「ぁ……むるそー、?」
零れる名前の色は甘い。
目元はとろりと蕩け、頬や耳、首までも赤く染め上げたまま、グレゴールがこちらを見上げていた。
不運にもお互いの都合が合わず、じっと恋焦がれ待たされた時間は己の自制を砕くのに充分だったようだ。彼女を部屋に招き入れるまでは耐えられたが、すぐ近くにいるという事実に体が勝手に動いていた。
小柄な体を抱き寄せて深くキスをする。驚く素振りも気にしない。
甘い蜜を貪るように、抑えていた激情が望むまま何度も角度を変えて口づけた。
やがて呼吸が苦しくなったらしく、とんとんと胸を叩かれてやっと止める。
それでも名残惜しさで唇を舌先で舐めてから離れた。
「……すまない」
「別に謝ることじゃ……でも、少しびっくりした」
胸の中でグレゴールが小さく笑う。
髪の甘い匂いも、声も、求めて止まなかったものばかりだ。
ずっと、電話越しではなく、直接彼女の声が聴きたかった。
「グレゴール」
「うん?」
「グレゴール……」
「……うん」
自分よりずっと小ぶりな手が背中に回される。
私がそうであったように、彼女もまた、私に会いたいと思ってくれていたのだろう。
「寂しかった?」
「ああ」
「そっか」
手を伸ばして頭を撫で、また笑う。
「俺もずっと会いたかったよ」
彼女の言葉が胸に染み渡る。
——温かい。
ひとしきり抱きしめてからゆっくりと離れ、今度は触れるだけのキスをする。
本心ではより深くを求めていたが、冷える外から帰ったばかり。後で存分に堪能しよう。
「……なんか、妙なこと考えてるだろ」
ついつい先ほどまでうっとりと浸っていたはずの瞳が、今はじっと半目となりこちらを見据えている。
何でもない、気にするな。と、本心を無暗に悟られぬよう気を配りながら暖かいリビングへ案内した。