一日の終わり。
各員に終業を宣言した後、部屋に戻る彼を呼び止めた。
私の誘いに彼は眼鏡の奥で驚いた目をして、少し赤くなる顔を誤魔化すように、何てことない風で一旦部屋に戻って行く。
あからさまな照れ隠しに無い頬を緩ませつつ私も部屋に戻り、簡単に身なりを解いて彼を待った。
かちかち。
自分の頭じゃない時計の針が動く。
かちかち。
まだかな、まだかな。
かちかち。
彼にこの話をしたいな。あの話もいいな。
かちかち。
私はただ、彼といたいだけなんだけどね。
かちかち。
…………。
かちかち。
……あれ?
たっぷり待ったのに、まだドアは叩かれない。
すぐに来るようにとは言っていないから催促するわけじゃないけれど、いつもならもう来ているはずだ。
もしかして何かあったのだろうか。
以前、終業後にヒースクリフが起こした事件から自室にいても違和感や不安があればすぐ行動できるよう準備していた。時間外とはいえイレギュラーは問答無用であるのだと。
まさかグレゴールに何かあったのでは。
沸いた違和感はあっという間に不安へ染まり、居ても立っても居られずコートだけ掴んでドアを開けた。
「わっ!」
〈わぁ!〉
二人分の驚きが重なった。
丁度ドアの向こうにいたグレゴールとぶつかりかけてたたらを踏んでしまう。
〈グレゴール⁈〉
「だ、旦那? どうしたんだ、そんなに慌てて」
制服からラフな格好に着換え、焦りつつもこちらを気遣ってくれる視線が優しい。
〈ええっと、来るのが遅いから、何かトラブルにでも遭ったのかって〉
「あー……悪い、待たせた」
〈ああっ責めてるわけじゃないよ! でも、大丈夫そうならよかった〉
少しバツが悪そうな彼に心からの安堵を伝える。
私がいれば彼らは生き返る。しかしその痛みに慣れたいわけじゃあない。
何事も無いなら、無事なら、それが一番。
立ち話を切り上げ、改めて彼を部屋に招く。
すっかり定位置になったベッドに腰かけ用意していた小話を始めようとした。
「ダンテさん」
話始める直前、グレゴールが私を呼ぶ。
やや真剣な……緊張した顔で、ゆっくりとこちらを見つめてくる。
「その、引かないでくれると、助かる、んだが」
そう言って彼はシャツのボタンを上から一つずつ外していく。
やがて胸元から覗いた真紅のレースに、私の視線は釘付けになった。
〈…………遅れた理由、って〉
「……」
耳どころか首まで赤く染め上げるグレゴールに我慢の限界を超えた。
羞恥で一層小さくなる恋人が可愛くて可愛すぎてたまらない。
腕のことも気にせずに抱きしめて押し倒し、火照る頬を、無防備な唇を指で撫でた。
〈あんまり煽らないでほしいな〉
軽い挑発を込めた言葉は唇の指を噛んで返される。
「……素直に煽られてくれよ」
また、この人は可愛いことを。
ならば据え膳をありがたく頂戴しようと、真紅のレースに手を掛けた。