむ事が増えております。
何せこのような身体である故出来ぬ事の方が多過ぎて歯噛みする思いでは有りますが、友の手を借りどうにか倅を育てております。その友に報いる事すらままならぬ我が身が悔しゅうてなりませぬが、せめてあやつが穏やかに日々を過ごせるよう手を尽くしておるところです。
いや何、あの日の事は後悔してはおりませぬ。
あの日見たかった世界は今此処にある故、一欠片も怨みなど。
……けれど、あの幼き日々の中でわしが与えてもらった全てを倅に与えてられぬのは、すこし、悔しいのです。
彼は紛れもなく一族の末の子供の一人で、彼自身も愛されるべき存在だった。
けれどその彼が全てを擲ち加護を渡したのは、一人の人間だった。
妻でも子でもない、たった数日傍に居ただけの嫌いだった…憎んでいた筈の筈の人間という種族の青年。
確かに渡さねば彼は死ぬだろう。狂骨を使役していた一族では無い唯の人間。これを着ていればどうにか、という状態であるだろう。けれど。
「必ず帰ってこい」
「また会おう」
交わされた約束は、双方叶わぬのだと理解していて、それでも『相手の為』交わされたのだろうか。
我らが子孫は何の為此処まで生き抜いたのか。
一人の人間にその全てを託し、我らの怨念を鎮める為だけに?
否、否である!
彼もまた我らの愛する子ぞ!
僅かだけの加護。僅かだけの願い。
それぞれが誰かに託す、希望。欲しいと手を伸ばした未来。
人間は願った。お前と家族が共にある日々を。
幽霊族の依代は願った。一族の鎮魂と、友と息子の未来を。
幽霊族の妻は願った。引き裂かれる夫とその友の再会を。
そしてまだ目を閉じているもうひとりは願う。目が覚めた時そこに、聞こえた全てが揃っていることを。
故に一族は妻にかけられたまま人間を守護した。
狂骨になりながらもちゃんちゃんこに収まれなかった残滓は幽霊族の依代を守護した。
そして、依代の命を刈り取る儀式が始まる其処に居たのは、本来の依代たる少女もだった。
のうのうと生き延びるならばとり殺してやろうものを、彼は一族の悪事全てに身を差し出した。
彼が最後に声に出したのは、己がただ一人欲した人への未来への寿ぎだった。
あぁ叶わない。私の恋も、怨みも、狂気も、この爪も何もかも。
私は欲した。
貴方は与えた。
愛して欲しかった彼はどちらにも応えた。
けれど、選んだのは。
この村という窖から出て行きたかった。ただの私を見て欲しかった。何かを求められればちゃんと応えた。秘密を分けあえて嬉しかった。
…けれど私はあなたを、見なかった。
見たく無かった。
私は夢を、見たかった。
こんな現実など見たく無かったから。
見せたくは無かったから。
あの人の前では無いものとしたかったから。
だから、『貴方は此処から出て行って』。
憎らしい貴方。
とり殺すだけではまだ足りない。醜く生き永らえて、全て忘れてしまったあの人に振られてしまって。
その為の依代。
私は狂骨の依り代。
嗚呼私の悲しみに共鳴した一族の罪の成れの果て、狂いながらも殺せず従わされた者達よ。私の魂に寄り添う全ての呪よ。
全て全て、私においでなさい。哀れな彼らなど捨置きなさい。
私をその炎で魂まで燃やして罪を償わせなさい。
何度でも何年でも燃やし尽くして、この嘘から始まった大切な恋を終わらせましょう。
それで良いでしょう? 憎らしい貴方。
私は、この恋に生きた事を後悔はしない。しないと決めたのです。
だから貴方はご勝手に。
此処からは龍の名を還す旅路。罪には罰を、悲鳴には贖いを。
けれど此処にはもう、新たな悲鳴は生まれない。響かせはしない。
かなしみをを全て焼き尽くすまで、此処に。
どれだけの時が必要だとしても。
だからいつかまた、地獄の底で。
いつか誰かの言ったこと。
悲しい少女の一声と、優しい誰かの呼び声と。
待ってる人が、居るのでしょう?
歩け歩け、駆けよ足よ。
大切なものを手に、欲した未来へ駆けよ足よ。
対価に身体を蝕まれ、心を食い荒らされたそのままに、願いの為に駆けよ。
友よ。
その未来が願ったものとは違う形であろうともー…
一筋、糸が落ちている。
細く細く、最後の皇の血筋の髪の色と同じ細い糸が落ちている。
人には見えぬ、細い細い、途切れそうで儚い、その糸を男はつまむ。
縁よ。
繋ぐ想いよ。
編まれたその力は誰のものか。
それを結んだ者は誰か。
彼の小指に結んだのは依代の少女。
もう一人に結んだのは彼の妻。
その端と端を握る、未だ目を閉じた未来。
記憶も無く、かつての姿は無く。
それでも、それでも。
再び逢いたくて、恐ろしくて、嬉しくて、逃げ惑って。
それでも、彼は来た。
縁がこの手にある事を目覚める未来は知っている。
さぁ受け取るがいい、我らの子供たちよ。
小さな子とその母が握り離さなかった記憶と、未来を守り抜いてくれた二人への我らの寿ぎを。
我らの子よ。過去、今、未来は全て運命よ。
『今』と共に行くがいい。我等はその先をも護ると決めたのだ。
お前が息子に願う暖かなもの。それは確かに、此処に在るだろう。
お前が悩むその姿こそ、我らとまた同じなのだと。
案ずるな。お前の愛は此処に在る。それは正しく継がれていく。
我らは此処に居るのだ、愛し子よ。
言葉は無く、けれど愛は其処に在る。
息子の横で眠る目玉を見つめ、男はちゃんちゃんこを二人の肩までかける。
姿は違えどそっくりじゃねぇか。なぁ、目玉。
こんな時は煙草が恋しくなる。しかし僅かな恋しさでしか無く、まるでその欲すらもあの村に置いてきたのかとすら思うようになっている。
お前はいつも申し訳無さそうにするが、お前達が此処に居てくれるだけで十分だって、どう告げれば良いだろう。
まぁ今は、このくらい。
眠る彼らを見守って、ただ安らかであれと。
人生で一番優しい時間をくれた二人に、全て手遅れにした人間が何をと自嘲する事を許せと祈りながら。
全て持ってって構わねぇから笑ってくれよ。瞼の裏に棲む人よ。
夢の中で、小さな赤子とそれを抱える少年が、大人たちに撫でられている。
愛しているよと包まれるそれを、微笑ましく見ている。
愛よ。優しい祈りよ。
お前たちにその全てが降り注ぎますように。
「水木」
二人が手を差し出してーー…
「水木!」
抱擁を受けた所で男は目を覚ました。
「……おはようさん」
「うむ。」
何か、幸せな夢を見ていたと男が呟けば、目玉もわしもじゃよと笑った。
そんな、遥か過去から受け継がれる愛の物語。
Jun 13, 2024 12:08 BlueSky
2024/09/12 11:01 微修正