久しぶりに昔の夢を見た。大規模侵攻で家族が殺されたあの瞬間を何度も何度も夢が見せてくる。私は何もできずにそれをただ見ることしかできないのが恐ろしくて、気持ち悪かった。
ハッと目を覚ますと嫌な汗をじっとりとかいていた。そっと視線だけ動かせば隣に匡貴さんが眠っているのがわかる。眠り始めた時は私を抱きしめていた腕も、すっかり寝入っているようでその力は解けていた。
彼を起こさないよう静かにベッドから降りると、額の汗を拭いながらキッチンへと向かった。冷たい水を勢いよく喉に流し込むとようやく思考が冷静になってきて、まだ深夜の時間を指す時計をぼんやり眺めながらゆっくり項垂れた。
匡貴さんと寝るようになってからはあの夢は見なくなっていたのにな。
1人の時はよく見ていた悪夢だ。無力で全てを失ったあの日を忘れさせないかのように何度も家族を夢の中でも殺され、ひどい時は眠れない日が何日も続いた。
時が経つにつれ、徐々に思考も切り替えられていって、大切な人に支えられるようになって改善されたかと思っていたけれど――やっぱり甘かった。
忘れられるはずがないのだ。きっと私はこの夢と一生付き合っていく。もうこれは、どうしようもないことなんだ。
飲み終わったコップを洗う気力も無くシンクに置くと、ベッドにも戻りづらくとりあえずソファに座って膝を抱えて丸まった。
そんなはずはないのに考えてしまう。もし今ベッドに戻った時に匡貴さんが居なかったらどうしよう。匡貴さんまで居なくなってしまったら私はどうしたらいいのだろう。
夢のせいで現実が信じられなくなっていく。どうしたらこの不安が無くなるのか。どうしたら私の大切な人が幸せに生きられるのか。どうして私には何もできないのか。頭が痛くなって、身体が寒いような気がして震える。家族の血の色に吐き気を覚える。目の前がチカチカする。もう何もわからない。どうしよう、どうしよう。
「……真守?」
ぐちゃぐちゃになっていた思考がぷつりと切れた音がした。匡貴さんの声だ。声のした方向を見上げると、暗くて表情がわからないけれど匡貴さんが立っているのが見えた。
「……居る」
「……?寝惚けてるのか……?」
匡貴さんが居ることに安心している私とは打って変わって、匡貴さんは私がよくわからない行動と言動をしていると思ったらしい。私の隣に座った匡貴さんは私の顔に触れると驚いた顔をして、それからティッシュを持ってきて私の目を拭った。
「どうした?……怖い夢でも見たのか」
どうやら私は泣いていたらしい。匡貴さんにされるがまま、私は涙を拭いてもらいながらうんと頷く。拭き終わった匡貴さんは私を抱き抱えると、ベッドに一緒に横になった。
「気付かなくて悪かった。……何かあったなら起こせ」
「寝てるのに起こせないよ。……私が落ち着けばいいだけの話だから」
「1人で泣いてるヤツが落ち着けるのか?」
力強く抱き締めてくる匡貴さんの胸の中は温かい。ずっとこのまま彼が温かければいいのに。
「……匡貴さん、生きてね。私が先に死ぬから絶対、死なないで」
「馬鹿言うな。お前も俺と一緒に生きると約束しただろ」
「うん……」
「俺は約束を破らない。だからお前も守ってくれ。苦しい時は俺に頼れ。悪いだなんて思うなよ」
匡貴さんの言葉に甘えることしかできない私はただ頷くと、匡貴さんは私の頭を撫でながら背中を優しくトントンした。
「寝れそうならそのまま寝ろ。……大丈夫だ」
彼の声色は優しくて柔らかかった。それがどうしようもなく幸せで胸が苦しくて、滲む涙を止められないまま――気付けば意識を失っていた。
***
ふと目を覚ましたのは、隣にあったはずの温もりが消えていたからだ。自分の腕の中で縮こまって寝ていたはずの真守が居ない。すぐに意識がハッキリして起き上がって確認しに行くと、真守はソファの上で泣いていた。
前に話してくれたことがあった。家族が殺された日の夢をよく見て魘されると。俺と寝る日が増えてからその夢を見ることが減ったと喜んでいたが、あくまで減っただけなんだろう。
あの真守がここまで取り乱す程だ。その悪夢にずっと苦しんできたんだろう。実際にその姿を見ると痛々しく、その苦しみを全て無くすことができないことに腹が立った。
きっと真守はこの夢とこれからも付き合っていくことになるんだろう。家族を殺されたトラウマを簡単に忘れられるはずがないのだから。そしてこいつは俺が家族と同じように居なくなることを恐れている。なら俺は約束通り真守の側に居続けるだけだ。真守が俺を支えてくれたように、俺もこいつを支えたい。
生きる希望を失いかけていた真守が俺の言葉を信じて俺と共に生きる約束してくれたことを、俺がどれだけ嬉しかったのか――真守はわかっているのだろうか。
俺の胸で泣きながら眠りについた真守は普段の姿からは想像が出来ないほど弱々しい。今にも消えてしまいそうな真守をもう二度と離さないつもりで抱きしめ直した。