「雨か……」
滴が軒を叩き始める音に、女は盃を傾ける手を止めた。
夜更け。決して外に出てはならないころ。
横になり、叢雲を鑑賞していると女の興味が酒煙草から雨に移った。
たん、たんと不規則な音に耳を澄ませてうたた寝のように浸っている。
「……とーもくさんは雨好きか?」
おもむろに聞いて来る女の声は穏やか。
盃を煽る姿を見送り、答える。
「好きもなにもない。雨は恵みをもたらすが、打たれたら体は冷え、不快感も生まれる。それだけだ」
「ふぅん。風情がねぇの」
つまらなさそうに煽られる盃。
普段はこちらが作法や趣を解く側なのに、逆にこんな女から風情を解かれてしまうとは。
妙な気ではあったが、特に腹が立つことも無かった。
雨に対して好きも嫌いも無い。ただ、外と自分を切り分けるような簾はかつての後悔を嫌が応にも呼び寄せる。
859