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    gatosho223

    @gatosho_223

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    gatosho223

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    供養です。😭

    百合が咲く頃、僕らは序章
    0
     皿に、パンケーキが乗っている。
    それを飾るさくらんぼは宝石のようにキラキラしていて、ホイップクリームは雪のように真っ白でふわりとしていた。
    ほどよく焼けた黄色にさくりとフォークを刺し、ナイフを通すとスポンジがやわらかく押し返す。
    ふわふわのスポンジを口に入れると、すぐさまやさしくて甘い食感が口内を満たす。
    おいしいね、と二人は笑い合った。
    晴れた日のもと、御屋敷の庭で二人はティータイムをしていた。
    一人のパンケーキにはたくさんのクリームが飾り付けられ、もう一人のパンケーキにはクリームは少ないが、代わりにプリンが乗せられている。
    本来関わるはずのない悪魔と天使。
    だが、二人は何時も一緒にいた。
    「あしたも一緒に遊ぼうね」
    「ずっと、ずーっと一緒だよ!」
    そんな約束を、毎日のように交わしていた。

    目の前で寝ている男を見やる。
    これで良かったのだ。
    もう一度、やり直せばいいんだ。
    もし、これが間違いであっても、自分で選んだ道だから。
    ずっと引摺るって、決めたから−
    一章
    1
    「うーん…」
    ある日の朝。
    サラサラとした白い髪に金色の目をもつ天使のエメリナ・ローワン(僕)は、困っていた。
    頭を軽く抑えながら、少々前のめりに手に持っている資料を凝視する。力が少し入っていたのか、知らないうちに端っこにシワが小さくできていた。
    「どうしたんですか?ローワンさん」
    「んあ?あ、メア。今日は早かったな!いつもは遅刻してくるくせに」
    中学生並の若見えで、水色の髪の気だるげな表情が特徴的な男が声をかけてきた。
    メアは部下。大抵遅刻してくるやつだけど、いわゆるシゴデキなので咎められていない。本当、羨ましい限りだ。
    見た感じ少食だが、飲み物はよく飲むため大抵マグカップとともに行動している。今日の中身はコーヒーのようだ。
    「昨日は早く寝られたからじゃないっすか、多分」
    「あはは、お前がわからないんだったら僕に分かるわけないだろ!」
    「それはそう。じゃなくて、どうしたんすか?なんかうなってますけど…もしかして貴方を悩ませる問題があるんすか?任せてください、ボク貴方よりできるんで」
    ずい、とこちらに顔を寄せてきた。眠そうな目が爛々と光をたたえている。気がする。
    こうして何か問題を見つけると、こいつは自分が問題を解決できるという前提で自信満々に聞いてくる。どこぞのセールスマンより口達者になるというおまけ付きで…。正直いらない気がするけどなこのおまけ。
    「お前ができる奴ってのは分かってるけどさァ…」
    「でしょう?」
    「でも今回はなあ…」
    「ええー?見せてください」
    ちょっと渋ってみると、こいつは僕の手から資料をひったくった。
    「おい!一応僕上司だぞ!偉いんだからな!」
    「分かってます。いつもあざます」
    忠告するとメアは気だるそうに返事した。
    こいつ…!完全に舐められている。いつものことだけどな!
    まあ今回のは見られて困るやつでもなかったし。
    メアは持っていたコーヒーを啜りながら資料に目を通した、と思いきやいつもは半分くらいしか開いてない目を珍しくかっ開いた。
    「ええっ!ローワンさん、配属変わるんですか!?」
    この紙は要約すると「移動する気ない?まあ今は考えとくだけでいいよ〜」みたいな感じで、ガチのものではない。
    僕の上司も緩くて優しい人なのであまり強要するような感じの内容では無いのだ。
    が、いずれ本当に移動させられそうなので今のうちになんとかしておかないと、と悩んでいた。
    「いや、まだ決まってないけど。前々からちょっと言われてたけどな」
    「なんだ、早とちりしちゃった。驚かせないでくださいよ、もう」
    メアが呆れ顔で言った。
    「お前が勝手に見たんだろ。っていうか、声でかかったぞ!これだとまた噂好きの誰かさんが…」
    と言った途端にその誰かがものすごいスピードでこちらに走ってくる。
    高く結んだツインテールが特徴的な、頭のいろんなところにリボンをつけた女子。
    「せんぱーい!!配属先が変わるって聞いたんですけど!!!」
    ツインテールを弾ませながらこちらへ向かってくるのはエリア。ギャルというかJKみたいなヤツ。
    いつもネイルチェックのため何かと僕に話しかけてくる。こいつも上司をなんだと思っているんだ。
    あと最初はさん付けだったはずなのに、何故か僕を先輩呼びしてくるようになった。
    「…配属先移動はまだ決まったことじゃないぞ。前々から言われてはいたけど」
    「ああ、なーんだ。そうだったんですか。よかった…あたしのネイルチェック係がいなくなっちゃ…あ、間違えた。あたし達の上司が変わっちゃうのかと…心配しましたよ」
    全部漏れてる。
    「まあまだ変わる気はないから安心しろ。お前達の上司でいてやるからな!」
    と、こいつらを心配させないよう胸を張って言った。
    とは言っても、上からのガチの命令だったら変わらざるを得ない。
    そこはこいつらも分かってると思うし、大丈夫だろ。


