ハロウィン「今日ばかりは、あなたたちも大腕を振って歩けるかもね」
春菊と名乗った女が、マンションの窓から町を見下ろし、悪戯っぽく笑う。
「今日はハロウィンだから。吸血鬼の貴方の天下ね、シウグナス」
眼下に広がるキャピトル・シティでは、吸血鬼に狼男、ゾンビたちが楽しげに歩いている。
「人の身で、形ばかりでも吸血鬼の姿になりたいと願うのは分からないでもないが、気に入らぬな」
春菊に話を向けられて、たいていのことは面白がる闇の王が、珍しく渋い顔をしている。
「あら、ホンモノとしては不満? 私に言わせれば貴方のほうが、いわゆる吸血鬼っぽくなくて新鮮だけどね」
太陽光も気にしないし、黒ずくめでもないし。そう言う春菊に、シウグナスは眉をしかめた。
「仮にも吸血鬼の姿を真似ようというならば、相応の品格を持ってもらわねばな。それにあの狼男も、まるで品がない。あれではただの魔物ではないか」
「なにそれ。狼男にも品が必要なわけ?」
思わず吹き出した春菊に、シウグナスは肩をすくめた。
「知らぬのか? 真の狼男は闇の眷属の中でも位が高い。そこらの魔物とは違うのだ」
熱弁をふるう闇の王に、春菊は肩をすくめた。
「なら、貴方がキャピトルの人たちに『本物』ってやつを見せてやったら? 貴方たちも、今日はジロジロ見られたりしないから一緒にこない?」
そう言って春菊は、戦士団とその他の面々を振り返る。戦士団の者たちは顔を見合わせた。
ブライトホームで再び生を受けた彼らは、もとは別の世界、別の時代を生きる者たちだ。
キャピトルは都会だから、人々の服装も様々ではある。哲人くらいであれば、そういうファッションとして尊重すらされる。闇の王も同じカテゴリーに入るし、そもそも王は人目など気にしない。戦士はキャピトルでも十分にファッショナブルだし、王者も特に違和感がない。豪傑もまたしかり。だが、明らかに『時代』や『地域』を感じさせる格好は、少々奇異にうつる。
将軍や皇帝の格好は明らかに時代がかりすぎているし、人斬にいたっては地域も時代も明らかに違う。ただし、それが必ずしも悪いほうに働くわけではない。むしろ大変に『COOL』だと人だかりができる。問題は、人斬がそのように耳目を集めるのを大変苦手としているということだ。皇帝も、君主であったのに、どちらかというと人嫌い。一番人目を気にしていないのは、将軍だった。マイペースを崩さないとも言える。
「せっかくだし、行ってみようぜ。楽しそうだし、これだけ色々な格好の奴らがいたら大丈夫だって!」
戦士がそわそわし始める。豪傑も、同意して頷く。
「異なる種族の仮装をする行事か。なかなか興味深いね」
哲人は元より乗り気だ。
「ああでも、むしろ、もうちょっと仮装っぽくしたほうがいいかもね。中途半端だと、逆に目立つから。犬耳とか猫耳をつけるとか?」
「却下する」
笑って提案する春菊を、王者が嫌そうに切り捨てた。
「そうかあ? こういう祭りでは、楽しんだ方が得だぜ?」
戦士が言っても、王者は聞かない。春菊はそのやり取りを無視して、皇帝に話しかけた。
「貴方は前に被ってたお面付けておけば良いんじゃない? ほら、かなり仮装っぽい」
「断じてお面ではない」
むっつりと顔をしかめる皇帝に、将軍と豪傑が思わず吹き出した。
「ねえねえ、ボクも今日はお外出ていいの?」
窓にはりついて外を見ていたグルマンが目を輝かせる。豪傑がしゃがみ込み、フルド族のもふもふとした頭を撫でてやる。
「今日は大丈夫だろう。一緒に行くか」
「グルマンも外に出たいよなあ。一緒にうまいもの食べようぜ」
ガッツポーズをする戦士に、グルマンが両手を挙げて喜んだ。
「わあい! ボク美味しいものいっぱい食べたい! みんなと一緒に行く!」
その様子に、渋い顔をしていた戦士団の者も頷かないわけにはいかない。結局、この無邪気なもふもふとした生き物に、みんな基本的に甘いのだった。
「トリックオアトリート! ねえねえ、お菓子ちょうだい?」
春菊に教えてもらった言葉を、可愛らしい声で告げられれば、四方八方からお菓子が差し入れられる。見たことのないカラフルな食べ物に、グルマンはすっかり魅了されてしまった。
「すごいなあグルマンは。まさに入れ食いだな」
豪傑が撫でてやると、グルマンはにこにこと笑う。隣では、狼耳をつけた戦士が大勢に囲まれていた。
