良い本に出会えると「小狼くん、まだ寝てる〜?」
ノックをするが返事はない。
日頃の疲れが溜まっているのだろうか?
昨日も就寝は早かったはずだ。
この世界では、1人部屋借りても前の世界の資金が余るくらいだったのでたまには贅沢と部屋を1人ずつにした。
普段であれば兼用だったりするのでプライベートな空間も確保しにくいがこういう時は分別をつけるよつにしている。
朝食の時間にも降りて来ず、日が高くなってもまだ来ないので代表してファイが呼びに来た。
気配はするので中にはいるようだが、反応がない。
しかし、寝過ぎも良くないので意を決して扉を開ける。
「小狼君、ごめんね。入るよ!」
扉を開けるとそこには
備え付けのソファに座り込んで本を読み耽る少年がいた。
その様子を見てファイは察した。
一緒に旅をする中でお互いに見えてくるものはある。
「小狼くーん?おーい?」
服装は昨日寝る前に見た時のまま、寝癖もない髪、瞳は手元の本に向かっており、こちらに気づく気配もない。
近づきながら声をかけ続ける。
「小狼くん、おはようー」
無言。
目の前にきても気づいていない。
これは、おそらく、いや、絶対にそうだ。
彼には悪いが今日は怒りん坊な母さんで、慰め役はお父さんに一任しよう。
「小狼君!いつから本読んでるの!!夜は寝ないとダメだよっておれ言ったよね!!」
魔法で小狼の手元から離れた本は、栞を挟まれてファイの手元へと収まる。
「…その、すまない…。つい……、少し読むだけのつもりだったんだ…」
小狼は目の前で起きた出来事に一瞬目を白黒させたが、すぐに事態を理解した。
「うん、読むのはダメだとは言わない。でも、君は夢中になりすぎると自分を疎かにしがちだから」
「返す言葉もない」
よほど気になる内容だったのだろう。あいにくファイにはこの国の文字は馴染みがなく読めないので、内容はわからない。
「せめて、おれか黒様がいるところで読むようにって話したでしょ?」
「ああ、分かってはいたんだが…」
彼の数少ない娯楽なので、止めさせたいわけではない。が、何事にも限度はある。
「どうしても読みたかったんだね」
「すまない…読み始めたら止まれなくて…」
「で、この時間まで読み続けてしまったわけか」
シュンとしてしまった小狼は申し訳なさそうにファイを見ている。
「とりあえず、ご飯は食べれそう?」
「問題ない」
「それなら、まずは食べよう。で、その後はお昼寝ね」
「…あと少しで読み終わるんだ」
小狼の視線がファイの手元にある本に向けられる。
ファイもつられるように見ると確かに栞は終わり際の方にある。
「小狼君のあと少しはあと少しではないとおれはわかっているので、許可しません!」
「そんな!」
いかにもショックという表情をする小狼。
年相応な反応にファイは頬を緩めそうになるが、ここは心を鬼にして、小狼に規則正しい生活を教えるのも年長者の役目だ。
「一眠りした後なら、読んで良いよ」
「……。」
小狼はしばし沈黙した。
続きは読みたい。読むには一眠り必要。
「何時間…眠れば良いんだ?」
「寝過ぎると夜に響くからね。10〜20分程度かな」
ここまで起きているのは本を読みたいというアドレナリンのおかげだろうから、長時間寝かせようとも寝ないだろう。
「それくらいで良いなら…」
「さ、決まったら早く食べよう」
ファイは食堂へと足を向ける。
「わかった」
「あ、寝る時は黒たんも一緒だからね」
小狼は分かりやすく固まった。
寝たふりで済まそうとしただろうがそうはいかない。
お父さんにしっかり見てもらって寝たのを確認したら続きを読ませても良いことにする。
「これに懲りたら次からはおれか黒様と一緒に読むんだよ」
「……わかった」
普段見ることがない小狼の表情にファイは若干の愉悦感を得ながら食堂へと足を進めた。