    と、思っていたが。
    数日後。
    すぐさま配属先が変わることが決定し、僕は戦闘課・援護部隊の指揮官になることとなった。
    そして今は二人に詰め寄られているところだ。
    「せんぱい!嘘をついたんですか!?」
    「ついてない!失礼な。上からの命令だ、流石に従わなくちゃなんなくてな」
    「そうだったんですね…」
    と、先ほどの勢いを無くし、しょげてしまった。
    いつものツインテールもどこか下がり気味に見える。
    と思っているとパッと顔をあげ珍しく真剣な表情を見せた。
    「でも、あたしがせんぱいの分まで頑張ってみせますよ!!だから、せんぱいもあっちで頑張ってください!」
    「…ありがとな!僕だってお前達といたかったけど、向こうでも頑張るからな、お前達も頑張れよ!」
    僕がぽんぽんと頭を撫でると、満面の笑みでやめてくださいよぉ!と言っていた。
    …こいつのこういうところは本当に頼りになる。
    こいつらもちょっとクセはあるけど、頼もしい奴らだ。なんとかやってくれるだろう。
    「ていうか、戦闘課かあ。ローワンさん、ボクと同僚だった時、そこ外されてこっちきたじゃないですか。なのに…」
    「とは言っても前の配属は前線の方だったしな。今回は援護だから大丈夫だと思うぞ」
    「ええ…また無茶しないでくださいね…」
    すごく疑いの目を向けられている。
    「援護部隊とは言ってもやっぱ戦闘課だから…そういう所に出向くわけだし、本当に頼みますよ」
    「そんなにかァ?心配性だなぁ。でもまあありがとう、な」
    メアにも頭を撫でてやろうと手を伸ばした瞬間、真顔でバシッと弾かれてしまった。
    「それでせんぱい、いつあっち行くんですか?」
    「んーと、明日にはいなくなるぞォ」
    と言うと2人はカッと目を見開き、ひどく驚いた。何をそんなに驚くことがあるんだ…?
    「えええっ!!!早く言ってくださいよ!お別れ会もできないじゃないですかあ!!」
    絶叫したエリアにメアが同調した。
    「そうっすよ!でも念のため餞別買ってきて良かった…」
    「えっ!?買ってきたの!?やだあたし、何にも準備してないよお…ごめんなさいせんぱい、あたしからは愛用のアイシャドウをあげます!大丈夫ですよ、最近買った新品なので」
    しょもしょもしていたくせに、謎に自信満々に渡された。いつ使うんだよ。
    チップ付きのやつなのでいつでも使えますよ、と補足された。
    メアはいつの間にか持っていた紙袋をぐい、と僕に押し付けた。
    「ボクからはこれ、お菓子っす。たまに食べてるの見て買ってみたんですけど…高いっすね、これ。」
    メアから受け取った紙袋をのぞいてみると、シンプルなクリーム色の箱に茶色い帯が巻かれた、いかにも高級そうなものが入っていた。言われた通り僕の好きなお菓子だし、中身はサクサクとした軽い口ごたえのクッキーだと分かる。
    「おっ!そうなんだよ、高いからたまにしか食べられなくてな…」
    「たまにって言っても一ヶ月に3回は買って食べてないっすか?お金の消費の仕方考えてくださいよ」
    「うっ…でもおいしいんだよ!仕方ないだろ」
    そういえば、とぴょこんと人差し指を立てたエリアが話題を切り出した。
    「いきなりなんですけど、最近悪魔達のデモが凄くて、このままじゃ天界戦争になるんじゃないかって噂があるんですよ!」
    そう。前まで少しだったデモも今では規模が大きくなってしまっていて、ニュースに取り上げられるくらいだ。
    「そうだな、最近よく聞くし…まあ本当に戦争になるんだったら、今頃ココももっと騒然としてると思うぞ。でも今はそんなことないし、大丈夫なんじゃねぇかな」
    「でも用心に越したことはないですよ、せんぱい!ね、メア!ってあれ?」
    エリアの隣にいつの間にか空間ができていた。
    メアがいつの間にかいなくなっていたのだ。
    「いなくなってる。たまにこうして急に抜けることはあるしなあ。でも今回はどうしたんだろうなァ…」
    「ですねえ。まあ探せばそこらへんにいると思うし。じゃあせんぱい、頑張ってください。無理は禁物ですよ!あとぜひアイシャドウ使ってくださいね!私だと思って…なんて!長い間、おせわになりましたー!!!あと無理しないでくださーい!!」
    「分かったって!…そんなに心配かぁ?」
    走っていくエリアを見送って、僕も帰るか、と準備をして帰路につく。
    「なんであんな忠告されたんだろうなぁ…大丈夫なんだがな。あ、帰りにケーキ屋さん寄っちゃお!いいよな、今日くらい」
    夜空に輝く星を目で追いかけながら、僕はそう呟いた。
    ケーキ屋さんでショートケーキを買った僕は、深夜だというのにケーキを食べ、アルコールも飲むといういけない事をした。
    「…明日から戦闘課か。みんな元気かな〜…っていうか援護だし、あんまり知ってる人いないかもなァ」
    コップに入った透明を覗き込む。
    程よく酔った僕と目が合った。
    …大丈夫かな、本当に。
    みたことある人や助けてもらった人はいるかもしれないけど、知ってる人はいないし。
    「いや、あいつらが応援してくれてんだ。なんとかなるだろ!」
    弱っている気持ちをかき消すように一気にお酒を煽った。
    そうだ。なんとかなんなくても、なんとかするだけだ。
    「やってやる!」
    拳を天井めがけて突き出し、全力で宣言した。




    夢 1

    「おいしいね!」

    「うん、そうだね」

    「ずっとパンケーキだけ食べていたいなあ…」

    「でも、パンケーキだけじゃ太っちゃうと思う」

    「そうかあ。そうだなあ…。じゃあパンケーキは一日一個!」

    「それだといつもと同じだよ…」

    「そうだな!あははっ」



    2
    夢を見た、気がする。
    おぼろげだけど、一緒に美味しいものを食べる夢。
    こういうのって寝覚めが悪いって感じると思っていたけど、逆だった。
    心なしかスッキリしていて、風が通り過ぎていったようにさわやかで、暖かい。だけど…
    「…あれ」
    何故か涙が出てきた。
    まだ少し寝ぼけている頭で、これが涙が溢れ出る、ってことか…などぼんやり考えていた。
    「まあ朝だからな!あくびで出てきちゃったんだろう、うん」
    …やっぱり不安なのか?
    それは新しい場所だし、不安を感じるのは当たり前だと思うけど。
    「ごちゃごちゃ考えてちゃ駄目だ!一旦顔洗うか…」

