「……貴方の髪は柔らかいな」
揺れる束ねた髪の先。
大きな手で毛先を緩やかに弄びながら、ムルソーが不意にそんなことを言った。
胡坐の上に俺を乗せて腹に腕を回し、流れるように座椅子役をして暫く。彼の部屋でスマートフォンをいじっていたら頭の上からそっと囁きが落ちて来た。
今日は気まぐれに前へ垂らしていた髪を片手でもさもさ揉み込んだり、指を絡めて遊んでいる。
「そーか?」
「ああ。柔らかくて、手触りが良い」
色も香りも甘くて好みだ。
後頭部に彼の吐息を感じつつ、不意打ちの好意にうっかり赤らみかける頬を咄嗟に叱咤した。些細なことでいちいち照れるちょろい女だと思われるのも癪なのだ。
「ふ、ふーん? そりゃ、お前に比べたらそうかもしれないけど……」
後頭部にひっついたままの男はそれは見事に真っ直ぐ落ちる黒髪を持っている。
矯正や特別な手入れをしていないという天然の直毛はさらさらつやつやと手触りが良く、コシもそこそこ強い。何度か髪ゴムが負けているのも見た。
後ろで括って肩まで届くそれに嫉妬する女子が時々いるが、確かに気持ちは分からなくもない。
同時に、彼の髪に触るのを許されたのが俺だけということに愉悦を覚えているのも、事実だ。
「って、いつまでひとのこと吸ってんだよ」
「む」
いい加減やめろと苦情を入れたら不服の声。
「減るものでも無いだろうに」
「減りはしねぇけどそういう問題でも無いだろ。吸い過ぎ」
大手メーカーの掃除機かお前は。
もしくは犬か。もし犬ならでっかいくて真っ黒なラブラドールレトリバーあたりかな?
ふと、垂れた犬耳とふさふさの尻尾を生やしたラブラドールムルソーを想像して、絶妙な可愛さに思わず笑ってしまった。
「?」
唐突にふき出す女を不思議がる視線。
笑いを堪えつつ後ろを振り返り、勿論犬では無く、ちゃんと人間の恋人と向き合ってキスをした。
ひとの髪を散々楽しんだ男の、枝毛一つ無い黒髪を、今度はこちらが堪能する番だ。