【飯P】寝台の上の獣 悟飯が神殿を訪れると、ピッコロは自室の寝台へ腰掛け、不思議なものを胸に抱いていた。
白い毛並みに黒の斑、瘦せてはいるが瞳に光はある……いたって普通の、当たり前の猫だ。ピッコロが抱いているから、なんだか未知の生物のように見える。
「死にかけていたところを拾った。もうだいぶ良い」
何気ない調子だったが、話しながらも片手で毛並みを撫でている。扉の側に立ったデンデが、笑って言った。
「一昨日、トランクスさんが来て珍しく組手してたら、この子……ピッコロさんがいじめられてると思ったのか、トランクスさんに飛びかかって噛みついたんですよ」
「へぇ……ピッコロさんに懐いてるんだねぇ」
悟飯は感心して頷く。ピッコロを守ろうと必死になる猫……仲間意識を覚えずにいられない。しかし続いたデンデの言葉に、その感情は一瞬でねじ曲がった。
「トランクスさんのお友達が、今準備してるそうなので、来週にはお別れですけど……今は、夜もその寝台で丸くなってるんですよ」
お茶を淹れて来ます、とデンデは部屋を出て行く。悟飯の目は、ピッコロに抱かれた猫へと向いた。
「……寝る時も、一緒なんですか」
「暖かいらしいな」
事もなげに猫の喉を擽るピッコロの態度が、ますます悟飯を煽った。
「やめてください」
「何をだ」
「猫と寝るの、やめてください」
あまりに真剣な悟飯の声色に、ピッコロは怪訝な面差しを向けた。悟飯は怯まず、更に踏み込む。
「僕だって、その寝台へ入れてもらったことはないのに。猫が先なんて、おかしいでしょう」
「……獣に嫉妬するな」
呆れたように嗜める声音が、火に油を注いだ。まるで、猫の肩を持たれたようだ。
「僕より猫が好きなんですか?」
感情が堰を切り、悟飯は寝台へ片膝をつく。ピッコロは驚きに目を見開き、猫は咄嗟にピッコロの腕から飛び降りた。ピッコロが戸惑いから立ち直るより早く、悟飯が強引に唇を塞ぐ。舌を差し入れると、戸惑いは明確に抵抗へ変わった。呼吸に官能の色が混じる前に、ピッコロの両手が悟飯を押し返そうとする。
「……あっ!」
猫が脚へ噛みつき、悟飯は思わず身体を起こした。
解放されたピッコロが、すぐに悟飯の脚を見る。服の上から噛まれたせいか、出血はない。ほっとした様子で、次に口を開けさせた。
「ああ、こっちは血が……だから嫌なんだ、舌を入れられるのは」
「ふん。その牙も、大好きな猫とお揃いですね。僕より好きな猫と」
未だ不機嫌に顔を背けた悟飯に呆れきって、ピッコロは猫を抱き上げた。猫は悟飯への敵意を剥き出しにして、全身の毛を逆立てて唸り声を上げている。
「こいつに悪意はない、馬鹿なだけだ……ほら、デンデのところへ行っていろ」
宥めるように優しく撫でながら、ピッコロは猫を廊下へ出し、扉を閉めた。馬鹿なだけ、と断じた悟飯の前へ戻ると、厳しい目を向ける。
「もう一度、口の中を見せろ」
悟飯とて、普段は怪我などせぬよう気を付けているのだ。ピッコロがそれを恐れて深いキスに抵抗があることを、分かっているのだから。しかし今日は、衝動が先に立ってしまい、気を遣う余裕がなかった。
「……ほら、まだ血が滲んでいる」
呟いて、ピッコロはそのまま悟飯の頬に手のひらを当てる。それからゆっくりと、唇が唇に触れ、ほんの少し舌が忍び入り……傷に血の滲む舌の側面を、優しく舐めた。
「誰が、お前より猫を好きだと言った?」
囁き声に、悟飯は目を見開く。
「寝台だって……機会がなかっただけで、入れないとは言っていない」
「じゃあ……じゃあ、今日、入れてくれますか?」
身を乗り出した悟飯を押し戻し、ピッコロは立ち上がる。
「その傷が癒えてから、考える。お前はまず落ち着け、獣でもあるまいに」
目を細めたピッコロの微笑は、猫に向ける慈しみとは違い、しかし猫のように気紛れな風情だった。