    「ここか、戦闘課…」
    ここは数ある課の中でダントツで規模がでかいため、場所が別に作られている。
    ということは知っていたが…
    「でかいなァ」
    「そうでしょうそうでしょう!ところであなたが今日からこっち配属のエメリナ・ローワンさんですか?初めまして!わたくし、レアと申します!よろしくお願いします、ね!」
    なんだこの人。急に割って入ってきた…
    サイズが合ってないようで妙にフィットしている大きい丸メガネをかけた青年だ。
    僕よりちょっと高い。180cmくらいだろう。深い青のショートヘアが映えている。
    そいつ…レアが目の前でぶんぶんと手を振る。
    「おーい、どうしました?大丈夫ですか?」
    「…ああ、すまん、ボーッとしていた。僕はエメリナで間違いない。よろしくなァ」
    「良かったです!人違いだったらとてつもなく恥ずかしかったですよ」
    という割にはめちゃくちゃ話しかけてきたけどな。
    「ところで前までは戦闘課にいたと聞きましたが…ちなみにうちではあなたの話題で持ちきりです!みんなあなたに興味津々ですよ。さあ早く、中に入って下さい。案内します」
    というと一足前に出て、僕についてくるように案内した。ショートヘアかと思っていたが、後ろに一本結んでいる。
    こいつが案内係なのか…話題には困らなさそうだが。
    僕たちは歩きながら他愛のない話をした。
    「そういえば僕の名前は…お前の上司から伝えられていたのか?」
    「いいえ。メア君から聞いていたので、上に直談判して頼んだのですよ」
    「は?」
    メアが…?
    まさかあの時いなくなったのって…
    考え込んでるこちらに気づいていないレアは話を進めていた。
    ほぼ一人語りのように、ペラペラと喋り続けている。
    「はあ、聞いてください!昨日の夕方です。仕事が早く終わったので帰ろうとした私に、突然電話がかかってきたんですよ!」
    と、盛大なため息と同時に大きな手振りと共に語り始めた。
    「家に帰ったら何をしようか、と空想に浸っていた私を現実に引き戻したんです!有り得ませんよねえ。そこで少々イラつきながらも応答したらメア君からでしたので、これは珍しい!と話を聞いてみたんです。するとあなたの話題を出されましてね。メア君からお世話を頼まれたのです!」
    あいつが…っていうかあいつから人に電話することってあるんだな…
    と思うとイマジナリーメアが「失礼っすよ」と呟き去っていった。
    「そこで私、なんと直談判してですねえ、あなたのお世話係になりました!流石私、頑張ったと思いませんか?まあ友達からの願い、なんとしてでも叶えなければ、と…おっとすみません、お喋りが過ぎましたね。つきました!ようこそ、援護部へ!」
    というかこいつメアの友達だったのか。
    こんなおしゃべりなやつがあの無口なメアと友達だなんて。
    ずっと一緒にいたのにあいつのことはわからないままだな…。
    「どうしました?早く入りましょう!」
    ガチャ、とドアを開けた瞬間、室内にいたみんなが一斉にこちらを向いたのがレアの背中越しからもわかった。
    「おはようございます!」
    レアがよく通る声で挨拶をしたが、それに返したのは数人程度だった。
    みんなからの注目を浴びながらレアはずかずかと部屋を進んでいく。
    視線がすごく痛い。
    「…ていうか朝礼終わってるじゃねぇか…!」
    そう、各々もう自分の仕事に手をつけ始めていた。
    戦闘課は準備することが多いので朝礼が他より早いのだ。
    ということを、完全に忘れていた…
    「あれ?言ってませんでしたっけ。ていうか知っていると思っていましたが…」
    「そういうお前は遅刻か!?」
    と突っ込むとレアは自慢げにかぶりを振った。
    「違いますよ。私、ちゃんと朝礼に出ましたから!あなたを待っていたんですよ、エメリナさん」
    そうだったのか。
    というかまずい。初手遅刻は流石にまずい。
    「どうしよう…やっちまったかァ…!?」
    「大丈夫ですよ。あなた援護部隊ですよね?援護部隊の皆さんは優しいので。」
    「は?なんでわかるんだ?」
    「これも言い忘れていましたか。すみません。私援護部第一部隊の指揮官ですよ」
    「てことは…」
    レアはニヤリと自信満々に口角をあげた。
    「そう、あなたの先輩に当たります!」
    まじか。全然知らなかった。
    というか最初に聞けば良かった。
    「ところであなた、戦闘課は体仕事なのは流石に分かりますよね。ここ抜けてから体力落ちてたりしないですか?」
    僕はここを抜けたあと、ずっと室内で書類仕事をやってきた。
    だがー
    「問題ない。毎日トレーニングは欠かさずやっていたからな」
    「おお、流石は血染めの白百合と言われていただけありますねえ」

    …はあ!?
    「どこでそれを…!!?」
    みるみるうちに顔に熱が集まっていき、真っ赤になるのがわかる。
    恥ずかしすぎる!
    なんで援護部隊のやつがそれを知っていた?
    ていうか戦闘課抜けてしばらく経つぞ。
    なのになんでまだ覚えているんだ、こいつは…

    …ていうか言葉の使い方がなんか違う気がする。

    一方その頃。
    「はあ、せんぱい大丈夫かなー…」
    「まあ大丈夫じゃないかな。あの人トレーニング欠かさずやってるって自分で自慢げに言ってたの、知ってるでしょ」
    戦闘課に案内されたエメリナが衝撃と悪寒を浮かばせている間、書類と睨めっこをしながらメアとエリアは駄弁っていた。
    「まあ知ってるけど…。しかもあのめちゃくちゃ重い机を軽々運び出したのはマジでびびった」
    大掃除の時、とても重いものばかりで困っていたことがあった。その時、エメリナが涼しい顔であっという間に全て運び出したのを思い出す。
    「そういえば、ローワンさん血染めの白百合なんて言われてたんだよ。多分知らないよね?この話」
    「うん!知らない、何それ!」
    元気に言うエリアにメアははあ、とため息を吐いたあと小声でゆっくり喋り出した。
    「あの人、戦闘に出されたあと絶対に血まみれで帰ってくるんだ。みんなには返り血なんじゃないか、って噂されてたけど…。あれ実はほぼ自分の血でさあ。肌とか指先から血が滲むくらい魔法を発動したり、仲間を守るために敵陣地に飛び入ったり。とにかくヤバいんだよ、犠牲精神が」
    「…ええー…」
    思ってたよりグロい話だった。
    エリアは上司のヤバさとこんなことを朝っぱらから平気で言ってのける同僚に若干引きながら、でも気になるので続きを聞いた。
    「で、まああの人の血っていうのは救助・回復部隊か、近くで見ていた人とかその人に助けられた人くらいしか分からなくて、大体の人が返り血だと思っていたらしいんだよ。それでしばらくこの話が拡散されちゃうんだけど。」
    メアははあ…とまた大きくため息を吐いて話を続ける。
    「ローワンさんがこっちに来てから、その話は戦闘課を中心に好き勝手言われるようになって、いつの間にか“返り血”で染められた、っていう違う話が浸透した、というわけ。だから戦闘課ではめちゃくちゃ強い人として英雄化されちゃってるんじゃないかな。かわいそうに」
    対してそう思ってなさそうな真顔で言った。
    「そんな話があったんだ…。ヤバいね」
    「でしょ。こんなこと本人に聞くような無粋な人はいないだろうし、幸いっていうのかは分からないけど。こっち来てからは本人の耳には入ってこなかったんだと思う」
    「へえ、そうだったんだね…」

    で、僕がそう呼ばれている理由を聞いてみたが…
    全く見当違いで知らない人の話をされた。
    レア曰く、そいつはどんな戦場に投げ出されてもその場にいた敵を仲間もろとも薙ぎ払い生還してくるらしい。
    「って、誰だそいつ!そんなやべぇやつ僕は知らないぞ!」
    「ええっ!?あなたのことじゃなかったんですか!?…なんて、まあそうですよね」
    「…知ってて言ったのか?」
    じゃあなんで…
    レアは少し苦い顔をしながら言った。
    「いや、知っていたというか…なんとなく察していました。というかあなたが戦闘課からいなくなった理由を考えてみたらうっすらそうだろうな、と」
    こいつ、僕がいなくなったという情報だけで考察したのか…!?
    「もしあなたがものすごく強かったとしたら絶対戦闘課はあなたを手放さないでしょう。指揮官に繰り上がることもあるかもしれませんが…そんなにも強かったらずっと前線に出されることになるでしょうね。あなたはそんなことは起きなかったし、むしろ戦闘のない事務職になってしまった。ということはあなたが戦闘向きではないか戦い方に異常に問題があるということだろうなと。でもなぜ今更指揮官に…?」
    と不思議そうに聞いてきた。
    そんなこと僕が知るか、っていうかこっちが知りたいっていう話なんだけどな。
    「確かにそうだよなァ…っておい、レア?」
    レアの方を見ると、口を手で覆いながらなんか考え込んでしまった。
    声をかけてみたが反応しなかった。…こいつにもこういうクセとかあったんだな。
    と思っていたらパッとこちらに向き直った。
    「…ああごめんなさい、少々物思いにふけってしまっていたようです。では時間も押していますし、援護部の紹介をしますね!」
    「あぁ、よろしくな」

