宣伝相の“お仕事”『ヨゼと〜?』『アディの!』『カップルチャンネル〜〜〜!!!』』
……辛い。
時刻は午前1:30。ここは宣伝大臣の部屋。
『アディ、今日もイケメン…//推せる♡』
『そういうお前も、かわいい』
『や、アディ〜〜〜!ほっぺにちゅーは、メッ♡』
電気の消えた部屋になお光るモニター。
『んっ、ヨゼフィーヌ……』『アディ……』
モニターの中で、うっとりと見つめ合う2人……
「うるさい!」
思わず私は吠えた。
おかしい。こんなのおかしい。どうしてこのぼくが、寝る間を惜しんで、ディープフェイクの濃厚ねっとりキスを見なきゃならんのだ。
『んっ…』『んっ…、ァッ!』『…なぁ、ヨゼフィーヌ』『分かってます、続きはあとで、ね?』
マジで腹立つ。髭を剃った総統みたいな顔した男に、ぼくにそっくりな女がしなだれかかっている。時折総統の胸と顔が一体化する。なんだこれは。ぼくにそっくりな女ってなんだよこれ、ほぼ髭剃っただけじゃねぇか。なんだこれ本当、雑な仕事しやがって。
不自然なカットが入って、画面はテンションの高い2人。
『いや〜ヨゼアドも今日で半月!』
『長いようで短い日々でした……』
いきなり話を始めるな。キスの後どうなったんだよ。そしてきしょい略をするな。なんだヨゼアドって。あとぼく(ぼくではない)、ありきたりなまとめで顔を赤らめるな。ヨゼフィーヌ。しゃっくりみたいな名前にしやがって。もうこの顔ぼくじゃん。絶対ぼくじゃん。
ぼくは手元のメモに情報を書きこんだ。
「性描写の匂わせ ファーストネーム呼び←親密感」
カスみたいなメモだ。なぜこのぼくがこんなことをしているのだろうか。
ここ数年でディープフェイクを使った政府批判は急増した。現在でも、その尻尾すら掴み切れていないのが実態だ。それゆえに我々宣伝省は広報部に独立部門を設け、日夜摘発に勤しんでいる。
……が、問題があった。
政府関係者をもじった名前と、本人から絶妙に変えた顔でAI同士に恋愛をさせる『恋愛バーチャリティー』。その動画が若者の間で大変人気なのだ。
正直今すぐ弾圧したい。しかしそうすると全国のヨゼフィーヌ(と名乗るもの)からおたよりが殺到する。若い世代からの得票率が減る。ナチス政権が危うい。こんなところで票を減らしたくはないし、あんまり時限立法を乱立するわけにもいかない。だからこうやって黙認するしかないのだ。
しかもさらに面倒なことに、この動画は政局にも影響を齎す。ヘス×アディーレ(過払金みたいな名前をしているが女版の総統のことだ)が流行った次の日にはあいつらカメラの前で1分ぐらい抱きあいやがった。クソッ。規律を守れ規律を。
語感だけでアルフレート×アルフレーヌが流行った時はローゼンベルクとヨードルが観覧車に乗ったし(主に前者のせいで一言もなかったらしい)、ヒムラーと喧嘩した次の日にハインリヒ×ヨゼフィーヌブームが到来したあの日々は地獄だった。何が楽しくて報道陣の前でヒムラーを褒め称えたのか。全く仲良くもないのに。ああなんか思い出してイライラしてきた。
しかし、こうも言える。このブームの主軸をこちらで設定すれば、国レベルで優位に立てる、とも。
だから私は日夜せっせとアドルフ×ヨゼフィーヌを閲覧し、総統にお会いした時の世間的最適解を模索している。私と総統閣下の組み合わせは人気が大変に高い。メモは500枚以上に及ぶ。もちろん、これは仕事。私は決して総統のことをお慕いしているわけではないし、決して決してフェイク動画のヨゼフィーヌに嫉妬したことももちろんない。当然だ。
『ヨゼアドチャンネルでしたー。また見てね〜〜〜!』
そうこう言っているうちに動画は終わっていた。性描写の匂わせ以外に特にコメントすべき点はなかったが、10万再生を超えているのは大きい。
私は眠い目を擦って次の動画を検索する。そろそろ終わりにしておかないと明日に支障が……
「……ん?なんだこれは……夜のアドヨゼ?」
タイトルに釣られて思わずクリックする。
頭に一瞬本物の総統の顔が浮かんだのをかき消して、私はまたメモの準備をした。