「あっちも入れ食いか。さすがにモテるな」
いつもの三つ揃いを着こなし、ときおり狼のジェスチャーまで織り交ぜて群衆に溶け込み、請われるままに一緒に写真を撮ったりしている戦士は、まるで元々キャピトルの住人だったかのように馴染んでいる。ときおり、揃いの狼耳をつけた豪傑もその輪に引っ張り込まれ、並んでポーズを取らされるのには苦笑した。王者はいつも通り憮然とした顔だが、おとなしく付き合って歩いているだけでも御の字だなと豪傑は思う。
哲人は、変わった仮装の者に話しかけては、その仮装の意味するところを熱心に聞いてまわっているし、闇の王はいつもと変わらず優雅な足取りで進むだけで、周りの者たちの視線を奪う。このあたりは、いついかなる時も、自分のペースを崩さない。
皇帝は結局、『お面』は付けずに素顔を晒しているが、その美しさでどうしても人目を引いている。中途半端は良くない、と春菊に施された目許の文様のペイントが、妖しげな魅力を際立たせていた。よくついてきたな、と豪傑は思ったが、この皇帝は人よりも動物が好きと言われるだけあって、グルマンのおねだりには滅法弱い。
皇帝の隣の将軍は、いつも通りの時代がかった羽帽子を被り、皇帝とよく似た目許の化粧をして、涼しげな顔をして歩いている。その見た目の幼さで、将軍もしょっちょうお菓子をもらっていた。こども扱いされて、いつ機嫌を損ねるか、密かにはらはらしていたが、意外にも素直に受け取る。そればかりか、まるで宮廷人のように帽子を取って、優雅に会釈してみせるものだから、きゃあきゃあと黄色い声があがっていた。もらったお菓子を、さり気なくグルマンのかごに入れてやっているのが見えたので、将軍もやはりグルマンには甘いらしい。
気の毒なのは人斬だった。ジロジロ見られたりしない、と言われたのに、やっぱり周りに人だかりが出来てしまってる。どうやら、キャピトルの住人には、昔のミヤコ市の装束は、異様に受けが良いらしい。『NINJA!』と騒がれては、小さく「違う……」と呟いているのが、哀れを誘いつつ可笑しくもある。さすがに春菊は多少の責任を感じているのか、さり気なく庇ってやっているようだった。
「ほらほら、困ってるじゃない。無理矢理腕を掴むのはNG。マクマクマクリーしちゃうわよ」
などと言ってポーズを取って見せると、みんな楽しげに笑いながら逃げていく。
「春菊のそれはなんだ?」
豪傑が問うと、春菊は手に持ったステッキをくるりと回して見せた。
「知らないの? 魔女の仮装よ。マクマクマクリーって決め台詞、聞いたことない?キャピトルじゃすごい人気なんだけど」
知るわけがない。豪傑の世界だと、魔女というとそのように軽々しい存在ではなく、恐ろしげなイメージがあるものだが、世界によってもずいぶんと違うのだなと思う。
「春菊よ。あまりその呪文をみだりに唱えないほうが良いぞ。特にお前のようなものが唱えると、本来の効力を発揮しかねない」
闇の王がいつの間にか隣にいた。相変わらず、意味深なことを言う。春菊は曖昧に笑ってみせた。恐ろしいことに、話が通じているらしい。
「木を隠すには森の中、人間たちはそう言うのだったか? なるほど、これほどに異装のものが集まれば、人ならざる者も呼ばれるというものだ。興味深い習慣だな」
シウグナスの笑いに、豪傑の背に冷たいものが走った。
「そうね。確かに本物の吸血鬼がいるんだし。――本物の、宇宙人も紛れやすいというわけ」
春菊の目が、キラリと輝く。
「さっきから哲人が話しかけてる人、あれ本当に人かしらね? この前の自称宇宙人に似てるように見えない? それからあの、四つ角の先に見える影」
春菊の潜められた声に、人斬が目を眇める。
「……人ではないな、あれは」
「ふふ、さすがね。やっぱり無理にでも連れてきて良かった」
すっかり仕事の顔になった春菊に、豪傑の顔も引き締まる。戦士団の者たちも、いつの間にか、戦の顔になって周りに集っていた。
「さっさと片付けようぜ。帰ったら、部屋でお菓子パーティーだ」
「ボク、頑張るよー!」
「なんでもいい、さっさと終わらせるぞ」
輪の中心で、シウグナスは艶然と笑ってみせる。
「今宵は退屈せずに済みそうだ。では行こうか、戦士団の諸君」
王の一言で、闇の従者たちは夜を駆けていく。わずかに覗いた月が、紅く輝いていた。