    僕は援護部にいる人たちに挨拶をしてまわり、基本的な仕事の説明や物の場所などを教えてもらったりしていたらすぐに定時になってしまった。
    「今日はここまでにしましょうか。エメリナさんもお疲れ様でした!どうです?ここではやっていけそうですか?」
    「そうだな。大丈夫だと思うぞ」
    「そうですか!それは良かった。では明日もよろしく頼みますね」
    「そうだなァ…ってお前が教育係なのか!?」
    というと、先程の笑みが嘘だったようにたちまちレアは表情を曇らせた。
    「ええ、そうですよ?…なんですか?ご不満でしたか?」
    「いやいい、大丈夫だ。これからよろしくな。」
    今度はパッと明るくなった。表情豊かだな、こいつ。
    「はい!よろしくお願いしますね!では私はこれで。お先に失礼します!あなたも早く帰ってくださいね」



    夢 2

    「今日は本をよもう!」

    「珍しいね。あまり本読んでるイメージないのに…」

    「失礼だぞ!僕だって本くらい読む」

    「じゃあ今日は何読むの?」

    「今日はこれだ!」

    「…絵本だ」

    「そうだよ。何か文句あるのか?」

    「ううん、ないよ。早速一緒に読もうか」

    「だな!」



    3
    「まただ…またアイツ…」
    昨日見た夢と同じ人物だ。
    あれは誰なんだ…なんでこんなに胸がモヤモヤするんだ。
    「もしかして…前世の記憶、とかか!?」
    いやまさかな。
    でももし本当にそうだとしたら。
    「ちょっと気になるぞォ…!」
    まさか。本当にそんなことはないと思うけどな。
    ちょっと気になるだけだし。それに調べるだけなら、別に仕事に支障出るわけじゃないし。多分。
    「じゃ、調べてみるかァ!ちょっとだけな!」
    自分にそう言い聞かせて、僕の人探しは始まった。

    「おや、今日はルンルンですねえ。どうかしましたか?」
    早速調べてみよう、とデスクに気合を入れて向かったところを声かけられた。
    「あ、レア。おはよう!いや、ちょっと気になることがあってな。それを調べてみようと思って」
    本当は話すつもりはなかったけど、まだこいつの事も何も分からないし…話して仲良くなるきっかけになるなら、いいか。

    「へえ、面白いですね!」
    説明してみると想像してた以上に噛み付いてきた。
    レアは昨日見せた考察力がなにか頼りになるかもしれない。話して正解だったな、多分。
    「だろ。まあ2度も同じ人が夢に出てくるなんて偶然かもしれないけど、ちょっと気になってなァ…。そうだレア、お前はなんか知らないか?」
    「ふむ、何かと言われましても…。どういう人が出てくるんですか?」
    「どういう…うーん…」
    夢だから断片的にしか覚えていない。
    思い出そうと一生懸命頭を捻っていたら、一つだけ思い出せた。
    「ううん…。あ、髪が白い」
    「髪が白い?あなたのようにですか?」
    「僕のは金髪よりの白だからな…。夢のなかのそいつは銀髪っぽかった気がする。あとちょっと青く見えた、多分」
    というとレアは少し悩むそぶりを見せた。
    「そうですか。まあ夢ですから覚えてなくとも無理はないですね。…じゃあもしその夢をもう一度見たら、メモしたらいいのではないですか?」
    「メモ?…ああ、そうか!覚えているうちにってことだな。そのほうが正確性も上がる!いい案だ。ありがとな、メア」
    「いえいえ!些細なことですが力になれたのなら良かったです。ところで今日は遅刻しなかったですね。いいことではないですか!明日もその調子で頼みますね」
    「あ、ああ…」
    流石に今日も遅刻だったらヤバいからな!昨日はいつもより早く寝たし、早く起きられて本当に良かった…。
    とか考えていたら、予想もしていなかったことを提案された。
    「そうだ、今日は出てみますか?戦場」
    「…え」
    「安心してください、あなたは見てるだけで大丈夫です。その代わり私たちの仕事ぶりをちゃんと見ていてくださいね」
    「なんだ、そういう事か…わかった。頼んだぞ!」
    びっくりした。早速戦場に駆り出されるのかと思った。
    「ええ、言われなくともちゃんと遂行して見せますよ」

    「手元の地図を確認しろ。戦場はペプラメナ。今回の戦闘では第一部隊、第三部隊、第四部隊の出陣だ」
    真っ白いストレートな髪を頭の上に結んだ、いかにも厳しそうな女性が指示を出す。
    彼女はリコナというらしい。だがみな上官と呼ぶので名前は覚えられないと思う。学校の先生の名前が覚えられないのと同じ感じがする。
    「各自準備は整っているな?では早速移動する。外へ」

    外へ出ると、すでにみんな並んでいた。
    元々並んでいる側だったから分からなかったが、何人もの人が綺麗に少しのズレも無く並んでいる様は圧巻だな…。
    リコナ−上官がすぐさま点呼を取り始めた。
    「ではこれより転移魔法を発動する。全員絶対に動くなよ」
    瞬間、体がふわりと浮いて重力がなくなる感覚。
    目の前が真っ白くなった、と思った瞬間にはもうペプラメナについていた。
    視界が一気に広くなり、一面砂で覆われた広大な地面と大空だけしか見られない。
    この感覚もすごく久しぶりだ。
    「だんだん思い出してきましたか?戦闘課のこと」
    「うん、そうだなァ。今思えばあの時はちょっと無茶してたかもな」
    するとレアは若干呆れ顔でこちらを見た。なんだよ。
    「…いいえ、なんでも。それよりもうそろそろ始まると思いますので、気を抜かないようにお願いします」
    「ああ」

    しばらくすると敵軍がやってきて、僕たちと対戦した…が、ものの数十分ほどで勝敗が決まり、僕らの軍が圧勝だった。
     久しぶりなのもあって再実感した。
    「…僕らって強いんだな。とんでもなく」
    「ええ!それは毎日厳しい訓練をこなしていますからねえ。ところでどうでした?私の指揮等、ちゃんと見ていましたか?」
    「大丈夫だ。色々参考になったぞ!ありがとな」
    「いえいえ、これが仕事ですから。それにあなたの学びになれたなら本望です。ではこれから帰還し、報告をしに行きますよ!」
    「分かった」

