扶揺サイド「…っふ…!」
激しく揺さぶられる中、出来るだけ声は出さないように、キツく唇を結ぶ。
だってきっとあの方はされるがままに無様に喘いだりなんてしない。
本当は目の前の腕に縋って、みっともなく心地よさのままに溺れてしまいたい。
だけどそれもきっと「あの方らしく」ないから。
私はあの方がこの状況でどんな反応をするかなど知らない。知る筈も無い。
想像することすらおこがましく不敬極まりない。
誰よりも美しく清らかで気高い、敬愛する将軍。
本当は、こんな状況であの方ならどう振る舞うか、どんな反応をするのかと考えるだけで罪悪感でどうかなってしまいそうなのだ。
「おい」
「…ひっ!…っ」
思考していた事に気付かれてしまったようで、仕置きとばかりに中を強く抉られる。
「考え事とは、まだ随分と余裕そうだな?」
「そんなわけ…!…ぁ…南陽しょうぐ…ん…」
機嫌を損ねたのか琥珀の瞳がスッと細められる。
身体が無意識に、襲ってくるであろう衝撃に備えて唇を強く噛む。
「あぁ…こら、そんなに唇を噛むな…傷がつく」
「…ひゃっ!」
急に唇を優しく撫でられ、想像していたのと違う刺激に身体がビクリと跳ねる。
怒っていたんじゃなかったのかと、涙でぼやける視界で睨んでみても特に気にした様子もなく、撫でた親指でそのまま唇をこじ開けてくる。
少し切れているのか、僅かに錆びたような味が舌の上に広がる。
「そんなに声を殺さなくても大丈夫だ。何故近頃はそんなに声を抑える?」
「………」
だってそれはあの方らしく無いから。なんて台詞は言える筈も無い。
気付いてしまったら、もう自分のまま振る舞う事なんて出来なくなってしまった。
別に真似をしてくれなんて言われた訳でもないし、代わりだなんて言われた訳でも決して無い。
それでも、気付いてしまったのだ。
答えられない後ろめたさで、こちらをじっと射抜いてくる瞳から視線を逸らす。
「…はぁ…そんなに噛みたければ俺の指でも噛んでいろ。」
応えない私に焦れたのか、そう言って将軍は自分の指を私の唇に押し込んだまま抽送を再開する。
「…っぁ…やら…むり…っ…」
本当に狡い人だ。私が噛めるわけ無いのに。
将軍が弓を引く大切な指を噛むなんて事出来る筈が無いではないか。
「………ふ…ぅんっ…ぁ…」
閉じる事を禁じられた口からは、抑えても抑えてもみっともなく声が溢れ出す。
悔しさで顔を顰めると、そんな私の姿を見て満足そうに口の端を上げて反対の手で軽く私の髪を混ぜてくる。
身体が思わず跳ねて、胸の奥からぎゅうっと音が鳴った気がした。
そんな風に優しくしないで欲しい。
私の事などなんとも思っていないくせに。
手酷くされた方がよっぽど楽だというのに、いつも触れる手は優しかった。
でも、いつも私を射抜くように見つめてくるその瞳は私を写してはいない。
見ているのはその奥に見える、私が幾らかばかり似ている美しく気高い玄真将軍。
本人を求める勇気なんて無いくせに、狡い男だ。
だから勘違いなんてしない。
この行為に意味なんて無いし、こぼれる涙も過ぎる快楽のせいだと言い聞かせ、考える事をやめた。
どうやらいつの間にか眠ってしまったようで、目を開けると目の前には、青白い月の灯りに照らされいつもより幾分穏やかに見える南陽将軍の顔があった。
事後の怠さと寝起きで働かない思考のまま、そうだ、帰らなくてはと軋む身体を無理矢理起こす。
「…って…」
ふいに髪を引かれる感覚があって思わず声が漏れてしまう。しまったと思って口慌ててを塞ぐが南陽将軍の瞳がうっすらと開かれる。
「…ぁ…すみませ…」
「……むーちん…?」
「………っ」
思わず目を見開く。
寝ぼけていたのだろう。南陽将軍は一言だけ呟いて再び瞳を閉じた。
手のひらから握られていた髪がするりと滑って落ちた。
その声を耳にした瞬間、身体がスッと芯から冷えるのを感じた。
怠さも痛みも感じなくなり、まるで冷たい湖の底にでも落とされたようだった。
涙はもう出なかった。