    それから僕たちは本部に戻り、報告書を作成していたらもう定時になっていた。
    「では私は帰りますね。お疲れ様でした」
    「ああ、お疲れ様!」
    「そういえばメモ、忘れないでくださいね。それでは」
    危ない、忘れかけていた。
    忠告してくれるなんて優しいな。そういえばアイツ仕事もできるし、物腰柔らかいから結構できるやつなのでは…!
    いい人がついてくれて良かったなあ…。最初は心配だったけど。
    「よし、僕もそろそろ帰るか!」
    僕は空に輝く満月を眺めながら帰路についた。

    寝る前に机のあちこちを探してメモを発掘する。
    またあの夢を見てもいいように、メモをベッドの傍に用意した。
    「これで大丈夫だな!…もう寝るか。明日も早いしな」
    見た夢をちゃんとメモできるのか、など緊張して眠れるか少し心配だったが、目を瞑ればすぐに意識は暗闇へと落ちていった。



    夢 3

    「今日はどこへ遊びに行ったの?」

    「今日は友達の家に行ったよ!」

    「あら、また?ふふっ、そのこが大好きなのね」

    「うん!また遊べるといいなあ」

    「遊びに行く時はちゃんと連絡するのよ」

    「うん、わかった!」



    4

    …今回はちょっと違った…
    というか…
    「母さん…?」
    そう認識した瞬間、僕は一気に目が覚めた。
    夢には、母と僕しか出てこなかった。多分。
    「母さんも前世一緒だったのか…?」
    いや、そんなはずない。
    たまたま同じ顔だったのかもしれないが、それにしては偶然すぎる。
    もしかしてなにか、昔の記憶なのか?これは。
    小さい頃の記憶だったから、今まで忘れていただけなのかもしれない。
    「じゃなくて、早く書かなければ!忘れてしまう!」
    がばりと身を起こし、隣にあったメモに見た夢の情報を書き込む。
    ひと段落したところで改めて読んでみると、忘れないよう必死に書いたせいでとても人に見せられない、斜めに倒れた汚い字が目に入った。
    自分でもギリギリ読めるかな、ほどなので情報を整理しながら清書していく。

    「うーん…」
    「今日は浮かない顔ですねえ。どうしました?」
    「ああ、おはよう。実は見た夢の話なんだが…」

    「へえ、なるほど…。面白いですね、これは」
    「そうなんだ。だから、前世の記憶とかじゃなくて、単純に僕が忘れていただけなんじゃないかって思ってなァ」
    レアが顎に手を添える。考え事をするときはいつもこうしている気がする。
    「…ふむ、そうですか。じゃあ夢であった人に会えばいいのでは?そしたら思い出すのではないですか?」
    「確かにそうだな!じゃあ久しぶりに母さんに…」
    「いえ。銀髪の人に、ですよ!」

    え?
    「銀髪の人に?」
    「ええ!」
    にっこりと頷かれた。
    そんな簡単に言われても…。まだ出身不明なやつなんてどうやって…
    「でもこの前の情報だけでは足りないでしょうね…。ということで、また見たら書いてきてください!知りたいんでしょう?夢の正体」
    「…わかった。書いてくる。次見られるかはわからないけどな。っていうか、なんで銀髪の方なんだァ?僕の母さんの方が楽じゃないか?」
    「ああ、これは私の勘なので。っていうか、これも説明しておきましょうか。私の能力についてです。」

    「では説明しますね。」
    なんか人形を用意された。
    人形には、赤、おそらくレアを模したものを用意されていた。
    「この赤がモブ君です。まあ情報源と考えてください。で、モブ君が私に情報提供します。すると私はそこから大事な情報を汲み取り、繋ぎ合わせてその話の真意を読み取ることができるんです!これが私の脳力なのです」
    …能力なのか、これが。ただものすごく頭いいやつとかじゃなくて?ていうかこの人形、説明に必要だったか?
    「…疑ってます?まあこれを聞いた人はみな、頭がいいやつだったら誰でもできる、などとおっしゃいますから」
    ぎくり。
    「説明し直すとですねえ。この能力発生のトリガーが『情報』なんですよ。まあ元がなければそこから話を広げることもできませんから。で、その情報を聞いた瞬間に脳内でどの情報が“本当に”正しいのか、どれだけ誇張されているのかなどを自動でデバックし、繋ぎ合わせていくというのを自動で瞬時に行うんです。そしてそこから未来を予測したり…など応用も効きますが、あまりやりません。疲れるので」
    「そうだったのか!つまり今までも…」
    「はい、情報を聞いてしまったら勝手に発動するので、幼い頃は大変でした!」
    幼い頃からこんなことを…すごいんだな、レアって。
    「で、この力で色々想定してみたら銀髪の人に会う、という結論にいたりまして…。そういえばあなたの能力はなんですか?あまり使っているようには見えないので」
    と、聞いてきた。あまり人に教えたくないんだよな…。でもレアも教えてくれたし、こいつなら、まぁいいか。
    「僕…うん、あんまり使いたくないんだよなァ。だって、記憶を操る、だぞ?まあ代々この力で信仰者を増やしてきたけど、そういう使い方は気に食わなくて。使わないようにしているんだ」
    レアは意外そうに少し目を見開いて、笑顔を作った。
    「…優しいんですね!でも時折使っておかないと能力に慣れることができないでしょうし、たまには使ってみては?」
    さっきまで何を聞いていたんだ…!こいつ、結構無粋なとこあるなあ。まあ一理あるけどさァ。
    「いや、いい。この能力を将来使う気はさらさらないからな。それに、一体誰相手に使えばいいんだよ」
    「それもそうですね。すみませんでした」
    「大丈夫だぞ、お前の言うことも一理あるからな。それより、今日は何するんだ?」
    「今日は書類仕事と指揮官の仕事について一緒にやりましょう!頑張りましょうね」

    「…指揮官って大変なんだな…!」
    「おや、もう音を上げますか?こんなんでは指揮官は到底務まりませんよ」
    余裕そうに笑いかけてくる。笑顔がいやに輝いている気がする。
    「まだいける!大丈夫だぞ…!」
    「無理は禁物ですよ?」
    「うっ…。わかってる!」
    忠告してくれてるんだろうけど…嫌味にしか聞こえなくなってきた。
    「まあでもこれ、新人にやらせる量ではありませんから。力量試しに私たちが多忙なときとほぼ同じくらいの量をやらせてみてましたが、とても上出来ですよ」
    「は?でもさっき指揮官は到底務まらないって言ってなかったか?」
    「ああ、ちょっと言ってみたかっただけです。あまり気にしないでください!」
    なんなんだ。こっちは必死だったというのに…!
    …こいつ本当は意地悪なのか!?
    うーん。やっぱり、まだレアのことは分かりそうにない。
    「やはり少々無理させてしまいましたね。休憩しましょう」
    「助かる…」
    「さっきまではまだいける!と言ってませんでした?」
    「…休憩させてくれ!」
    「はい、分かりました」
    と返事して、お茶を入れに行ってしまった。
    ていうか、レアは思ったよりこっちを煽ってくる。しかも敬語だからか余計にイラッとする。
    …優しいのか意地悪なのかわからないやつだ。
    しばらくしてコップを両手に持ったレアが帰ってきた。
    無意識のうちに本性のわからない笑顔を注視する。
    「どうかしましたか?はい、お茶です」
    「いや、なんでもない」
    ありがとう、と礼を言って受け取る。
    「…お前のことって全然わからねえな、と思って」
    口をつけてみると思ったより熱かったので、火傷しないようふーっと息を吹きかけて冷ました。
    レアはこういうのが平気なのだろうか、涼しい顔で飲んでいる。
    ただ、湯気でメガネが曇っていくのには少し笑ってしまった。
    「私のことですか?理解してくださろうとしたんですね、ありがたいです!」
    メガネをつけたままだと飲みにくいと感じたのだろう。すぐメガネを外し、デスクに丁寧に畳んで置いてこちらに話の続きを促した。
    「なんか、優しいと思ってたら急に意地悪になったなあ、とか思ってな。あと身振りも大きいし、表情とかもころころ変わって…」
    …作り物みたいな…
    「あれ、どうしたんですか?」
    急に黙り込んだこちらを訝しんで、覗き込まれた。
    メガネ越しでない、髪と同じ青い瞳がこちらを写す。
    「…まあとにかく、お前って意外と分かりにくいやつだな!と思って!」
    するとレアは意外そうな顔をした。
    「分かりにくい、ですか?…そうですか、ちなみにどんなところが?」
    「ええっと…!うーん。やっぱいい!レアはレアのまんまでいいと思うぞ」
    「どういうことですか?こちらに改善点があるのならなんなく仰ってください」
    珍しくぐいぐいくるな。でも作り物とか言ったら失礼すぎだろ、流石に。
    「…ちょっと、ちょっとだけな?反応がオーバーで、なんだかアニメみたいだなあ、とか…!いやお前はお前で面白いやつだと思うしいいと思うぞ、うん」
    「…そうですか。つまり、偽物みたい、と」
    ん?
    「反応が作り物のようで真意が掴めない、とかですね?ありがとうございました、質問に答えてくださって」
    「そこまで言ってない!」
    「でもごめんなさい、私今までコレでやってきたので、今更変えろと言われてもおそらく無理でしょう。でも抑えるくらいならできると思いますので…」
    「ええ…変えなくてもいいんだけど…」
    「お気遣いありがとうございます!でも大切な一つの意見なので尊重させていただきます」
    なんだかすごい話になっていた。
    こういう真面目なところを買われて出世したのかな、など少し現実逃避してしまう。
    誰も気にしないだろうに、変えなくて良いんだけどなあ。
    レアが唐突にはっとして時計を見る。
    「もうそろそろいい頃合いでしょう。仕事再開しますよ」
    「わかった。頑張るぞ!」
    腕を上げ、背伸びをして端に寄せられていた資料を手に取った。

    「今日はここまでです。今日もお疲れ様でした。初めてでも良い仕事ぶりでしたよ」
    「はあ…とんでもなく疲れた」
    「また明日もよろしくお願いします。では!」
    「ああ、お疲れさま…はぁ」
    すっごく疲れた。
    仕事を再開したと思ったらまた同じくらいの量を押し付けられてしまった。
    でもまあこれでみんなの仕事量が減るなら別にいいかなァ、など考えてしまう。
    でも毎日これだとさすがに死んでしまうな…。
    「明日は減らしてもらうよう頼むか…。」



    夢 4

    「ふふふん」

    「どうしたの?」

    「明日、おばあちゃんちにいくんだ!」

    「へえ、いいね。おばあちゃん、優しい人なの?」

    「うん!いっぱいお菓子くれる」

    「そうなんだ。ちなみにどこなの?おうち」

    「…うん、遠いとこなんだ。だからしばらく会えなくなるかも…。」

    「…そっか。大丈夫だよ。また会えるでしょ?」

    「うん!そうだな!じゃあ、僕が帰ってきたらまた一緒に遊ぼうね!」

    「約束。早く帰ってきてね」

    「もちろん!いっぱいおみやげ持ってくる!」

    「楽しみにしてるね」



    5

    おばあちゃんち…?
    おばあちゃんち、か。久しぶりだなあ…
    おばあちゃんの家は昔、僕たちが滞在中、とても大きな震災に遭って崩れてなくなってしまった。
    僕たちは全員逃げ切れたから無事だったんだけどな。
    そうして僕たち家族は引っ越して、僕が独立した後もお母さんたちとおばあちゃんたちはそこで一緒に暮らしている。
    てことは、多分震災の前の記憶なのか…?
    そして引っ越したせいで僕とあの子は会えなくなったとか?
    それより特徴を書いておくか。
    「えっと、髪が銀髪で、日に当たると青っぽくなる。で、多分ツノが生えてた。ヤギのツノ…で、目は金色…瞳孔がヤギっぽい。」

    あれ、もしかしてこいつ…
    「悪魔か…?」
    まじか。
    昔の僕って悪魔と友達だったのかァ!?
    ありえない。
    絶対ない。ただの夢だろ、多分。
    と思ったけど、今まで夢見てきた分、今回の夢も本当に思えてくる。
    「うう…まあ、レアに報告してみるか。」

    「ーっていうことなんだよ!!」
    「おやまあ。相手が悪魔だとは想定外ですね」
    「だよなあ。僕もただの夢だろうとは思ったけど、今までのがあった分ちょっと信用しきれなくてn。一応レアに聞いてみようかなァ、と」
    ふとレアの方を見てみるとまた何か考えていた。
    こいつ、結構な確率で考え事してないか?
    「…そういうことですか…」
    「あ?どうした」
    「いえ、なんでも!ちなみに最近耳に入ってきた情報ですが、悪魔の軍隊に異様に早く昇進した者がいたとか」
    急にどうしたんだ…?
    レアは考え事を急にやめたかと思うと、人差し指を立てて言った。
    今の話の流れから考えると、まさか。
    「その悪魔の髪が銀髪で、光が当たると青く光る、とも」
    「…本当か?」
    「ええ、私をなんだと思っているんですか?昨日話したではないですか」
    「別に疑っては…!いや、疑ってるぽかったな。ごめん」
    「大丈夫ですよ、気にしないでください!流れがデキすぎていて、私があなたの立場でも同じく疑うでしょう」
    というか、まじか。
    てことはそいつとは敵対する、ということだぞ。
    夢の中ではあんなに仲良さそうだったけど、皮肉なもんだなあ。
    「うーん、やっぱりただの夢なのかァ?もう何がなんだか、わからなくなってきた」
    「一旦このことは保留にしませんか?でないとあなたも仕事に身が入らないでしょう」
    「…ああ、そうだな。」
    たかが夢でこんなに悩まされるなんて、最初は思ってもみなかった。
    でも気になるしなぁ。
    「そんなに気になりますか?だったら能力、自分に使ってみては?綺麗さっぱり忘れられますよ。なんて」
    「やだよ。リスクがあぶねえ」
    「冗談ですって!今日も仕事は山積みですよ。頑張ってください!」
    「…うう、今日も多いぞ!」
    「これに慣れておけば、普段の業務が楽になると思いますよ」
    それはそうだけど。そうじゃない。
    結局、僕の反論虚しく、仕事に忙殺されることになってしまった。

    そういう日を毎日続けて、一年と半年が経った。
    いつもいろんな仕事をすごい量をこなしたおかげで、すぐに慣れる事ができた。
    レアのあれは意地悪ではなかったのだろう。そう思いたいがなァ…
    夢についても、しばらく同じような内容のものがぐるぐると続いていた。

    そうして、いつの間にか僕は夢を見なくなった。

    そんなこんなあって僕は指揮官として一人前、とは言えないかもしれないが、元からいたみんなとやっと肩を並べられるようになった。
    でもまだまだ至らないところがあると思っている。
    これからもっといろんなことが起きるだろうし、僕もしっかり対応していかないとな。
    そう思って決意を新たにしていた頃。
    そんな時だった。
    「天界戦争…!?」
    まさか、本当に起きるなんて。
    確かに近頃天使軍の争いは激化していたし、悪魔との情勢もあまり良いとは言えないものだった。
    でも、ここまでだとは思っていなかった…!
    伝えてきてくれたメアもあまり良い顔をしていない。
    「今はまだ私達の準備期間なので出陣はしませんが、軍の準備が整い次第すぐに赴くことになるでしょう。」
    「…そうか…」
    あ、それと、とメアが付け加えた。
    「心の準備も忘れないでください!ね?」
    「…あー、ああ」
    なんのことだったっけ…!
    いくら考えても思い出せない。
    でも、すっごくモヤモヤする。なにか、大事なこと、だったような…
    「エメリナさん!」
    「...おお!どうしたんだ?」

    だが、このメアの忠告も僕は準備で忘れてしまっていた。
     
    二章
    1
    「…クソッ」
    銀色の髪、ヤギの角と瞳孔を持つ悪魔は唸った。
    「また失敗だ…どうしてくれる?俺はやらなくてはならないことがあるのに…!!」
    その瞳は、今にも人を殺さんとばかりの殺意をもってギラギラと光っている。
    「お前はこの手で殺してやらないと気が済まない。絶対に、絶対に!」
    部屋中に憎しみと執着心が分散され、他に人がいたらきっといたたまれない空気感になっていただろう。
    そんな部屋の中、コンコン、とドアからノック音が鳴り響いた。
    男は顰めていた顔を一息吐いて直し、誰も部屋に入れないようドアの前で立ちはだかる。
    「…どうした」
    来ていたのは従者だった。アガレスはドアを開けてやっても警戒心は解かず、やはり部屋に入れようとはしなかった。
    従者も彼と長い付き合い、意図を汲み取って無理に押し入ろうとはしない。
    「アガレス様、この後会議がございます。早めのお支度を」
    「そうか、分かった」
    アガレスは従者が去っていくのを見送り、パタンとドアを閉め、足早に机に近づき再度地図を見直した。
    そして高級感のある黒い万年筆を持ち直し、地図のとある場所にペン先が折れそうなほど力強く、黒々とマークをつけた。
    「次だ。次に来るこの戦争で、俺は絶対に仕留めてやる。」
    瞳孔が開き、口元が怪しく歪められる。
    「ああ、待っていろ。エメリナ…!」
    その姿は、まさしく悪魔そのものであった。

    アガレスは幼い頃、同級生にいじめられていた。
    その理由は、忌々しいとされる白銀の髪と金色の目の組み合わせという容姿と、物静かで鬱蒼としていた本人の性格からだ。
    アガレスは毎日のように石を投げられたり教科書を破られたりや、靴の中に虫を入れられる、食べ物に画鋲を仕込まれるなどの陰湿な嫌がらせまでも受けていた。だがアガレスは、抵抗して面倒なことになるよりも我慢すれば問題ないと考えていたし、周りに迷惑はかけたくない、と周りに相談することもなかった。
    本人はいじめに対しなんとも感じないし平気だと思っていたが、なんとも感じなくなってしまっているほどに心が死んでいた、と気づくまでには時間を要した。
    そんな中。
    アガレスには、エメリナという一筋の光が差し込む。
    「なぁ、大丈夫か!?」
    「…なんで」
    「え?ごめん、聞こえなかった…まぁいいや。一緒に遊ぼう!」
    そう言って誘ってくれるエメリナが、アガレスにはとても輝いて見えた。

    二人は毎日のように遊ぶようになり、それはとても楽しい日々を過ごしていた。
    アガレスはこの関係はずっと続くと思って疑いもしなかった。
    エメリナは僕のことを大切に思っているし、僕からは絶対に離れない。
    そう、信じていた。
    だが。
    二人は、ある大きな災害をきっかけに離れ離れになってしまう。

    「エメリナ…なんで遊びに来ないの?僕が嫌いになっちゃったのかな」
    「アガレス、そんなことないわ。エメリナくんはきっと、まだどこかを旅しているのよ」
    「そうだぞ。お前がこんな悲しそうだったら、エメリナ君も旅を楽しめないだろ?いつか帰ってくるさ。その時また一緒に遊べるように、今は父さんと遊ぶ練習をしよう。さあ、何がしたい?」
    「…うん。おりがみ…」
    「そうか!なら、いっぱい難しいのを折って、エメリナ君に自慢しような」
    「そうね。教えてあげたら喜ぶに違いないわ」

    「…もう何年が経っただろう。きっと、いや絶対、あいつはこない」
    「アガレス…そんな寂しいこと言わないで。信じて待ちましょう」
    「やめろ!現にあいつはまだきていないじゃないか。これ以上待って、何になる?」
    「でも…」
    「止めないでくれ。俺は決めた。ここを出る、明日にはな…だから母さん、俺はもう子供じゃない。自分一人でもやっていける」
    「…!……ええ、そうね。そうだったのね。ごめんね、母さん…物忘れがひどくなっちゃったみたい」
    「…嘘をいうな。そんなだと仕事にならないだろ」
    「いいえ。この能力も、衰退するのよ。だから、私が何もかも忘れてしまう前に…あの子の顔が、もう一度見たかったわね…」

    「あら、もう出るの?」
    「…起きていたのか。早起きだな」
    「ふふ、老体は朝が早いの。なんてね…本当は、見届けたかったの。それこそ、母の勤めでしょう?」
    「そうか。じゃあ、母さん。…行ってくるよ」
    「ええ、行ってらっしゃい。そして帰ってくるのよ。あの子を連れてね…」

    アガレスは、思い出し苦悶の表情で言った。
    「ごめん母さん。その約束は、守れそうにない。だって…これは、復讐だから。俺の人生をめちゃくちゃにした、あいつへの…」
    でも、その表情は確かに傷ついている。
    「…ごめん、母さん」
    手に持っていた地図を、ぐしゃり、と潰す。
    そこには丸いシミが点々とついていた。


    2
    「あれ、アガレスさん、今日は早いですね」
    「ああ、今日はやることが多いからな」
    いろんな場所に通ずる、とても大きな通り。
    移動などで忙しそうにしている人達が通り過ぎていくなか、一人の男が俺を呼んだ。
    こいつはエスロイダリア。長いので皆からはエスと呼ばれている。
    見た目は華奢で、腰まである長い黒髪を綺麗に切り揃えている。
    俺にやたらと話しかけてくる、割と厄介なやつだ。
    煩いしこちらのことは放っておいて欲しいが、こいつには色々助けられているので余計苛々する。
    「お前もやることがあるだろう。そちらを優先したらどうだ?」
    「いえ、こっちはもう終わったので大丈夫です」
    「…そうか…」
    いかにこいつを遠ざけるか思案して言った。
    すぐさま案を思いつき、紙切れに筆早く書きなぐる。
    「じゃあ、この紙きれに書かれてる資料を持ってこい。全部だ。それまで話しかけてくるなよ。頼んだぞ」
    「…ああはい、わかりました」
    紙切れを一瞥して、エスは資料室へ向かって、人混みの中に消えた。
    本当に面倒臭い男だ、あいつは。
    だがあの紙の最後に書かれている資料は、俺がここにある全ての書籍を確認したところ、この施設には置かれていないものだ。
    つまり、別の施設に行かなければ持ってこられない代物。
    二冊程度、持ち出し禁止の書籍も書いておいた。
    これであいつはこちらへ干渉することはないだろう。
    「…会議室へ行くか」


    会議室に入ると、既に人がおよそ12人ほど座っていた。
    こいつらは全員戦闘部隊隊長の奴ら。
    ここに呼ばれた、ということは俺ももちろん隊長なのだが−俺は入っておよそ半年で隊長まで上り詰めたからか、最初のうちは訝しまれた。
    今は俺の実力を見たやつには見直されているが、一部にはまだ怪しまれている。
    会議と言っても大体は近況報告だから今回もそうだろうと思っていたが、今回は空気感が違う。
    「おや、アガレスではないか。やはり今日も手ぶらなのじゃな」
    暫くするとウェルシャが話しかけてきた。
    結構な歳を召している、おじいさんだ。
    だが年齢のことを言われるのは嫌らしい。
    その顔を見て、確かに薄いファイルを見直す。
    「…余計な荷物はいらないだろう」
    「はは、そうじゃな。ところで今日は報告だけではなさそうじゃ。貴様は何か知っているかの?」
    「知らないが…」
    とは言っても、おそらく天界戦争についてだろう。
    「そう言うには勘づいているような顔じゃのう」
    はぁ…こいつ、やけに勘がいい。面倒だ…
    「さぁな。自分で考えてみたらどうだ?」
    「教えてはくれないのじゃな。冷たいやつだ…おっと、誰か来たらしい」
    そう言われて奥の部屋につながっている扉を見ると、誰かが出てきた。
    人の良さそうな笑みをたたえた男性。
    総部長だ。
    「遅れてしまってすみませんね。じゃあみなさん、もう準備はできてますよね?では早速始めましょうか」

    会議の内容は現状報告と、やはり天界戦争についてだった。

    「本当に起きると思うか?戦争が」
    「フン、起きるというのなら起きるんじゃないか?」
    むしろ起こってくれなきゃこちらが困るがな。
    終わらない会話に若干苛つきながら、いつ会話を切ろうかタイミングを見定める。
    「こちらは戦争に向けて準備するだけじゃな。起きるかはともかく…」
    「話はそれくらいか?じゃあ俺にはやらなくてはならないことがあるんだ、失礼する」
    「…行ってしまったか。せっかちは嫌われるぞ、はっはっは」

    今日もかなりの仕事量だったが、全て速攻で終わらせる。
    時間通り出社して、時間通り退勤する。いつもの日常、変わらない。
    それがなぜか俺の苛々を募らせている。
    これは焦りだ。
    なんの進展もない俺への、焦り。
    全てあいつのせいだ。絶対に。
    絶対に許さない。
    だから、次のチャンスのため入念に準備を整えていく。
    ずっとそうして生きてきた。
    いじめてきた奴らへの仕返しにも入念に仕込んでいたし、もう少しで仕込みが完成するところだったのに。
    あいつは、あっさりと全てを崩した。
    俺の計算された未来を全て狂わせた男だ。
    その報いを受けてもらわなければ気が済まない。
    今思えば、あいつのことは昔から嫌いだったんだ。
    俺に拒否権はないようなものだったし、俺の嫌いな甘いものばっか食わせてきやがった。
    おかげで今はプリンなんて食えやしない。
    あいつの強引で、過保護で、いらない世話を焼いてくるところが大嫌いだった。
    なのに、俺をこんなに壊してあいつは捨てていった。
    だから、あいつこそは絶対に殺してやらなければならない。

    エメリナには、俺が受けた痛みを報わなければ。



    「へぇ、そんなことまで覚えてるんだな!すごいな…!」

    「そんなことないよ。ただの血筋だから」

    「でも、ぼくは忘れることしかできないから…」

    「なんで?立派なことだよ、忘れるのは。嫌なの?」

    「うん。だって、アガレスと遊んだことや一緒に食べたパンケーキの味も、全部覚えていたいんだ」


    3
    「アガレスさーん!」
    …まさか、エスか?
    振り返ると長い黒髪をたなびかせながらこちらへ走ってくる姿が。
    「…なんだ」
    「持ってきましたよ!はい、これ」
    そう言うと、



    三章




    エピローグ
    風がなびき、小鳥が軽やかに鳴いている。
    暖かな日差しが差すここは、エメリナの寝室。
    そしてエメリナは、そのベッドの上にいる男を見やった。
    すうすうと寝息をたてて気持ちよさそうに寝ている。
    髪がサラサラと風に吹かれてもなお、目を覚す様子はない。
    だが、しばらくしてゆっくりと目を開いた。
    「あ、おはよう。どうだ?様子は」
    「…ここはどこだ」
    警戒した様子でこちらを見てくる。今にも攻撃してきそうだったが、様子見をすることにしたのだろうか、身動きをとる様子はない。
    「元気そうだな、良かった。ここは僕の家。結構いいところだろ?」
    「ふん、どうだかな。それで、お前は誰だ?」
    「…あー、僕はエメリナ。お前と友達になりたくて呼んだんだ。覚えてない?」
    するとポカンとした顔でエメリナを見た。
    「何を言っている?」








    「お天使悪魔が友達になんて、なれるわけないだろう」
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